嘘つき勇者





さて、昔話をしましょうか。

まだまだ世界には魔物があふれ

人の世は混乱をしていた頃の話。


ある日から、世界には勇者といわれる

存在が現れました。


勇者は魔物を倒し、人の世を安定させました。

その一方で誰も知らない

嘘つきの勇者がいました。



「はぁ、はぁ…。

 もう三日もろくに食ってねぇ…。

 せめて水の一口だけでもいいから飲みたい」


「あぁ、もうだめだ。

 体に力が入らねぇ…」


一人の男が今まさに倒れようとしています。

この男がこの話の主人公です。

兵団に所属すれば、食い物に困らないといわれ

それを鵜呑みにした馬鹿な男。

戦乱の世の中での、兵団の食事など

たかが知れているというのにね。

そして、度重なる遠征の果てに

男は兵団から逃亡しました。

もともと、戦場でも役に立たないような男は

さして追われることもありません。


男が倒れたのは国境の小さな村付近でした。

森に仕事をしに来た木こりに拾われ

村の中へと運び込まれたのでした。


「ん…、ここは?」


「あぁ、俺は森の中で倒れて…」


「た、助けてくれたのか!

 ありがとう!この恩は必ず返すっ!」


「え、俺か?

 俺は…勇者だ」



男は嘘をつきました。

恩を返すつもりもないし

勇者であるわけもありません。

だけど、そうした方が待遇良くされるだろうと

そう思っただけです。


隙をみて、逃げるつもりでした。


「ん、なんだ?

 えっ?旅の話を聞かせろ?」


「めんどくさいから嫌だ。

 あ…、な、泣くな、泣くな!

 わかった、わかったから!」


勇者が来たと村の子供が彼のもとに

冒険譚を聞きにくるようになりました。

男はでまかせや誇張した話をします。

退治したシーサーペントはただの海蛇でしたし

森の中で教われたのは

キメラではなくただの鹿です。

でも、口のうまい男の話は面白かったのでしょう。

子供達はその冒険譚の虜になりました。


「ん?なんだ、じいさん。

 重いから持ってくれ?」


「俺は忙しいんだ、他を当たれよ」


「…あー、もう!

 危なっかしい!!

 貸してみろ!」


元気になった男は

こうやって頼みごとをたくさんされました。

面倒だったけど、手伝ってやると

お礼にと食べ物をわけてもらえます。

それが目当てで頼みごとや面倒ごとを

こなすようになります。


「な、なに!?

 ゴブリンが出たから追っ払え!?」


「ドラゴンを倒したなら

 そんなの余裕だろだと?」


「ま、まぁな!

 ほら、どこだ!

 ものの数分で片付けてやる!」


魔物の討伐も時にはやりました。

震える脚を抑えながら

へっぴり腰で殴り合います。

なまくらな剣ではそれが精一杯です。



「はぁー、はぁー!

 ど、どうだ!

 見たか、ゴブリンども!!」


「つ、疲れた…。」


その姿はまるで勇者ではありません。

ぼこぼこに腫れた顔は痛々しいものです。

でも、村人はそんな彼を褒め称えます。

…そんな日々が続き

いつの間にか男は村に居着きました。


「まーたゴブリンかぁ!

 今度はパーフェクトに勝ってやるぅ!」


「ん?なんだ、困っているのか?

 聞かせてみろ、俺が解決してやる。」


「あー、なになに?

 ドラゴンの話だぁ?

 ふーはっはっー、いいだろう、いいだろう!」



男は村の中で人気者でした。

あぁ、ここが俺の居場所なんだろう。

そう思っていました。

ですが、終わりは突然にやってきます。


男が森で木こりの手伝いをしていると

ガチャガチャと聞いたことがある音がします。

これは…、鎧の音です。


「なんだお前らは!」


「と、隣の国の騎士団だと!

 国境はどうしたんだ!?

 …はぁ?」


「おいおいおい、命は見逃してやるから

 村の食料を渡せだと?」


「おい、何を言って…、ひぃいぃぃぃ!!」


「ま、待て!村には子供もたくさんいて

 食い物がとられたらみんな飢えちまう!」


「…わかった、俺が交渉する!

 だから、少し時間をくれ!

 お前らだって、面倒なことはしたくないだろ?」



男は走ります。

村に向かって一目散に。

ですが、ふと立ち止まりました。


「このまま、逃げちまおうか…」


別に故郷でもない、逃げるなら今しかない。

そう思ったのに体はまた進み始めました。

男にとって村は大事なところになっていました。


「お前ら聞けーーー!」


「ここに今から、敵国の兵士が来る!」


「遠くへ、出来るだけ遠くに逃げるんだ!!」


そう叫びます。

叫ぶのと同時に

こっそりとついてきた兵が矢を放ちました。


「ぐげぇ…、くそ、つけてやがったな!」


「逃げろ!逃げるんだ!!」


本隊も時期にここに来るでしょう。

男は必死に叫びます。

村人は、散り散りに逃げます。



「はは、痛ぇ…。

 だけど、みんな逃げられたかな…」


「良かった…、これで村には俺一人か」


「守るんだ…、ここは俺の大事な場所。

 俺みたいな馬鹿を

 受け入れてくれたところなんだ」


立ち上がります。

矢を抜いて、なまくらの剣を取りました。

あぁ、100騎の兵が迫ります。


「俺は…、勇者だ!」


「嘘で成り済ましただけの男だとしても!!

 この村を救えるのは俺だけだ!」



…………


1日が過ぎます。

村人の話を聞いた自国の兵士達が到着しました。

話では、敵国の兵士が攻めてきたと聞いたのに

村に荒らされた様子はありません。

ですが、村の入り口には

たくさんの敵国の兵士が倒れていました。

そのなかに、一人だけ立っている者がいます。

泥と血にまみれ、力無く立っています。


……


「あぁ、あんたら来てくれたのか。

 良かった、村の奴らは…?」


「無事か…、そうか。

 本当に良かった。」


…………


男が天を仰ぎ見ました。

そのまま、彼が動くことはありませんでした。


嘘をついただけの男は

小さな村を守った勇者になったのです。



………


その村の入り口には1つの像があります。

村を守った、嘘つきの勇者の像です。


              「嘘つき勇者」

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