ひきこもりは、まず青空ニートになろう
ひきこもりの偏見をなくそうとかいろいろ言われているし、まあそうなればいいと思う。でも、社会が変わるのは時間がかかる。だから、まず自分が変わることを提案したい。
社会を変えるのは難しいが、自分が変わるのは簡単とはよく言う。もちろん、それも場合によりけりではある。
だけど、近所の人の挨拶をするのは意外とハードルが低いような気がする。少なくともメッシやロナウドのドリブルを止めるよりは簡単だ。
ニューヨーカーは、気軽に見知らぬ人同士でも挨拶をかわすと聞いたことがある。ただし、これは「自分は危険な存在ではありません」アピールも兼ねているらしい。
自分が心掛けているのは、挨拶をすることと間違えたら謝ること。これでほとんどのことは何とかなるような気がする。挨拶などは、意外とできなかったりして反省もするのだけれど、何度でもトライできる。
近所のお年寄りたちは、むしろ挨拶をする若者(彼らからすれば、中高年ひきこもりも若者に見えるだろう)に対し、好感を抱いてくれる。「なんかいろいろあったみたいだが、頑張っているじゃないか」と言ってくれる。人間、そういうもんだと思う。
まずは、さわやかな青空ニートを目指そうじゃないか。生きやすくなるはず。
※青空ひきこもりにしなかったのは、単純に語感が悪いから。土屋太鳳にエールを送ってもらったら、僕はひきこもりを秒速で抜け出すことをお約束しよう。
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