「個性ということ」静岡県立大学看護学部前期(2010年)
(1)問題
次の文章を読んで、以下の設問に答えなさい。
① この何十年か、「個性」や「オリジナリティ」の重要性がずいぶん強調されてきました。
② 個性重視というのは、「今・ここにいる・私」を絶対化することです。
③ でも、個性というようなことばをあまり軽々に使うのはどうかと思います。これはけっこう危険なことばだからです。
④ ぼくたちがあることを考えたり、感じたりするしかたというのは、実はかなり共同的に規制されている。ぼくたちが共有している「文化の地平」に収まらない異物は、そもそも知覚も思考もされない。
⑤ 自分では「個性的なものの見方」と思っていることが、「縛り」であることは、同世代や同類たちとつるんでいるだけでは絶対に分からないのです。
⑥ ぼくは一年近く鈴木晶さんとメールで往復書簡をしました。
⑦ 鈴木さんはぼくと一つ違いで、同じような東京の進学校を出て、大学も一緒、やってきた仕事にもずいぶん共通点があります。
⑧ そういう人と意見交換してみたら、自分の個性だと思っていたもののうちのかなりの部分が、一九五〇年東京生まれの同、それまで自分の個性だと思っていたもののうちのかなりの部分が、そういう人と意見交換してみたら、それまで自分の個性だと思っていたもののうちのかなりの部分が、一九五〇年東京生まれの同時代人に共通のものだ、ということに気づかされました。
⑨ そういう同世代の共通項を控除して、その後に残るもの、それがとりあえず「私の個性」と呼べるものなわけです。そういう「すり合わせ」をしていかないと、自分が「個性」だと思い込んでいたものが、実はある時代や、あるが作り上げてきた「民族誌的偏見」にすぎかったということにはなかなか気づきません。
⑩ 自分と自分の同類たちを共同的に制約している「縛り」に気づくのに一番効果的なアプローチは異文化との接触です。たとえば、英語の人注としゃべってると、英語では言えないことが自分の中にある、ということに気づきます。
⑪英語で「それじゃ、日本の文化について語ろう」ということになったとき、こちらの口から出るのは、結局ストックフレーズなわけです。英語の本でこれまで読んできて、まるごと覚えたストックフレーズばかりがつい口をついて出てきてしまう。
⑫そういう局面で、ぼくの口から出てくることばは、たいてい欧米の人たちが日本を批判するときの決まり文句です。
⑬しかたがないですよね。
⑭英語でうまくしゃべるということは、英語的なワーディングで、英語的なアクセントで、「いかにも英語圏の人間が言いそうなこと」を再現してみせるということなんですから。
⑮英語話者には思いもつかないようなアイディアは、伝えようとしても伝えられない。だって、それを語る単語や表現を、これまで英語の本で読んだこともないし、英語で話しているのを聞いたこともないんですから。
⑯英語に堪能になるというのは、要するに、英語のストックフレーズをたくさん覚え込んで、英語圏の人たちが「言いそうなこと」を同じような口調で復唱することになってしまうのです。
⑰以前サンフランシスコに行ったときに、帰りの空港のカウンターで、空港職員の態度が非常に悪かったことがありました。長い間人を待たせておいて、だらだら仕事をしているし、割り込む人がいても咎めもしない。ぼくは20分くらい待たされた果てに、腹が立ってきて、ついカウンターをばんと叩いて、「ぼくは20分ここで待っているが、君はさらに何分ぼくを待たせるのか」と怒鳴ったのです。
⑱この瞬間、ぼくは自分の英語があまりに滑らかだったのでびっくりしました。
⑲あ、そうか、英語というのは「私が正しい、君は間違っている、私には権利がある、君には義務がある」というようなことを言おうとすると、すごくスムーズに出ることばなんだ、ということが腑に落ちました。
⑳「まず怒鳴る」と実にアメリカ的な語り口になるんです。「あ、すみません。勝手なお願いですけど、聞いていただけます?……」とか、「おっしゃることは確かによく分かるんですけども、とか確かによく分かるんですけども、ちょっと微妙に違うんですよね……」みたいなことを言おうとすると、まるで英語にならない。
㉑英語で語るということは英語話者たちの思考のマナーや生き方を承認し、それを受け容れるということなのです。
㉒逆から言うと、日本語で思考したり表現したりするということは、日本語話者に固有の思考のパターン、日本人の「種族の思想」を受け容れるということです。
㉓そういうふうにして、自分が「個性」だと思っていたものの多くが、ある共同体の中で体質的に形成されてしまった一つの「フレームワーク」にすぎない、と気がつくわけです。
㉔じゃあ、自分はいったいどんなフレームワークの中に閉じ込められているのか、そこからどうやって脱出できるのか、というふうに問いを立てるところから、はじめて反省的な思考の運動は始まります。
㉕「私はどんなふうに感じ、判断することを制度的に強いられているのか」、これを問うのが要するに「思考する」ということです。
㉖若者たちはオリジナルであることが大好きです。でも、彼らが自分のかけがえのない個性だと思っているものの95パーセントくらいは、実は「既製品」なのです。
(出典:内田樹『疲れすぎて眠れぬ夜のために』、角川書店、二〇〇三年より一部抜粋。)
注:英語の人は原文のままの表記である。
設問1 著者は、「個性というようなことばをあまり軽々に使うのはどうかと思います。」と述べています。著者がそう述べている理由について、300字以内にまとめなさい。
設問2 著者の個性のとらえ方を参考にしながら、個性に対するあなたの考えを600字以内で述べなさい。
(2)考え方
設問1
⑤段落と㉔段落を中心に簡潔にまとめるなら、以下のようになります。
「自分では『個性的なものの見方』と思っていることが、『縛り』である」から、この「縛り」から抜け出さなければ、本当の個性は出てこない。しかし、これには反省的な思考を伴うから。
ただし、このような説明問題では、「縛り」という比喩表現をそのまま用いてはいけません。「民族誌的偏見」(⑨段落)や「「種族の思想」」(㉒段落)といった筆者の造語もそのまま使ってはいけません。これらの言葉をわかりやくす言い換えている表現を探して、こちらを答案に反映させるのです。
「フレームワーク」もそのまま用いず、できれば「枠組み」などといった言葉に置き換えるといいでしょう。
設問2
筆者に賛成か反対か立場を明確にして書く。
今回は賛成で書く方が書きやすい。
個性はファッションなどの外見に表れるのではなく、内面的なものだ、というような「外面/内面」で分けるアプローチは失敗する。
先日亡くなったファッションデザイナーの山本寛斎は外面でも個性的な人だった。
内面(心)は目に見えず、服装や髪形などのファッションや言動といった、外面で表現される。
したがって、ブラックボックスに入った内面を言及しても、結局まとまらない。
個性的の条件は外面=表現がすべてと言ってよいだろう。
あるいは言語といってもいい。
一方、筆者の意見に反対する場合は、この言語論で攻めてみる。
私たちが日本語固有の思考のパターンから逃れられないということは、結局日本語を離れて表現しなければならない。
かと言って外国語で表現しても同じである。
その言語特有のフレームワークがあるのだから。
個性が言語や文化などの外套をはぎとって生まれるものであるなら、私たちは丸裸になってしまう。
だから、筆者の理論はすでに破綻していると言っていい。
個性は筆者は否定する言語や文化のなかにこそ、表れるものだ、と批判的に書いてみても面白い。
(3)解答例
設問1
私たちは共同的に制約しているにさまざまな枠組みに縛られている。これは、自分が使用する日本語固有の思考のパターンに則った表現や、同時代や同じ地域の文化が形成してきた偏見に相当するものである。自分では個性的なものの見方と思っていることの大半が既にある共通のものでそこにはオリジナリティはない。個性の獲得はこうした事実を内省し、思考することによって枠組みから脱出しなければならない労力を要するから。(195字)
設問2
芸術作品は個性的である。ひとつとして同じ作品はない。しかし、芸術とて同時代の表現技法や芸術理論、地域や民族特有の文化や思考パターンから免れることはできない。どんなに個性的で画期的な作品を創り出した芸術家でもいつかはマンネリに陥り、たちまち個性を喪失する危険が常に隣り合わせにある。
そこで、こうした没個性から抜け出すために芸術家は絶えず自己刷新に努める。新作が世上の脚光を浴びても、いつまでもその栄光に浴することを潔しとしない。次作はファンの期待を裏切ってみせる。古い衣装を脱ぎ捨てて、新しい作風へと変化する。ピカソが青の時代からアフリカ彫刻時代へ、さらにはキュビズムへと次々と飛躍を遂げたのは、このような理由による。
個性的な人は、周囲と比べて際立つだけでなく、過去の自分と比べても常に一歩先に行っている。決して同じところに留まらずにアップデートを重ねる。個性的な人間になるには、時代や文化の枠組みばかりか、自身の枠組みをも作り変える覚悟がいる。
大学に入学したら、私が高校時代までに形成した枠組みをいったん解体してみようと思う。基礎を捨てるのではない。むしろ基礎を手に取って眺めて、自分なりにもう一度作り直してみるのだ。4年間このような研鑽を積んだ暁にはまったく新しい個性的な自分に変身しているだろう。大学での学びは私の個性の形成になくてはならないアイテムである。(600字)
(4)解説
結論をどう書いたらいいかわからないときには、志望理由書を書くような調子で、最終段落は自分が大学へ入学してからの抱負に関連付けて決意表明で締めくくる方法がある。
今回は、芸術系大学の志望者が書いた場合の解答例を考えてみた。
みなさんの志望学部を念頭に答案を書いてみてください。
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