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ベーシックインカム 大分大学経済学部後期 2018年

(1)問題


問題 資料を読んで、以下の問いに答えなさい。100分

問1 資料に基づき、 ベーシックインカムの意味と目的、 さらにプラス面とマイナス面を、 300字以内(句読点を含む)で述べなさい。

問2 日本はベーシックインカムを導入すべきか、問1で答えたことも根拠にしながら、あなたの考えを500字以内 ( 句読点を含む)で述べなさい。
 
〔 資料〕ベーシックインカムを考える
 
■特徴は「無条件に誰にでも給付」
①ベーシックインカムをめぐる議論が世界的に活発化しています。スイスでは昨年6月、導入すべきかどうかをめぐって国民投票が実施されました。結果は反対多数で否決されましたが、それでも投票者の23%が賛成票を投じ、国外からも大きく注目されました。

②ベーシックインカムという言葉を初めて聞く人もいるかもしれません。そのまま訳せば「基本所得」という意味になります。この「基本所得」を国民のすべての人に保障しよう、というのがベーシックインカムの考えです。 国民投票が実施されたスイスでは、賛成派が「大人には毎月2500スイスフラン(約28万円)を給付し、子どもには毎月65スイスフラン(約7万円)を給付する」案を提唱しました。要するに、基本的な生活を成り立たせるためのお金を政府が全国民に給付するという社会保障のアイデアのことです。ポイントは「国民すべてに給付」という点です。現金の給付はこれまでの社会保障でも実施されてきましたが、それらはすべて限定された人たちに対する給付でした。

③たとえば生活保護では、「何らかの理由で働けない」「資産がない」「援助してくれる身内がいない」「年金や児童手当による収入があっても、最低生活費の基準額を下回っている」といった条件をクリアした人に対してのみ、現金(生活保護費)が支給されます。同じように児童手当では、子どもの年齢や出生順(第二子以降は増額)によって支給額が異なったり、所得制限があったりしますし、そもそも5歳以下の子どものいない世帯には支給されません。

④これに対して、ベーシックインカムではそういった条件を一切設けません。子どもがいようがいまいが、現役世代でバリバリ働いていて十分な収入があろうが、あるいは企業の経営者で億単位の収人があろうが、すべての人に一律に基本所得を給付します。この「無条件に、誰にでも」というのが、これまでの社会保障とは異なるベーシックインカムの一番の特徴です。
 
■財源の確保が大きな壁
⑤ベーシックインカムには常に財源についての疑問がつきまといます。それもそのはずです。すべての人に無条件に、基本的な生活を営むためのお金を一律に支給しよう、という社会政策の構想がベーシックインカムです。どこからその財源をもってくるのか、という疑問が出されるのは当然でしょう。この疑問は確かに素朴なものですが、それだけにとても強力です。

⑥たとえば、すべての日本国民に一人当たり毎月15万円を支給すると仮定しましょう。その場合、15万円×12カ月×1億3000万人で、総額216兆円もの財源が毎年必要となります。

⑦これだけの財源を今の日本政府が確保するのはほぼ不可能です。日本の2016年度の社会保障給付費は予算ベースで一人18.3兆円でした。これは年金や医療、介護、福祉など社会保障分野で支出されるお金の総額です。つまり、これらの支出をすべてなくして、全額をベーシックインカムに回しても、毎月15万円を支給するにはまったく足りないということです。

⑧では、16年度の社会保障給付費118.3兆円をすべてベーシックインカムに回すとしたら、いくら受け取ることができるでしょうか。国民一人当たり毎月8万円強が支給されることになります。生活水準にもよりますが、これでは基本的な生活を成り立たせる ための金額とはなかなかいえないでしょう。 ベーシックインカムを推進する論者の中には、年金や生活保護などあらゆる社会保障の給付をベーシックインカムに一本化すれば、資力調査などの行政コストを節約できるため、その分をベーシックインカムの給付に充てることができる、と主張する人もいます。確かにすべての人に一律に同額を給付するのであれば、生活保護受給者に対する相談員(いわゆるケースワーカー)などの人件費も節約できるかもしれません。

⑨しかし、その場合に節約できるのは、かなり多めに見積もっても2兆円程度です。  一人当たりの給付額に換算すると、毎月1400円ほどにしかなりません。ベーシックインカムはどうしても財源の問題で実現可能性の壁に突き当たってしまうのです。
 
■一律給付、問題解決には非力
⑩ベーシックインカムはすべての国民に一律に、生活のための基本所得を給付しようとするため、常に財源の問題にぶつかってしまいます。しかし、たとえ財源の問題をクリアできたとしても、本当に効果的な財政支出の方法なのかという疑問がつきまといます。 日本の社会保障給付費は2016年度予算ベースで118.3兆円です。これをすべてベーシックインカムに回すと、国民一人当たり毎月8万円強のお金が支給されることになります。ただし、これは年金や医療、福祉などすべての社会保障給付費をベーシックインカムの財源に回した場合です。その場合、医療費は全額自己負担になります。大きな病気やけがをしたりすれば、毎月8万円強の給付は一気に吹っ飛んでしまうでしょう。そうすると、医療保険制度はそのままにして、つまり医療費を除いた社会保障給付費をベーシックインカムに充てる方がいい、となるかもしれません。16年度の社会保障給付費のうち医療費の27.9兆円を差し引くと、残るのは80.4兆円です。これをベーシックインカムに回すとすれば、国民一人当たり毎月約5万6000円を受け取ることになります。この金額がベーシックインカムとして十分かどうかは意見が分かれるでしょう。少なくともここから言えるのは、すべての人に一律にお金を給付するというやり方は、社会保障の実施手法としては非常に効率が悪いということです。一律の現金給付では、医療が本当に必要な人に十分な医療を届けることができません。多くの人から徴収した保険料や税金を、医療を必要とする人に集中投下するからこそ、社会保障は効力を発揮するのです。同じことは子育てや介護、さらには貧困対策など、他の社会保障の領域についてもいえます。一律の現金給付は一見シンプルで効率的なやり方のように見えます。しかし、子育て支援なら子育てを必要としている人に、貧困対策なら貧困層に、集中的にお金を投入した方が問題を解決するためにはよほど効果的です。これはベーシックインカムが抱える根本的な弱点といえるでしょう。
 
■「労働から解放、尊厳回復」主張
⑪ベーシックインカムの最大の特徴は「無条件性」という点にあります。基本的な生活を成り立たせるために必要なお金(基本所得)を、すべての人に無条件に給付するという点に最大の特徴があるのです。

⑫生活保護のように、資産もなく、援助してくれる身内もおらず、働けない人だけを対象とするのではありません。莫大な資産があったり、働いていて十分な所得がある人に対しても、一律に同額の現金を給付するのがベーシックインカムです。この無条件性という点で、これまでの社会保障と明確に区別されるのです。

⑬したがって、ベーシックインカムに対して出される最大の疑問も、この無条件性についてのものとなります。すなわち、高い給与をもらっていたり、 多くの資産を保有している人にまで、なぜ所得保障として同額の現金を支給する必要があるのか、という疑問です。確かに、貧困対策のためならすべての人への給付は必要ありません。

⑭こうした疑問に対して、ベーシックインカムの推進派はこう主張します。ベーシックインカムは貧困対策のためだけでなく、人々を労働から解放し、人間の尊厳を回復するためのものでもある、と。

⑮どういうことでしょうか。ベーシックインカムによって、基本的な生活を送るためのお金をすべての人が給付されることにより、人々は働きたくなければ働かなくてすむようになります。たとえどんなに嫌な、つらい仕事でも、生きていくためには働かなくてはならない、という状態から脱することができるということです。これが「労働からの解放」です。そしてその結果、人々は自分や社会にとって本当に意味があると思える仕事だけをすることができるようになります。これが「尊厳の回復」ということです。

⑯この「労働からの解放による尊厳の回復」こそが、ベーシックインカムが目指す最も重要な理念です。ベーシックインカムは、単なる貧困対策を超えた、大きな社会変革の試みでもあるのです。そうである以上、ベーシックインカムをめぐる是非の判断は、この点を踏まえて見極められる必要があります。
 
■「労働から解放」望ましいか疑問
⑰ベーシックインカムが日指すのは「労働からの解放」です。貧困対策が目的ならば、働いて高所得を得ている人やまとまった資産を保有する人に基本所得を給付する必要はありません。ベーシックインカムは富裕層を含むあらゆる人に一律にそれを給付することで、人々が「働きたくなければ働かなくてすむ」のを可能にします。「生きるためにはどんなにつらい仕事でもしなくてはならない」という「労働への従属」から人々を解き放つわけです。

⑱問題は、こうした「労働からの解放」は、ベーシックインカムの推進派がいうように本当に望ましいものなのか、ということです。 ベーシックインカムの推進派は、人々が「働きたくなければ働かなくてすむ」ようになることで、過労によるうつや自殺から逃れられると主張します。また、それによっていわゆるブラック企業も淘汰されていくと主張します。確かに、ベーシックインカムによって最低限生きていけるだけのお金が支給されれば、いつでも仕事をやめることができるため、仕事によって精神や身体が追い込まれることは少なくなるでしょう。

⑲しかし、過労によるうつや自殺、ブラック企業などの問題は、ベーシックインカムが導入されようがされまいが、なくしていくべき 問題です。ベーシックインカムを導入しなければそれらの問題を解決できないような社会は、そもそもベーシックインカムの導入前に改革が必要です。

⑳推進派はほかにも、人々が「働きたくなければ働かなくてすむ」ことで、自分や社会にとって本当に有意義だと思えることに自分の時間を使えるようになると主張します。確かにそれは個人レベルでみれば望ましいことかもしれません。しかし、人々の勤労意欲をそれで維持できるのかは完全に未知数です。社会の維持のためには最低限必要な労働があります。ベーシックインカム推進派は、社会に本当に必要な労働ならば、人々はボランティアや地域貢献などを通じて行うはずだと主張します。果たして本当にそうなのか、そうした想定は人々の善意の自発性を過度に評価しているのではないか、という疑問が残ります。

(出所:菅野稔人「ベーシックインカムを考える」①〜③ 『日本経済新聞』2017年7月5日、7月6日、7月7日、7月10日、7月11日、朝刊より抜粋。一部改変)
 

(2)考え方


ベーシックインカムについて論点を整理する。

●ベーシックインカムの意味と目的

意味:

・基本所得(基本的な生活を成り立たせるためのお金)を国民のすべての人に保障する

・無条件に、誰にでも国民すべてに基本所得を給付する

目的:
人々を労働から解放し、人間の尊厳を回復するためのものでもある
 
●プラス面

①年金や生活保護などあらゆる社会保障の給付をベーシックインカムに一本化すれば、資力調査などの行政コストを節約できるため、その分をベーシックインカムの給付に充てることができる

②ベーシックインカムは貧困対策のためだけでなく、

③人々が「働きたくなければ働かなくてすむ」ことで、自分や社会にとって本当に有意義だと思えることに自分の時間を使えるようになる
 
●マイナス面

①どこからその財源をもってくるのか、という疑問、財源の問題で実現不可能。

②社会保障給付費をすべてベーシックインカムに回しても、基本的な生活を成り立たせる ための金額にはならない。

③すべての人に一律にお金を給付するというやり方は、社会保障の実施手法としては非効率。

④高い給与をもらっていたり、 多くの資産を保有している人にまで、なぜ所得保障として同額の現金を支給する必要があるのか、という疑問。

※ベーシックインカムに賛成、反対のどちら側からも書けるように。


(3)解答例


問1 (省略)

問2 

解答例①反対の立場

 私はベーシックインカムの導入に反対である。財源の問題に加え社会保障の実施手法として非効率であるということが理由である。現在、国内では格差が進展し、こどもの貧困が社会問題となっている。生活保護世帯が増えているが、生活保護水準は引き下げられ、人々の生活はますます困窮を強めている。ベーシックインカムのように広く浅く給付すると、真に救いの手が必要なところに支援が行き渡らなくなる。相対的貧困世帯へ給付や手当、少子化対策としての子育て支援、高齢者への介護等というように、選択と集中を通して限られた資源を効率的に配分してゆくほうが弱者救済の社会保障の理念にかなう。

 ベーシックインカム推進派は、労働からの解放と人間の尊厳を回復するための手段としてこの制度を期待している。しかし、福祉、生産、販売、運輸といった現業職は人々の生活の下支えをする労働であり、これが多大な苦労を伴うからといって人々がこうした労働を放棄すると、社会は存立基盤を失う。

 労働者の権利が保障されたうえで、雇用の確保という文脈で労働は語られるものである。労働はそこから解放されるものではなく、人間性の拠り所となる対象である。

(495字)

 

解答例②賛成の立場

 私はベーシックインカムの導入に賛成である。2つの論点から考える。すなわち所得の再分配という財政の機能をめぐる論点と、労働の意義から考える論点である。

 前者については、ベーシックインカムは新しい形の所得の再分配という定義を下すことができる。税収などを財源として再分配する仕組みは、所得格差の縮小が目的と理解されてきた。しかし、2016年日本の相対的貧困率は15.7%であり、約6人に1人が相対的貧困の状態に置かれている。このような世帯でこどもの貧困が問題となっている。このような子どもは十分な就学・就業機会に恵まれず、将来、結婚して親となって子どもを産み、貧困が再生産されている。ベーシックインカムによって、従来の社会保障制度では、十分な手が行き届いていない世帯にも給付が行き、日本の貧困問題が改善される可能性がある。

 ハンナ・アレントは人間の働きを、食べるための「労働」、時を越えて伝わる芸術作品や建造物をつくる「仕事」、直接的な人間どうしの交流を表す「活動」に分けた。このうち人間の尊厳の根拠を「活動」に置いた。ベーシックインカムは、給付金により人間の働きの比重を「労働」から「仕事」や「活動」に移す試み捉えることができる。それは、従来、「労働」に比重が傾きすぎたあり方を生活、つまり「活動」のほうに重心を戻すワークライフバランスの流れに合致する。人間の働きを「労働」のみに限定する労働観をベーシックインカムの導入によって見直すときがきている。(487字)

※本テーマ(ベーシックインカム)は、慶應義塾大学総合政策学部&環境情報学部の小論文対策にもなります。

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