北里大学看護学部2023年「差別される側の声と痛みに向き合う」
(1)問題
① 混んだ電車の中で、思わず誰かの足を踏んでしまうことがあるでしょう。そのとき、混んでいればいるほど、自分の足が誰かの足を踏んでしまっていることに気づきません。というか東京のような殺人的なラッシュでは身動きすらできない状況にまでなることもしばしばですが。いずれにせよ、「痛い!」という叫びや「足をどけでください!」と言われて初めて、私たちは気づき、「すみません」と謝り、なんとかして足をどけることになります。このとき、〈踏まれる―踏む〉という立場は明確に異なっているし、「痛い!」「どけてください!」と声をあげるのは、あくまで踏まれている側です。
(中略)
② 差別の場合も状況は似ています。差別が差別として、世の中に立ち現れるのは、差別を受けた側が「痛い!」「なんとかしろ!」と世の中に向けて「声」をあげるからです。差別を受けることで経験する苦しみや悲しみ、怒り、憤りなど、「声」をあげ、自らが差別を受けるような世の中の不条理に対して抗議し、異議を申し立て、世の中を告発する営みがあって初めて、差別の輪郭が明らかになってきます。
③ 「声」をあげるうえでの前提として重要なきっかけが、差別を受けた人の主観的な判断であり情緒的な憤りです。その意味で差別は個人的な感情やある人々のまとまりで共有された情動から生じるのです。
④ こうした事実は、典型的な差別事象であるハラスメントを考えれば、より明らかになります。セクシュアル・ハラスメントにせよ、パワー・ハラスメントにせよ、ある体験が耐え難いハラスメントだと主張される根拠は、被害者の主観的な痛みであり傷なのです。主観的であれば、個人の気持ちや感情の問題であって、恣意的なものではないのか、という声が聞こえてきそうですが、それは間違いです。
⑤ 自分の優位的な地位や権力を利用してハラスメントをする、いわば確信犯的な場合があります。他方で相手に対する“意”や“恋愛感情”のあらわれであって、地位利用などしていないし、決して相手に嫌がらせをしようとは思っていないと加害者が主張する場合もあります。ただこうした場合、“好意”や“恋愛感情”はあくまでも加害者からの解釈であって、それが被害者にも共有できていないからこそ、加害者の行為はハラスメントとして耐え難い苦しみを与えるものとなるのです。
⑥ 考えてみれば、ハラスメントは問題とされる行為をめぐる加害者と被害者双方の主観的な解釈の“闘争”とでもいえそうですが、会社の上司と部下、大学の指導教員とゼミ学生といった両者の間にある社会的地位の落差や権力差は見落としえない重要な事実といえます。こうした権力差から考えても両者はまったく同じように主観的な解釈を主張できるのではありません。普段から権力を行使できる立場にある加害者ほど主張しやすく、権力を受ける立場にある被害者ほど主張しづらいと言えます。だからこそ、主観的な解釈の“闘争”でありながらも、当該の行為がハラスメントかどうか認定するうえで、被害者の心情であり、受けたことで生じた「痛み」や「傷」という受けた側の行為への解釈が決定的に重要となるのです。
⑦ 差別も同様に、受けた側の苦しみや痛み、怒り、憤りや抗議という「声」があって初めて、ある出来事が「差別」であるとわかるし、こうした被差別の側の「声」にまっすぐ向き合うことこそが、差別を考える基本の一つです。
『他者を感じる社会学 差別から考える』好井裕明著ちくまプリマー新書
問一 著者の主張を二〇〇字以内で記述しなさい。
問二 著者の主張に対するあなたの考えを、身近な例をあげて六〇〇字以内で記述しなさい。
(2)解答例
問一
世の中への告発があって初めて差別の輪郭が明らかになる。そのきっかけが被差別者の主観的な判断や情緒的な憤りである。ハラスメントの加害者、被害者間の主観的な解釈について加害者は主張しやすく被害者は主張しづらい。こうした権力差は重要な事実である。だからこそ当該行為がハラスメントかを認定するうえで被害者の解釈が決定的に重要となる。差別も同様でありその声にまっすぐ向き合うことが差別を考える基本の一つである。(200字)
問二
2 0 1 7年、プロデューサーの男性による性暴力疑惑が報道されたことをきっかけとして、# M e T o o運動が世界的な広がりを見せた。これは、私も被害者であるとS N S上に書き込むことで、今まで性被害にあっても人に言えずに苦しんでいた被害者の声を可視化した。この運動はセクハラや女性差別に対する異議申し立てとして、再確認されることとなった。
日本では、伊藤詩織さんが記者の男性から性被害を受けたと訴えて勝訴したことが記憶に新しい。この裁判のなかS N Sでは被害者の伊藤さんを非難する書き込みが相次いだ。さらにジャニー喜多川による男性タレントを性的対象とする性加害問題では、これを知りながら日本のメディアは長く沈黙を保っていた。
弱者に寄り添い、その声にまっすぐ向き合うことを社会は避けているように思えてならない。こうした事象は氷山の一角である。医療では国を挙げて差別を助長してきた負の歴史がある。ハンセン病患者に対して政府はらい予防法により隔離政策を取り、断種手術まで施した。患者による裁判で国が敗訴したことをきっかけに国は従来の患者に対する差別的な施策を見直し、らい予防法を廃止した。
このような失敗を繰り返してはならない。私は将来、医療従事者のひとりとして、患者と向き合い、対話を通して弱者の声なき声を拾い上げてゆきたい。臨床の現場から改善することで日本の差別の問題を解決する糸口を掴むことができれば幸いである。(594字)
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