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【教育基本法の精神】教育学部小論文講座(第8回)

(1)はじめに

教育学部小論文講座の第8回、最終回は、もう一度、基本に戻ることにします。

受験生は、学習指導要領に加えて、教育基本法と憲法を読みましょうと、第1回でアドバイスしました。

これを裏付けるように、大阪教育大学ではズバリ教育基本法が原文で出ました。

条文が資料として提示されているので、基本線を押さえることができますが、ただ法律の条文をなぞっただけでは合格点はもらえません。

歴史的な文脈のなかで、教育基本法の精神、理念をどれだけ理解できているかを問う問題で、背景となる日本史や政治経済の知識が必要となります。

それでは、さっそく問題を見てみましょう。

(2)問題・「教育基本法の精神」大阪教育大学教育学部教養学科人間科学2014年


参考事項と文献一と二に基づき,文献の中の公布や改正の年月日,及び主語に注目して,重要と考える事柄を取りあげ,その理由を説明し,現代の日本において,文献のうたう法の精神を実現するためには,何が課題となるか,理由をあげて提示しなさい(横書き800字以内)。

参考事項
大日本帝国憲法は明治二十二年二月十一日に公布,明治二十三年十一月二十九日に施行。
教育勅語は明治二十三年十月二十日に発布,昭和二十三年六月十九日に廃止。
終戦の詔勅は昭和二十年八月十五日。
日本国憲法は昭和二十一年十一月三日に公布,昭和二十二年五月二日に施行。

文献一
教育基本法(旧法)
昭和二十二年三月二十一日に公布(法律第二十五号)

① 朕(ちん)は,枢密(すうみつ)顧問(こもん)の諮詢(しじゅん)を経て,帝国議会の協賛を経た教育基本法を裁可し,ここにこれ
を公布せしめる。

② われらは,さきに,日本国憲法を確定し,民主的で文化的な国家を建設して,世界の平和と人類の福祉に貢敵しようとする決意を示した。この理想の実現は,根本において教育の力にまつべきものである。われらは,個人の尊厳を重んじ,真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに,普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。

③ ここに,日本国憲法の精神に則り,教育の目的を明示して,新しい日本の教育の基本を確立するため,この法律を制定する。

④ 第一条(教育の目的)
教育は,人格の完成をめざし,平和的な国家及び社会の形成者として,真理と正義を愛し,個人の価値をたつとび,勤労と責任を重んじ,自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

⑤ 第二条(教育の方針)
教育の目的は,あらゆる機会に,あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには,学問の自由を尊重し,実際生活に即し,自発的精神を養い,自他の敬愛と協力によって,文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない。

⑥ 第三条(教育の機会均等)
すべて国民は,ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであって,人種,信条,性別,社会的身分,経済的地位又は門地によって,教育上差別されない。


朕:天子の自称。
諮詢:問いはかること。一定の機関の意思を参考として問い求めること。
裁可:君主が臣下の奏上をみずから裁断し,許可すること。

文献二
教育基本法(新法)
平成十八年十二月二十二日に公布(法律第百二十号)教育基本法(昭和二十二年法律第二十五号)の全部を改正する。

全文

⑦我々日本国民は,たゆまぬ努力によって築いてきた民主的で文化的な国家を更に発展させるとともに,世界の平和と人類の福祉の向上に貢献することを願うものである。

⑧ 我々は,この理想を実現するため,個人の尊厳を重んじ,真理と正義を希求し,公共の精神を尊び,豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに,伝統を継承し,新しい文化の創造を目指す教育を推進する。ここに,我々は,日本国憲法の精神にのっとり,我が国の未来を切り拓く教育の基本を確立し,その振興を図るため,この法律を制定する。

⑨ 第一条(教育の目的)
教育は,人格の完成を目指し,平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

⑩ 第二条(教育の目標)
教育は,その目的を実現するため,学問の自由を尊重しつつ,次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。
一 幅広い知識と教養を身に付け,真理を求める態度を養い,豊かな情操と道徳心を培うとともに,健やかな身体を養うこと。
ニ 個人の価値を尊重して,その能力を伸ばし,創造性を培い,自主及び自律の精神を養うとともに,職業及び生活との関連を重視し,勤労を重んずる態度を養うこと。
三 正義と責任,男女の平等,自他の敬愛と協力を重んずるとともに,公共の精神に基づき,主体的に社会の形成に参画し,その発展に寄与する態度を養うこと。
四 生命を尊び,自然を大切にし,環境の保全に寄与する態度を養うこと。
五 伝統と文化を尊重し,それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに,他国を尊重し,国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。

⑪ 第三条(生涯学習の理念)
国民一人一人が,自己の人格を磨き,豊かな人生を送ることができるよう,その生涯にわたって,あらゆる機会に,あらゆる場所において学習することができ,その成果を適切に生かすことのできる社会の実現が図られなければならない。

⑫ 第四条(教育の機会均等)
すべて国民は,ひとしく,その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず,
人種,信条,性別,社会的身分,経済的地位又は門地によって,教育上差別されない。

(3)ポイント

大きく分けて、2つの時期の教育政策の変化に着目する。

<1>戦前(大日本帝国憲法体制)から戦後(日本国憲法体制)にかけての変化

<2>教育基本法(旧法)[昭和二十二(1947)年]から(新法)[平成十八(2006)年]にかけての変化

(4)戦前(大日本帝国憲法体制)の教育

まずは<1>から見ていく。

①大日本帝国憲法体制の施行(明治二十三年十一月二十九日)に合わせてが明治二十三年十月二十に教育勅語が発布された。

②大日本帝国憲法体制‥‥天皇は国家元首※1で統治権を総攬※する。

※1国家元首:主権を持つ者。大日本帝国憲法では天皇主権が規定された。

※2統治権を総攬:三権(行政・司法・立法)は天皇の下に集中し、天皇は三権のすべてを持つ。

③教育勅語‥‥「忠君愛国」の国民道徳。学校に配布され、児童・生徒の前で教師は奉読する義務があった。

④ ①~③より、国民は主権者である天皇の臣民として「忠君愛国」の精神で仕えることが教育の目的とされた。

<2>戦後(日本国憲法体制)の教育

①日本国憲法の三原則のひとつ、国民主権の下に教育制度がつくられる。

②1947(昭和22)年の教育基本法で戦後の教育制度の枠組みがつくられる。

③教育基本法(旧法)の精神

 1) 第一条(教育の目的):人格の完成と主権者としての国民の育成

  2)第二条(教育の方針):目的達成のために「学問の自由の尊重」「自発的精神の涵養」「文化の創造と発展への貢献」に努める。

 3) 第三条(教育の機会均等):根拠

 ・憲法第26条「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」

 ・憲法第14条「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」

4)まとめ:教育を受ける権利は日本国憲法の保障する基本的人権のひとつであり、主権者としての国民が享受する。

(5)新旧教育基本法の違い

①旧法は、日本国憲法施行前であったので、天皇の名において公布された。日本国憲法体制下の新法では、主権者である国民を権利主体として、教育を受ける権利の内容が規定されている。

②旧法の教育の目標を四項目に具体化して、下記の資質の養成と態度の涵養を行う。

 1)「幅広い知識と教養」「真理を求める態度」「豊かな情操と道徳心」「健やかな身体」
 2)「個人の価値尊重」「能力の伸長」「創造性」「自主及び自律の精神」「職業及び生活との関連・勤労重視」
 3)「正義と責任」「男女の平等」「自他の敬愛と協力」「公共の精神」「主体的に社会形成に参画、社会の発展に寄与」
 4)「生命を尊重」「自然環境の保全」
 5)「伝統と文化の尊重」「愛国・愛郷心」「他国を尊重」「国際社会の平和と発展に寄与」

③新たに「生涯学習の理念」を追加

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(6)考え方(ウラ答案)

2006(平成十八)年に改正された教育基本法[資料では教育基本法(新法)]で、第二条(教育の目標)の「伝統と文化を尊重し,それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」とある部分に注目する。ときの安倍晋三首相は特に教育改革に力を注ぎ、教育基本法が改正された同年、教育再生会議を設置しました。

保守派の有識者を集めた同会議の第3次報告では、徳育を「教科」とし、感動を与える教科書を作る、つまり道徳を教科として導入する提言が出されました。教育基本法(新法)の第二条を合わせ考えると、道徳教科のなかで子どもたちに愛国心や郷土愛を涵養することを教育の目標のひとつに据えようとしていることが明らかとなるのです。

参考:2015(平成27)年 学習指導要領を一部改正し、道徳の「特別の教科」化が実現した。

こうした動きを戦前の大日本帝国憲法体制下の教育勅語の内容(「忠君愛国」)と比較して、これをどう評価するかが暗黙の出題意図にあるわけです。

つまり、教育基本法(新法)の愛国心が教育勅語の愛国心と同じなのか、異なっているかを問うていると言っていいでしょう。

おそらく出題者の意向としては、その共通点を指摘して、警鐘を鳴らすような内容の答案を期待していると思われます。

「安倍政権では、教育基本法を改正して、子どもたちに愛国心を強要しよいうとしているが、このことをどう思うか」とは、はっきり書かないで、憲法や教育基本法を織り交ぜながら、出題意図をあぶりだしてゆく手法はまことに巧妙です。

国立大学である大阪教育大学が、まともに現政権批判を直接誘導するような入試問題はさすがに作れない。

しかし、大阪というところは、反権力、反東京、反霞が関(反官僚)という反骨精神で溢れている県民性があります。

ですから、大阪教育大学の教員(出題者)は、保守・伝統を重んじ、ともすれば戦前回帰を志向する安倍政権の危険性を認識して、このような特別な掛けで問題を作成してきたというわけです。

ただ、安倍政権に対する批判的な態度は何も大阪教育大学に限らず、大学の教員など知識人全般で共有するものです。

ふつう大学入試小論文では、明らさまな政権批判や政党批判を結論とするような内容は避けるべきです。

このような党派性を出すことはタブーとされています。

ですから、今回だけは例外と考えてください。

(7)考え方(オモテ答案)

第6章のような書き方は、やはりギャンブルです。今回はいいとして、別の大学で類題が出されたときには、表立った政権批判は書かないほうが無難でしょう。

特に教育学部では、教育基本法第14条第2項(法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない)や義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法第3条で、教師の政治的中立性が義務付けられています。

このようなわけで、今回の問題の別解を書くのであれば、むしろ、(旧法)と(新法)で変わらない教育基本法の一貫した精神を取り上げて書くという方法もあります。

それは、「教育の機会均等」原則になります。

この精神は、憲法14条の法の下の平等をもとに、教育基本法でも強調されている理念であり、憲法第26条第2項 の義務教育の無償化(すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。 義務教育は、これを無償とする。)が導かれる法理となるのです。

近年はこの無償化原則が拡大され、2010(平成22)年には高校授業料無償化が開始されます(現在は所得制限あり)。初めは公立高校の授業料が無償になり、のちに私立高校にも補助(所得に応じた加算あり)されるようになりました。

答案では、このような最近の教育改革の流れをまとめて書き、将来的には大学の無償化をめざすという方向で締めくくるとよいかと思います。

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