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【フリー台本】今際の際

拝啓
無地のクラフト紙でできたシンプルな封筒。
油性のボールペンで書かれた僕の住所。
調べながら書いたのだろうか、少し震えた線が愛らしかった。


部屋に初めて通された
一歩踏み出すたびに、足音が君の空間と溶け合う。
物の多い部屋で、とか、散らかってるんだけど、とか、
恥ずかしそうに言いながら彼女は僕を招き入れる。

多いのは決して、物じゃなかった。
無数の天使たち
君の神さまの遣いたち


僕は君の天使になりたい。

男 また髪色変わってる
女 似合う?
男 もう何が似合うかわかんなくなってきた
女 最近変えすぎかもなぁ
男 髪色も髪型もね
女 こないだ美香に会ったら「誰?」って言われた
男 だろーね
女 そんなにわかんないかなー
男 メイクも変わるからもうわかんないよ
女 [男]もわかんなくなっちゃう?
男 俺はわかるけど
女 すき?
男 今回もかわいーよ
女 だよね〜
男 前の人、辞めちゃったんだっけ?
女 んーん、休止
男 ふーん
  …前髪、あげてみたら
女 なんで?好き?
男 好きっていうか、似合うかなって
女 こう?センスないな〜
男 似合うと思うんだけどなあ
  3つくらい前の髪、好きだったよ
  色はやっぱ黒が好きだけど
女 ねぇ、[男]ってさ、
  黒髪ロングのデコ出しが好きで、
  メイクはナチュラルめ、
  服はハイネックのセーターとか、
  ベージュ族(笑)みたいなのが好きだよね
男 なんでそんな知ってんの笑
女 ねぇ、なんであたしと付き合ってんの?
男 え?
女 あたしさ、今は紫のメッシュ入れてなんかこーゆー男みたいなカッコしかしないじゃん
  その前は黒髪姫カットだったけどめちゃめちゃ地雷系?だったし
  その前はえーっと、黒赤のショートボブ?か
  なんで?嫌じゃないの?
男 いや、……
女 あ、いや、別に、責めてるとかじゃないんだけど
男 ……趣味嗜好、俺が変えたりはできないかなって
  そのままの[女]がいちばんかわいーし好きだから、いいよ、それで

君の部屋に敷き詰められた天使の残骸
「飽きた」
「なんか無理になっちゃった」
「あんなに好きだったのにな」
「なんでだろーなぁ」


神を殺すのは案外信者だったりするみたいで
人でよかった、と思ったりもした

女 見てこれ!めっちゃかわいー封筒買ったんだよね
男 文通でも始めたの?かわいい
女 文通っていうか、一方通行かなぁ
男 あ、ファンレターってやつ?
女 楽しいよ、私の触れた物がわたる、って
男 最近...なんだっけ、シーリングスタンプ?始めたのはそれか
女 そう!かわいいでしょ。あ、[男]にも手紙送ろうか
男 手渡し?
女 消印と切手があって完成するからな〜

 毎日、郵便受けを覗いた。僅かな期待も確かにあったけど、じりじりと焦げつく焦燥感の方が大部分を占めていたかもしれない。DMとは違う、柔らかくてほのかにあたたかいような感触を確認した時、流れていく毎日には痛いくらいに刺激的な興奮を感じた。
 無地のクラフト紙でできたシンプルな封筒。油性のボールペンで書かれた僕の住所と名前。シーリングスタンプは押されていない。箔押しもない。たった一枚の便箋に、どうということのない一日の出来事が綴られていた。
始まりはこう。

親愛なる私のボーイフレンドへ。

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 君を推して〇〇日、とか、君と出会って〇〇日、とか、君に恋して〇〇日、みたいな、そういうアプリ。いくつもいくつも、いろんな人とやっていたけど、いつの間にかホーム画面から消えていた。誰一人に興味が湧かなくなった。
 玄関で天使を見てから、もう3ヶ月も経っていた。確かに君はあの時、私の天使だった。そこに至るまで天使に気づけなかった。「じゃあね」とさらりと言った君の言葉、声色と、あの表情が私を静かに眠らせてくれない。襟元にのぞく内出血の痕。もしかしてあれが彼を殺してしまったのだろうか。私の汚いのが、破裂した毛細血管から彼の中に注がれたのだろうか。いつまでもいつまでも、強烈にまぶたの裏に焼きついていた。
 私の天使はもう死んだ、いつの間にか死んでいた。生きていることに気づいた途端に殺してしまった。

 君の好きだった服を着る。モスグリーン、綿セーターのハイネックに君のくれた羽型のネックレスをする。ロングスカート。ふわふわして、純潔の象徴みたいなペチコートを下に履く。これが私の喪服。
 君がいなくなるまで、喪服を着る機会なんてなかった。髪の色も戻したよ。前髪も上げてるの。そんなにすぐに髪は伸びないけど、伸ばすつもり。
 部屋から物がほとんどなくなった。君のものがなくなったんじゃない。君のものが私の部屋にやってくるよりも前に、君は逝ってしまった。
 喪に服してたら、きっといつかまた戻ってきてくれる。実際どうかなんて知らない。私たちは天使に縋ることでしか生きていけない。

拝啓、私の天使様。

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