「代理出産の課題」岡山大学医学部後期保健学科看護学、放射線技術科学、検査技術科学2015年改作
(1)問題
問題1 次の記事を読んで、以下の設問に答えなさい。
1⃣代理出産で生まれた赤ちゃんの引き取りを、受精卵を託したオーストラリア人夫婦が拒んだ。タイに住む代理母は「赤ちゃんはダウン症(注)」と説明されていた。こんなケースが海外で議論を呼んでいる。代理出産のルールづくりでこんな事例をどう規定するのか、法整備が検討されている日本でも課題になりそうだ。
2⃣タイメディアなどによると、代理母はタイ中部シラチャーの食品行商の女性(21)。仲介業者を介した豪州の夫婦の依頼で昨年12月、男女の双子を産んだ。当初の契約では報酬は約30万バーツ(約98万円)だった。
3⃣妊娠7カ月ごろ、男の胎児がダウン症と医師と業者に告げられ、中絶を勧められた。出生前診断の結果とみられるが、拒否した。出産後、夫婦は健常の女児だけを豪州に連れて帰った―残された男児を、女性が自ら育てている。報酬は障害児を育てる分として加算され、50万バーツ(約164万円)を受け取ったという。
4⃣女性は「中絶を求められて、あなた方は本当に人間かと問いかけたし見捨てられなかった」と話す。タイには代理出産の法律がなく、医師協会のルールで、金銭のやりとりがある営利目的の出産を禁じるのみ。費用も安く、海外から不妊の夫婦らが来る。
5⃣豪ABCテレビなどによると、豪州人夫婦は、西オーストラリア州在住。電気工の男性(56)には前妻との間に3人の子供がおり、現在の妻とは2004年に中国で結婚したという。
6⃣夫婦は友人を通じ、5日付の地元紙で男児がダウン症とは知らなかった。(1)医師からは「先天性心臓疾患で数日しか生きられない」と言われた(2)出産当時、タイが政情不安の状態ですぐに出国する必要があった、などと反論している。
7⃣豪州国内では夫婦への批判が高まる。慈善団体などは男児の治療のために寄付を募っており、2千万円以上が集まったという。
8⃣豪州では、代理出産に関する法律がない北部準州を除くすべての州や特別州で営利日的の代理出産を禁じている。年間500人以上が海外の代理母から生まれているとの推計もある。(バンコク。大野良祐、シドニー。郷富佐子)出典:朝日新聞デジタル2014年8月7日5時00分配信「代理出産、ダウン症児引き取らず豪州の夫婦、タイで依頼」(一部改変)
http://digital.asahi.com/articles/DA3Sl1287950.html?_requesturl=articles%2FDA3Sl1287950.htmlamp
(注)体細胞の21番染色体が1本余分に存在し、計3本となることによって発症する先天性の疾患群
設問1 記事の中の出来事を簡潔にまとめ、また、どの様な問題あるいは課題を含んでいるか、250字以内で述べなさい。
設問2 記事の中の出来事が含む問題あるいは課題について、あなたの考えを600~800字で述べなさい。
(2)考え方
代理出産をめぐる論点を以下に整理する。
①親権の問題
代理出産で生まれた子供の親権は,代理母にあるのか,卵子提供者(依頼者)にあるのか?
【現状】日本では,分娩者を母親とする日本の戸籍法により,親権は代理母に属する。
②代理出産で生まれた子供が先天的異常を抱えていた場合の対処
1)妊娠中絶を認めるべきか。
2)子どもは誰が育てるのか。
③生殖をビジネスで行なうことの倫理的是非
・人身売買にあたらないか?
④妊娠・出産のリスクを他者に負わせることの倫理的是非
⑤代理出産で生まれた子供のアイデンティティや精神に与える影響の問題
1)2人の母親が生じることになる。
2)通常の生殖行為による誕生ではない。
⑥代理出産で生まれた子供への差別
●肯定的意見から以上の論点に答えたり、新たな論点を付け加えると下記のようになる。
①親権の問題
・親権は代理母に属するにしても,向井夫妻のように養子という形で入籍させることが可能。
・新たに問題が発生した場合には,法律を整備すればよい。
②代理出産で生まれた子供が先天的異常を抱えていた場合の対処
・先天的異常を持つ子供の妊娠中絶をめぐる問題は,代理出産に限られるものではない。
③生殖をビジネスで行なうことの倫理的是非
・正式な契約書を交わしているので,法的な問題はない。
・代理出産を広く医療行為として捉えるなら,金銭による代価が生じるのは当然。
④妊娠・出産のリスクを他者に負わせることの倫理的是非
・契約により事故が発生した場合の補償が定められていれば,対処できる。
・代理母は自分の意思で契約したのだから,自己責任。
⑤代理出産で生まれた子供のアイデンティティや精神に与える影響の問題
・2人の母親から2倍の愛情を注いでもらえると積極的・肯定的に捉えればよい。
・カウンセラーなどによる子どもに対する手厚いケアを充実させる。
⑥代理出産で生まれた子供への差別
・子供のプライバシーを確保することで,差別の問題は防止できる。
⑦ひとは誰でも子どもを持つ幸福を追求する権利を有する。
幸福追求権・日本国憲法第13条
「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」
(3)解答例
設問1
省略
設問2
代理出産をめぐるこの案件の大きな問題は、依頼者の夫婦が健常の女児だけをオーストラリアに連れて帰り、ダウン症の子どもは受け取りを拒否して代理母に預けた点にある。これは、健常児だけをわが子と認めて受け取り、障害を持った子どもの親権を放棄するということは、生の選別が行なわれたことを意味する。子どもに恵まれない夫婦は、代理出産という手段を選択してまで子どもを持つ幸福を得る権利を持つ。しかし、権利と同時に、子どもを授かった以上、この子を育てる義務もまた発生する。障害児の育児を拒否したこの両親は道義的責めを負う。
代理出産についての問題はこればかりではない。金銭の授受が介在した場合、これは人身売買の禁に抵触する可能性が指摘される。豪州では、営利目的の代理出産を禁じているように、代理親はあくまで善意に基づいて代理出産が行なわれなくてはならない。さらに、代理母は出産に伴うリスクが存在する。代理出産の依頼者が先進国の豪州であり、代理母が発展途上国のタイであることに疑義が生じる。経済的な強者が金銭で子どもを持つ権利を行使し、弱者が一方的に代理母のリスクを負うという構造が常態化した場合、こうした不均衡な関係は公正と公平に欠くものと言わざるを得ない。
わが国でも代理出産の事例が存在する。今回のケースのようなトラブルが発生する前に、代理出産で生まれた子どもの親権や依頼者の義務を明記した法律の整備と倫理的・道徳的な議論を深めてゆくことが喫緊の課題である。
(640字)
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