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むかない中華鍋 〜双子の生活24〜
2024年1月20日
恐らく日本でも上位に入る。
そのぐらい俺は同族嫌悪が激しい。
どのぐらい激しいかというと、コミケで好きな作家さんの列に並んでる最中、ほかの並ぶファンを見て嫌になって列を抜けたりするレベルだ。
当然好きなアーティストの音楽ライブに行こうとも思わないし、内輪ノリの激しそうな界隈へ入り込むことも躊躇う。
EIME以外の同人ゲーム制作サークルを敵と想定しているのは、馴れ合いのぬるま湯環境で面白いゲームなど生まれない……という制作思想もあるが、少なからず同族嫌悪も働いているように思う。
でもこの日は少し踏み込んだ。
なにか魂を動かされる経験が待っていると思ったから。
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むかない安藤というものがある。
デイリーポータルZの編集・安藤昌教氏が、世の中のあらゆる食べ物をむかずに食べる……ただそれだけの企画だ。
デイリーポータルZを長年愛読し、最近有料会員にもなったので、安藤氏の事は昔からよく知っていた。
しかし俺は記事を読みたくてデイリーポータルZを読んでいるのだから、動画なんかいらない。そんな気持ちもあってこの動画シリーズをしっかり見たのはここ半年ぐらいになってからだった。
そんなむかない安藤が終わりを迎えると知った。
そしてそのお別れ会『さようならむかない安藤』が新宿で行われるという。
スケジュールを確認する。休みだ。
予約確認をする。まだ枠が空いている。
自分の同族嫌悪と向き合う。ガチ勢ではないから耐えられるかもしれない。
色んな偶然が重なり、予約ボタンを押していた。
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有料アーカイブ配信があるので詳細は伏せる。
ただ……泣きそうになった。
感動では無い気がする。悲しみでもない。
よく分からないが感情を揺さぶられたのだ。口が悪くなって申し訳ないが、いい歳のおじさんがゆで卵やバナナをむかずに食べている様子をマリブコーク飲みながら眺めていただけなのにだ。なんか文字にすると見世物小屋みたいなイベントだなこれ。
とにもかくにも未知の感情に支配され、ぼんやりと「デイリーポータルZを好きで良かった」と思った。
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写真を撮り、二、三言お礼と感想を伝え、外に出ると大雨が降っていて急いで傘を買い、夜勤明けの疲れが押し寄せて来るのを感じながら帰路に着いた。
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その日の夜、彼女から荷物が届いた。
少し遅めのクリスマスプレゼントと、ヴィレヴァンの福袋に入っていたがIHで使えなくて困っていて、それなら買い取るよと伝えていた中華鍋だ。
自炊を始めて長いが、置き場の問題から中華鍋の購入を躊躇い続けていた。新居へ引越してその問題も解消されたし、渡りに船と譲ってもらったのだ。
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ハンドメイドや手紙のプレゼントの解説は気恥ずかしいから割愛するとして、この中華鍋。
ヴィレヴァン産に少し疑念もあったのだが、きちんと鉄製だし作りもそこまで悪くない。なかなかいいものだ。
きちんとした中華鍋ということはしっかり育てなければならない。空焚きをして表面の塗装を焼き切る必要がある。早速取り掛かった。
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カセットコンロで30分ほど、じっくりと全面を火にかける。しかし思っていたより色の変化も起きなければ白い煙が巻き上がることもない。合っているのか不安になりながら灼熱の中華鍋を焼き続けた。
もうこれ以上は変化しそうにない……という所で中断し、クズ野菜でならし炒めをする。心なしか色が元通りになってしまったように見える。大丈夫かこれ?ちゃんと出来てる?
まぁ……別にいいか……塗装そのままだったとしてもいいか……
安藤氏もむかずにいろんなもの食べていた。中華鍋の塗装もむかなくていいでしょ。おれは中華鍋をむかずに使う。
むけって書いてないよ。これは全然むかなくていいですよ。
心のむかない安藤がそう言っていた。