「少子高齢化の人口変動に備える」福岡大学医学部2019年
(1)問題
以下の文章は、わが国で問題になっている人口減少と少子高齢化について述べた文章である。将来の暮らしや社会を発展させるための具体的な対策について考えるところを600字以内で述べなさい。
東日本大震災の復興も道半ばにして、熊本県を中心に新たな震災が生じた。今なお余震が続いており、被災された皆様には心からお見舞い申し上げたい。列島での度重なる地震による災害を目の当たりにして心が痛むとともに、私たち日本人は複雑で脆弱な地殻構造の上に社会を築いているのだとあらためて自覚させられる。辛い教訓に学び、備えを尽くすことがここで生きる者の使命であり、犠牲となった方々に報いる道であろう。
社会科学に携わる者の眼から見ると、現在わが国で進行している人口減少、少子高齢化という人口変動は、静かに、しかし片時も休まず進行し、やがて社会を基底から揺さぶる可能性があるという点で、列島の地下で起きている地殻変動に構図が似ており、その深刻さにおいても劣るものではないと感じている。ただ、現在の技術では地震はいつどこで起こるかわからないのに対して、人口変動はこのまま放置すればいつどこで、どの程度に深刻となるのかを示すことができる。また、私たちの分別と努力によってその未来を一定程度変えることもできる。ならば、将来の人口変動を推計し、それがもたらす社会経済的課題に備えればよい。しかし、そう簡単にはいかない理由が二つある。
ひとつは、時計の短針ばかりに気を取られて日々仕事や生活に追われる私たちにとって、長針の動きに似た人口の変化は容易には気づきにくいということである。たとえば、日本の総人口は2015年「国勢調査」時点で、7年前のピーク(2008年)から実はまだ0.8%しか減少していない。しかし日本は2050年までに総人口の約4分の1(24.1%)、2060年までには約3分の1(32.3%)を失うと推計されている。不断の変化というものは、年月を経て大きな作用をもたらすものであり、変化に気がついたときには手遅れであることも多い。事実、2014年に始まった地方創生事業では、「消滅」と名指しされてはじめて危機感を持った地域も少なくなかったようである。
人口変動がもたらす課題への対処が難しい二つ目の理由は、それが単なる一時的な変動ではなく、人口・社会レジームの歴史的転換を意味している点にある。すなわち、私たちが次に遭遇する世界がいかなるものかについて、あらかじめ知っている者は一人もおらず、私たちは地図のない領域に踏み込もうとしている。かつて近代化の進展とともに生の在り方が多産多死から少産少死へと移行し、人生、家族、社会経済の成り立ちは一変した。その過程で豊富な労働力が供給される仕組み、「人ロボーナス」が発動し、それが数十年を経て「人口オーナス*」へと移り変わるまでの間、私たちは経済成長と生活向上を謳歌し、インフラを整え、社会保障を創出した。しかし、その時代は終焉を迎え、未知の人口・社会レジームが始まろうとしている。働き方を始め、課題への向き合い方に大きなパラダイム転換が求められている。なにか指針となる視座はないだろうか。たとえばそれは人ロオーナスを前提とするから、誰が社会を支えるかといえば、そこは全員である。これまで十分に能力を発揮できなかった女性、高齢層、若者達、障害者、そして日本で働きたいと望む外国人などは、個別の制約(家事・育児、介護、定年、不健康、障害、不安定雇用・低賃金、搾取、言語、そして災害など)から解放されねばならない。そこでは個人が持てる能力を発揮することは基本的人権となる。社会はこれを保障することで労働力を確保する。すべてのメンバーが社会の存立と繁栄に活き活きとして参加する。たとえば、このようなレジームなら、多くの困難な課題を乗り越えてでも、迎える価値があるのではないだろうか。(金子隆一:「新たな人口・社会レジームの到来と労働力」日本労働研究雑誌2016年9月号(No.674)。)
*人ロオーナス:人口構成の変化が経済にとってマイナスに作用する状態
(2)考え方
(1) 分析的に考える
「社会を支える」とは、どのようなことを指すか。
① 労働力
② 看護や介護の人員
③ 社会保障費(年金・保険)や税金
(2) 具体的に考える⇒主体や立場ごとに考える
① 女性
② 高齢層
③ 若者達
④ 障害者
⑤ 日本で働きたいと望む外国人
(3) 課題=個別の制約
① 女性:家事・育児と仕事との両立
② 高齢層:介護、定年、不健康、障害、
③ 若者:不安定雇用・低賃金
④ 障害者:障害
⑤ 日本で働きたいと望む外国人:不安定雇用・低賃金、搾取、言語
⑥ すべての人:災害
(3)解答例
人口減少がさらに進展すると、医療に係わる看護師などの人手が足りなくなる。以下、看護師の人員不足について考える。
看護師は結婚や出産を機に離職するケースが多い。これは残業や夜勤が多く保育園の送り迎えが困難であることや休暇が取りづらい、といった職場環境が原因となる。また、専門職のため離職して長いブランクがあると、再就職をためらうといった事情も考えられる。そこで、このような課題を解決して、看護師の人員を確保する方策を以下に詳述する。
第一に託児所を病院内外に増やすこと。第二に男性の育児分担を徹底すること。2 0 1 9年現在、男性の育児休暇取得率は7 . 5%であるが、これをさらに高めることが望まれる。看護だけでなく女性が仕事と育児とを両立できるように、すべての職場で男女共同参画を勧めて環境整備を図る。第三にリタイアした看護師の職場復帰を促す仕組みや制度をつくること。そのためにはナースセンターの機能を強化して、潜在看護師の掘り起こしを進める。離職期間が長い場合には、再研修を制度化して、看護師確保に向けて行政が積極的に支援することが必要となる。
2 0 2 5年には団塊の世代が後期高齢者を迎え、さらに看護の現場はひっ迫する。さらなる超高齢化社会に向けたレジームを今から策定し、急激な人口変動による社会的な混乱を最小限に抑えるように尽力しなければならない。(580字)
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