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「グーグル化と情報空間の公共性」筑波大学・推薦(情報〉知識情報・図書館学類2021年度

(1)問題


次の文章を読んで問1から問3に答えなさい。
 
①  グーテンベルク革命から五〇〇年。プリントメディアの賞味期限が尽きてもよいころだ。わたし自身は人後に落ちない書物フェチである。新刊が届くとためつすがめつ※1手にとってながめ、紙の手触りや匂いを嗅いだりもする。まれに活版印刷の書物を手に入れると、いまなくなった凹凸のある誌面に指を這わせずにはいられない。また日本の装丁は、デザインとして完成度が高く、国際的に群を抜いた水準だと思う。書物に対する愛着やこだわりは人並み以上だが、それでもやはり、書物の未来は衰退の一途であろうと予測するほかない。それは現在の若者の情報ソースヘのアクセスを見ていると否応なしに感じることだ。かれはプリントメディアに接している時間よりも、IT端末に接している時間のほうが長い。ウェブ上には膨大な量の情報が流通しており、そこから情報を得る方が早いし、コストが安い。すでに紙媒体の新聞を読む生活習慣もなくなった若者たちをみて、わたしはプリントメディアに接するのは一種の①身体化された生活習慣のようなものにすぎなくなった、と感じないわけにいかない。IT環境で育った世代は、プリントメディアの世代とは異なる身体を身につけてしまっている。わたしのような書物の愛好者はこれから先も残るだろうが、少数派になるだろう。書物は数少ないマニアやおたくのマーケットを相手にした、一種の伝統工芸品になるだろう。そう考えてみれば、わたしのような人文系の学問分野の専門書のマーケットはずっと以前から刷り部数約三千部、この部数は出版不況以前も以後も動いていない。専門書一冊に約三千人の読者が持続的に存在しているという状況は、このくらいなら妥当なところだろう。

②  そこヘアマゾンのキンドル※2やソニーの電子ブック、さらにアップル社のiPad※3が登場した。それに先駆けて、グーグル社がすべての出版物を電子情報化するというニュースが届いた。日本へのグーグル上陸は、あたかも「黒船の到来」のように迎えられた。出版各社からグーグル訴訟※4との契約に同意するかどうかの意思の確認を求められ、谷川俊太郎※5さんなど日本ビジュアル著作権協会※6の一部のメンパーからグーグル訴訟の集団和解離脱※7への参加を要請されたときに感じた②違和感を思い出した。

③  たしかに著作権は大事だ。だが、書き手としての本能ともいうべき思いは、ひとりでも多くの読者に、自分のメッセージを届けたいという思いではないだろうか。現にウェブ上には、ホームページで、自分の情報を無償で提供しているひとたちがたくさんいる。ITは情報発信をだれにでも手の届くハードルの低いものにし、大衆化した。研究者のあいだでも論文を自分のホームページから自由にダウンロードをしてかまわないという方法を採用しているひともいる。そうなれば、情報発信に出版社も書店も要らない。

④  こういうことが言えるのも、わたしが職業的な書き手ではなく、大学に籍を置く者だから、という批判もあるかもしれない。たしかに印税や原稿料収入で生計を立てている書き手にとっては、ウェブ上の情報が無償で流通することは脅威かもしれない。だが、(1)とうぶんのあいだウェブ媒体と印刷媒体とは共存じつつ棲み分けをするだろうから旧メディアの世界で生きるか、(2)あるいはウェブ上の情報コンテンツに対する課金システムを導入するかだが、その場合であってさえ、(3)有料メディアは無料のメディアと情報の質をめぐって競合をせざるをえない。

⑤  「グーグル化」※8という用語に象徴される情報の流通革命は、出版社や書店を不要にするだろうが、コンテンツ制作のプロデュサーとしての編集者の役割はなくならないだろう。音楽や映像、アニメがすでにそうなっているように、書物もまた、プロデュサーが介入し、コンテンツ制作をチームで行うようなものになるかもしれない。そしてそこで音楽や映像、アニメがすでにそうであるように、情報の受け手にとって対価を支払っても得たい情報価値があるかどうかが、問われるようになるだろう。この「グーグル化」の趨勢※9に乗り遅れることは、世界の情報流通から脱落することをしいる。皮肉なことに、日本語という言語障壁が「グーグル化」という黒船から出版産業を守ってくれるかもしれない。だが、言語障壁に加えてITアクセスの障壁が加われば、日本語圏の情報発信はますます世界の孤島化していくだろう。グローバリゼーションその是非を問うまでもなく不可避のプロセスであるように、「グーグル化」に抵抗することは誰にとっても不可能である。③ただしこの過程がアメリカの一民間企業であるグーグル社によって担われることの危険は指摘しておかなければならない。もし営利企業が商業目的のために情報の公共性をゆがめるかもしれいという懸念を持つなら、そしてその懸念はこれまでの経験から見てじゅうぶんに根拠のある懸念だが、むしろ日本語圏のIT化という巨大なプロジェクトは、公共的な責任と負担のもとで、すなわち国家事業として取り組まなければならない性格のものだと考える。国立国会図書館や各種のデータアーカイブは、そのために役割を果たしてもらいたい。
 
(注)
※l ためつすがめつ:あるものを、いろいろな方面からよくながめる様子
※2 キンドル:アマゾン社による電子書籍端末
※3 iPad:アップル社によるタブレット端末
※4 グーグル訴訟:グーグル社が図書館の蔵書をスキャン、データベース化し、検索サービスを提供したことに対し、米国の著作権者らが著作権侵害を訴えた訴訟
※5 谷川俊太郎:日本の詩人、翻訳家、絵本作家
※6 日本ビジュアル著作権協会:日本の著作権管理団体
※7 グーグル訴訟の集団和解離脱:米国の法制度上、グーグル訴訟に直接参加しない者にも訴訟結果や和解の効力が及ぶ可能性があったことから当時の日本では、一部の著作権者らにより、グーグル訴訟の和解に拘束されないための和解案離脱の表明が行われた※8 グーグル化:すべての出版物を電子情報化し、それらのコンテンツがウェブ上に無償でするようになることを指す。最初にグーグル社が始めたことによる。
※9 趨勢(すうせい):物事の流れ、なりゆき、社会などの全体の流れ
 
問1 下線部①「身体化された生活習慣」とはどのような意味か。50字以内で説明しなさい。

問2 下線部②「違和感」とはどのような内容であると考えられるか。250字以内で説明しなさい。

問3 下線部③「ただしこの過程がアメリカの一民間企業であるグーグル社によって担われることの危険は指摘しておかなければならない。もし営利企業が商業目的のために情報の公共性をゆがめるかもしれいという懸念」について、情報流通において一部企業に支配されることの危険性について、あなた自身の考えを500字以内で述べなさい。
 

これらの設問は、理解力・思考力・表現力・独創性などの能力を総合的に見ようとするものであり、思想・信条等を問うものではありません。

(2)考え方


問3

1.公共空間や公共性の定義から始める。

定義という言葉の意味がわからなければ、公共空間や公共性の性質や役割と言い換えてもいい。

その際、政治経済や現代社会で習った公共財を思い出してみると理解が進むだろう。

公共財の性質とは、道路や港湾、灯台・公園・病院などの施設のほか警察・消防などの公共サービスも含まれる。

2.ネット空間の公共性

公共財に論点を限定してしまうと、市場経済の限界と財政の役割のほうに論点が移ってしまい本題からそれるので、公共空間として、政府が税金で提供する上記の公共財よりも広くとらえ、駅や河川、湖沼などの本来あるべき利用法や原則について考える。

そこからに、話題をネット空間に移して、上記の本来あるべき利用法や原則はネット空間にもあてはまることを示す。

そのためには、ネット空間が公共性を持っていることを示す必要がある。


(3)解答例


問1

新刊が届くと手にとって紙の手触りや匂いを嗅ぎ、活版印刷の書物の凹凸のある誌面に指を這わる習慣のこと。(50字)

 

問2

ウェブ上にはホームページで自分の情報を無償で提供しているひとたちが多くいるように、書き手は、ひとりでも多くの読者に自分のメッセージを届けたいという思いを抱いている。印税や原稿料収入で生計を立てている書き手にとっては、ウェブ上の情報が無償で流通することは脅威であり著作権は大事だが、ITが情報発信を大衆化した現在、有料メディアは無料のメディアと情報の質をめぐって競合をせざるをえない。これから書物は情報の受け手にとって対価を支払っても得たい価値があるかどうかが問われるようになる。(238字)

 

問3

 公共空間とは不特定多数の人々が往来し、生活の便益に浴するところであり、こうした性質から誰にでも開かれた自由な空間である。したがって利用に際しては、特定の個人・企業占有や利益の独占は許されない。利用については平等性が担保されなければならない。

公共空間に含まれるものは、公園や道路等のように国民の税金で運営されている施設に限らない。駅や学校、河川や湖沼なども含まれる。このような公共財は、特定の個人や企業が占有して利用料を徴収したり、封鎖して自分たちだけの利用に供したりする事態となると、他の利用者の権利が侵害される。

 ネット空間も冒頭で述べた定義に照らして自由な開放性と平等性を持つことから、公共空間としての役割を担っている。この空間が一部の企業に支配される状況というのは、本来的な自由・平等を旨とする公共性がゆがめられていることを意味する。

 これに対する日本の危機感は薄く、対応が遅れている。その背景として公共性に対する日本人の権利意識の不足が挙げられる。義務教育の段階から公共性のあり方とネット空間における主権者としての意識を子どもたちに根付かせてゆくことが今後とも求められる。(500字)

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