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赤穂で『ルート29』を観る。
今週、映画『ルート29』を観た話を父親にしたら、
「国道29号線をピンポイントに舞台にした映画なんてあるんか。どこでやってるんや。観てみたいなあ」と興味を示すので調べると、近くだと赤穂でしかやってない。
それでも行くというので、車を1時間と少し走らせて『ルート29』を観るために播州赤穂駅前の映画館「プラット赤穂シネマ」に行ってきた。
道中、車内で父は
「国道29号は若い時よく通ったからなあ。思い出の道や。〇〇(父親の友人)が最初の奥さんと離婚すると決断した日には、いきなり呼ばれて僕の運転で29号を鳥取方面に走りながら云々…当時は播但道も鳥取道もなかったから、29号を通るしかなかったんや」
と国道29号線の思い出話を助手席でひとり話し続ける。
父はなぜか29号線を気に入っており、小さい頃から、遠出したりドライブしたりとなると、時たま国道29号線を走ることはあった。私も運転免許を取ってから、家族を乗せて国道29号線を走ったことが何度かある。私にとっても、思い出の道ではあった。
山陽道をしばらく走り、赤穂インターで降りる。播州赤穂駅前へと向かう。映画館の入る商業施設「プラット赤穂」は駅の真横にあった。車を停めて中に入ると…様子がおかしい。人がいないのだ。ぜんぜんいない。テナントもまばら。
今となっては地方都市あるあるの、空きテナントの多い商業施設であった。
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映画館の他には、インドカレー屋と赤穂ラーメンの店があった。
映画まで少し時間があったので、映画館でチケットを買ってから、赤穂ラーメンの店に入った。
さすが赤穂、赤穂の塩を使ったラーメンであっさりしていて美味しかった。
店内は空いていたが、ご高齢の方が何人かと、会社終わりらしきサラリーマンが数名いた。
上映時間も近くなったので映画館のほうに移動すると、案の定誰もいない。
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「もしかして観客はわれわれ2人か…?」と思いながらシアター内に入ると、案の定誰もいない。プラット赤穂シネマは全席自由席なので、特に父親とは隣り合って座ることもせず、それぞれ異なる列の真ん中あたりに座った。
映画が始まる。私は今週、出町座で観たばかりだったので2回目である。
知らない町の人気のない商業施設で少し心が落ち着かないところもあったのだが、一度観た映像がスクリーンに映し出されて、少し安心した。
映画を観る。1週間に2度も同じ映画を観ているのだから、大抵のシーンや流れは克明に覚えている、つもりだった。でも、やっぱり観てみると記憶から抜け落ちているところもある。1度目ほどのドキドキや新鮮さはなかったが、全く飽きずに、2時間があっという間に過ぎた。
映画が終わる。父親は、途中で明らかに寝ていた。後ろからいびきが聞こえていた。誰もいないのに恥ずかしかった。帰りの車で、「あれはどういう話やったんや」とか聞かれたらどうしようとか考えていた。
父親は、シアターから出るとき「こういう雰囲気の映画館で観られて良かった」と言った。それはその通りだった。プラット赤穂シネマ、本当にいい映画館だと思った。
実は、出町座で観たときはパンフレットを買わなかった。だから今回は買おうと決めていた。時刻は21時を過ぎていたこともあり、劇場のスタッフさんはひとりで清掃に勤しんでいたけど、「パンフレットお願いします」と言って1部買った。客は2人いないので、「パンフレット」と言っただけで、『ルート29』のパンフレットを出してくれた。
このパンフレット、本当に買ってよかった。実は、1度目観たとき、主人公の姉のセリフがすごく印象に残っていたのだが、ところどころ記憶が曖昧で、具体的なセリフを思い出したいなと思っていたのである。すると、パンフレットには決定稿が全文載っていた。
私が印象に残ったセリフは、以下で始まる。
「わたしな、最近、もしかして間違えたのかもしれんなって思っとるんよ」
「間違えたかもしれない」というのは、私が昨年の就活期から今に至るまでずっと抱いてきた感覚だった。私の「間違えたかも」という感覚については昨年、以下のnoteにも少し書いた。
まあそんな、自分のここ数ヶ月を埋め尽くしていた感覚がほろっと作中の人物の口から飛び出したのだから、私は意識せざるを得なかった。上述の冒頭から始まる一連のセリフでは、いくつも「刺さる」言葉があったのだが、あまり書くとネタバレにもなってしまいそうなので書かない。パンフレットで読み返しながら、自分の中で温めておこうと思う。
話を戻す。映画を観て、車を停めていた屋上駐車場に戻ると、北側の山に「赤」の文字が見えた。なんだあれは。
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実は映画を観る前、車を停めるときに父は「昔は、あの山に神戸の市章山みたく市のマークかなにかが灯ってたんやけど、もうせんくなったんかなあ」と言っていた。まだあった。
「赤穂」の「穂」のほうは確かに画数が多すぎるから無理だとわかる。しかし、「赤」の文字だけが灯っているのは少しシュールである。『ルート29』も少し世界観がシュールな作品で、それを観たあとだったから余計にシュールに思ったのかもしれない。
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「赤」山を観ていると、踏切が鳴り出した。電車が来るのかと思って待っていると、赤穂線岡山方面から、播州赤穂止まりの普通電車がやってきた。
なんと、今となってはとても貴重な115系湘南色である。
「これ珍しいんやで。よくこのタイミングで来たもんやな」と言うと、父が「確かに最近みんなあ。〇〇(地元駅)では全く見なくなったなあ」
地元駅から湘南色が姿を消したのはもう30年以上前の話である。
そんな話をしていたら、しばらく駐車場のへりで突っ立っていたのが不審に思われたようで、駐車場の警備員さんに注意されてしまった。
たぶん、車でなく屋上まで歩いて上がってきた変なやつと勘違いされたようで、車はそこに停めていることと「いやあ電車が来てたもんで見てまして」とヘラヘラ謝ると「まあそうゆうことなんでよろしく頼んますわ〜」とそんなに咎めないふうで許してもらえた。このとき、父は「情報量が…」とボソッといった。私は聞き逃さなかった。
屋上に吹きすさぶ、瀬戸内の冷たい夜風はしばらく浴びていたいほど気持ちよかったが、注意されてしまった手前、そそくさと車に戻り、帰路につく。
帰りは、行きより20分くらい早い所要時間で家に着いた。帰ったのが23時前だったこともあり、寝ていた飼い犬がうざそうな顔で私を見上げた。母親はすでに寝ていて、私は父親と夜食を少し食べた。