【SFC対策講座/⑥外国人労働者】
(1)はじめに
SFC(慶應義塾大学総合政策学部&環境情報学部)の小論文では、社会的課題についての解決策を書かせることを特徴としている。
課題の概要は添付されている資料によって知ることができるが、なにしろ120分の試験時間内に理解することは難しい。
やはり、予め現代社会の直面するテーマについて一通り知っているほうが、有利に決まっている。
これまでは、生活習慣病や外国人旅行客、待機児童、LGBT問題などが出題された。
外国人労働者の問題はまだ出題されていない。
SFCと比較的傾向が似ている青山学院大学地球社会共生学部では、2017年にすでに出題された。
そろそろ来年あたり、この外国人労働者問題が出題されてもおかしくない。
SFCの受験生は今回の問題を解いて準備しておくように。
(2)対策問題
「定住を前提とした外国人労働者の受入政策」
現在日本では,出生率の低迷と高齢化の進行により,このままでは将来の人口減少は避けられないといわれている。そして,人口減少に伴い生じ得る様々な問題を,定住を前提とせずに外国人を受け入れるこれまでの政策に代え,定住を前提とした受入政策をとることにより解決しようという提案がなされている状況にある。
以下の資料【1】~【6】を読み,これらの資料を参考に,定住を前提とした外国人の受入政策(解答にあたっては,「本政策」と略してよい)をとることについて,あなたが重要と思われる論点とその反論、資料で言及されていない新しい論点を400宇以内でまとめなさい。
【l】
① 1980年代後半,空前の人手不足という日本側のプル要因に加えて,ブラザ合意(85年)を契機とした円高により,アジア諸国との経済格差が拡大するというプッシュ要因が重なったことで,受け入れ議論や政策に先行して生産現場や建設現場,飲食店などで働く外国人が増加しました。当時,彼彼女らのほとんどが合法的な就労資格のない外国人(「不法」就労者)でした。
② このような現実に直面して,政府や経済団体,メディア等で外国人労働者受け入れの是非を問う議論が,活発に交わされるようになり,その結果,専門的・技術的労働者は積極的に受け入れ,いわゆる「単純労働」は受け入れないとする基本方針が閣議決定され,1989年12月に入管法が改正されました(翌90年9月施行)。
③ ところで,日本には1つの公的な職業分類があります(総務省続計局「日本標準職業分類」と厚労省「厚生労働省編職業分類」)。古くは「単純労働」という分類がありましたが。上記の時期には,いずれにも「単純労働」という分類はなくなっています。また,政府関係の資料をみても「単純労働」の明確な,定義はありませんが,入管法上,就労を目的とする14の在留資格に該当しない労働者は,すべて「単純労働者」に括(くく)られています。たとえば,「鋳造」や「プラスチック成型」など厚労省所管の技能検定で「特級」の等級をもつ職種も,昨今,労働力不足が指摘されている建設作業者や介護福祉士なども入管法上は「単純労働」」となります。
④ そして,当時,多くの外国人が担っていた工場などでの労働は,いわゆる「単純労働」とみなされ,そのような職種で,外国人労働者をフロントドアから受け入れることができなくなってしまいました。けれども,現実には,いわゆる「単純労働」であっても,外国人労働者に頼らざるをえない雇用主も多数います。そのような雇用主の需要を満たしているのが,「血のつながりを,根拠に入国を認められている日系南米人口国際貢献」をタテマエとする研修生・技能実習生(サイドドアからの外国人労働者),非正規に滞在する外国人労働者(バックドアからの外国人労働者)などで,摘発が強化されたことにより,近年,非正規滞在者数は大幅に削減されましたが(2016年約6万人),1990年代には30万人にも達していました。
(中略)
⑤ 1960年代後半,経済の国際化に伴い多くの日本企業が海外進出するなかで,企業は,現地法人や関連企業の外国人社員を日本に受け入れて技術研修を行うようになりました。これが「研修生」の始まりです。1981年には,留学の一形態として研修のための在留資格が新設され,89年の入管法改正に際して「研修」という独立した在留貿格が創設されました。入管法上,研修制度は日本の優れた技能等を途上国に移転するという「国際貢献」であり,研修生は「学ぶ者」であって「労働者」ではありません。
⑥ しかしながら,受け入れ側のニーズ・国際的な企業競争の激化などを背景に,制度の実態は,大きく本来の目的から乖離していきます。1990年6月の89年改正入管法施行時には,派遣機関が日本企業の現地法人や合弁会社などに限られ,受け入れ人数も従業員20人に1人と制限されていました。けれども,人手不足に窮する中小企業からの要望に応える形で,施行後すぐの告示(90年8月)により「企業単独型」に加えて商工会や中小企業団体等を通じて受け入れる「団体監理型」方式が導入され,中小企業でも研修生を受け入れることが可能となりました。
⑦ そして,1993年には1年間の研修修了後に,研修を行った同じ機関において「労働者」として技能実習を行う制度が創設されました(在留資格「特定活動」)。さらに,非実務研修の短縮,受け入れ機関要件の緩和,実習期間の延長,技能実習移行対象職種の拡大などの改正が,法律ではなく告示などの形で重ねられていきます。早くからNPOや研究者が制度の問題点を指摘していたにもかかわらず,雇用主にとって使い勝手のよい制度へと改変され続けたのです。
⑧ 2000年代に入って,研修生の新規入国者や技能実習ヘの移行申請者が急増し,違法な残業や賃金未払い,強制貯金やパスポートの取り上げ,不正行為隠蔽(いんぺい)のための強制帰国などの実態が,ようやくメディアなどで大きく取り上げられるようになり,制度の見直しが国会でも議論されるようになりました。さらに2007年以降は,アメリカ国務省の『人身取引年次報告書』で,人身取引の一形態であるという批判を受けるようになりました。
⑨ その結果,2009年改正入管法で,①実務研修を伴わない研修制度と実務研修を伴う研修・技能実習者制度を分け,②後者に対して在留資格「技能実習」を新設し,③受け入れ機関に対する指導・監督・支援を強化するなどの対応が行われました(翌10年7月施行)。法律に基づく制度改正は,1989年の入管法改正以来,なんと20年ぶりです。従来の研修生を1年目から労働諸法令の適用対象となる技能実習生として位置づける法改正は,当該外国人の法的保護を目指すという点では一定の改善といえるかもしれませんが,「国際貢献」という目的(タテマエ)をいっそう形骸化させ,彼彼女らの「労働者性」を高めるものとなりました。2016年6月末現在,「研修」と「技能実習」の在留外国人数はそれぞれ1617人と21万893人で,「労働者」である技能実習生の受け入れが研修生をはるかに上回っています。
(中略〉
⑩ 少子高齢化が進行するなかで,すでに1997年には生産年齢人口が,99年には労働力人口が減少に転じています。けれども,政府は,女性や高齢者の労働力率向上,生産の合理化によって労働力不足に対応可能である,という見解を示してきました。
⑪ 政府の姿勢に変化がみられるのは,2005年ごろからです。2005年の国勢調査で,日本は,戦後初めての人口減少を経験することになりました。同年3月に策定された「第1次出入国管理基本計画」では,「人口減少時代への対応」という項目が追加され,従来の取り組みに加えて「出入国管理行政としても,人口減少時代における外国人労働者受け入れの在り方を検討すべき時期に来ている」と述べています。そして,専門的・技術的労働者ではない労働者,すなわち,いわゆる「単純労働」に分類されていた労働者の受け入れを検討すべきことが記されました。
⑫ これを機に,新たな外国人労働者の受け入れにかかる提言が,各省庁や政党・経済団体などから次々と提出され,従来のサイドドアやバックドアではなく,フロントドアからの外国人労働者受け入れの議論が深まることが期待されました。2008年6月には,政権与党である自民党が「移民」受け入れの必要性を説く提言書をまとめました(自由民主党国家戦略本部・日本型移民国家ヘの道プロジェクトチーム『人材開国! 日本型移民国家への道』けれども残念なことに,折しも発生したリーマン・ショックにより,受け入れ議論が停滞していきます。
⑬ 2012年12月,第1次安倍内閣が発足して以降,「成長戦略」のもと,再び「新たな外国人労働者」受け入れの議論が活発化するとともに,受け入れに向けた検討が加速しています。
⑭ 2020年東京五輪に向けた大規模なインフラ整備が予想されるなか。災害復興事業による需要も重なり,建設分野における労働力不足が深刻化しています。人手不足による人件費高騰に加えて円安による資材高騰もあり,入札不調・不落が増加傾向にあり,事業の遂行に支障をきたしています。このような状況の解決策として,2014年1月,建設分野の労働者の「不足」を補うための緊急措置として,外国人労働者を受け入れることが閣議決定されました(同年8月告示)。そして,2015年4月から21年3月までの時限措置として,技能実習修了後の外国人を最長3年間(修了後帰国せず就労する場合は最長2年間),建設および建設との人材流動性の高い造船分野の労働者(在留資格・特定活動)を受け入れることになりました。
(中略)
⑮ 人口減少が進行する日本にとって,建設分野に限らず,専門的・技術的労働とみなされていない分野の労働力不足を補うためには,外国人労働者を受け入れざるをえない,という認識が政府内にも次第に浸透しつつあります。
⑯ 2015年3月,政府は,監理団体の許可制,新組織(外国人技能実習機構)による実地検査や支援などを担保として,技能実習制度の拡大(実習期間の延長,受け入れ人数枠の拡大,2号移行対象職種の拡大等)を可能とする新たな法案(外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律案)を提出しました。タテマエと実態の乖離,という制度の構造的矛盾の解決は,またしても,先送りです。
⑰ なぜ国内外からの批判にもかかわらず,制度が存続されるのでしょうか。それは,この制度を活用すれば,雇用主は,若くて安い労働力を安定的に確保することができるからです。労働コストの圧縮が大きな課題になっている雇用主にとって,技能実習生は実に魅力的な労働者なのです。
⑱ 加えて,技能実習生は,他の外国人労働者とは,異なり,家族の同伴も,一定期間を超える滞在も認められていません。つまり,技能実習生は数年で帰国する単身者であり,政府にとっては,定住化に伴う社会的コストの増大を懸念する必要がない労働者なのです。さらに,日系南米人のように,景気停滞期の失業リスクとも無縁な,使い勝手のよい労働者ともいえます。2016年3月から始始された製造業外国従業員受入事業も単身,最長1年間が条件です。
⑲ このようなローテーション型(循環型)受け入れ政策は,一見,受け入れ側にとって都合のよい制度のようにみえますが,長期的な視点でみれば,地域の人口構造や産業構造に負の影響を与えているということも見逃してはいけません。つまり,技能実習生の活用という解決策は,安い人件費を前提とした産業構造を固定化していきます。しかも,その多くが若者に敬遠いされがちな現業職です。結果,地元には低賃金の職しかないと見切りをつけた若者が都市部に流出し,人口減少・高齢化が加速し,地域社会がさらに衰退するという悪循環に陥っています。少し冷静に考えれば,深刻な人口減少に直面する日本がとるべき選択肢ではないはずです。
⑳ 一方,受け入れられる側からすると,原則職場移動の自由がないために労使対等の実現が難しく,労働者としての権利が侵害されやすいといえます。加えて,生活面でも雇用主の管理下におかれることで,さまざまな人権侵害が生じやすいという点も大きな問題です。さらに,期間限定という関係性ゆえに,雇用主は,雇用環境を改善したり,技能等習得のための機会を提供するなどのコストを嫌い,地域社会や地域住民は,「住民」として彼彼女らを受け入れることはなく,技能実習生としても,日本社会に親しみ日本語を学ぶインセンティブを欠いています。つまり,技能実習制度を活用した受け入れは,「共に生きる」社会とはほど遠い制度なのです。(出典。宮島喬・鈴木江理子『外国人労働者受け入れを問う(初版第2刷)』岩波書店。2016年)
[脚注]
プラザ合意:1985年9月22日にニューヨークのプラサホテルで行われた日本・アメリカ合衆国・イギリス・フランス・西ドイツの5か国蔵相・中央銀行総裁会議におけるドル高是正のための合意。
入管法:「出入国管理及び難民認定法」の略称。
リーマン・ショック:2008年のアメリカの投資銀行リーマン・ブラザーズの倒産をきっかけとして起きた世界的金融危機およびそれに伴う深刻な不況。
2号移行対象職種:入管法上,技能実習生は,1年間の研修の後,一定の職種に限り,試験を受けることにより最長2年間の技能実習に従事することが認められている。この職種を2号移行対象職種という。
外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律案:2016年11月18日に可決。「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律(平成28年法律第89号)として公布され,2017年11月1日より施行されている。
現業職:管理職,事務職,研究職以外の職種。主として生産,販売,サービス等の業務に直接従事する職種をいう。
【2】
① このような人口にまつわる数字を見ていくと,日本の将来に希望を持つことは不可能に思える。人口減少という事態に対する危機感のないまま,時間だけが過ぎ去っていけば,日本は高齢者が突出して多く,若年層が極めて少ない特異な国になる。そうした歪な人口構成を支えるだけの経済力が,将来の日本に残っているのだろうか。
② 高齢化は日本だけの問題ではない。米国でもヨーロッパでも,高齢化への対応は大きな問題だ。韓国や中国をはじめ他のアジアの国も同様である。
③ こうした人口減少問題を解く鍵は何か,もうお分かりだろう。移民の受入れである。
(中略〉
④ ここからは日本の閉塞状況を突破するカギが,外国人受入れにあると言い切れるのかどうか,あらためて「移民受入れの効用」について検証していきたい。
⑤ まずは雇用の問題である。確かに日本人の人口減少は大きな課題であり,将来的には人口不足が懸念される一方で,現在の特に若年層の雇用状況は厳しいものとなっている。雇用の非正規化が進行し,収入は低く抑えられ不況下においては正規雇用化が遅々として進まないのが現状だ。当然,こうした状況で外国人を受入れれば,日本人の失業率がますます増えるはかりではないか,という疑問も生じるだろう。
⑥ これについては。短期・長期双方の視点から,その効用を考えるべきだろう。
⑦ まず移民を労働者として受入れることを考えた場合,人材不足に悩む分野への受入れを念頭におかなければいけない。具体的には,農業や中小工場,介護や医療の現場である。
⑧ 日本には世界に誇るものづくりの技術があるが,それらを支える中小工場では,後継者不足が大きな課題となっている。進んで油にまみれて工場勤めをしようという若者は減り,意欲のある後継者も慢性的に不足している。
⑨ 農業も同様である。農業者の高齢化は深刻で,平均年齢は65歳を超えている。肉体的な負担が大きい仕事で,現状のような高齢化のままで生産性を上げるには限界がある。農業の振興を考えるのであれば,年齢層を引き下げなければ生産性の向上にはつながらない。
⑩ このように若年層の失業率が高まっている一方で,人手不足に悩み,将来の存続が危ぶまれている業種もある。このような分野に,外国人を働き手として受入れることをまず考えなければいけない。同時に,彼らを労働者として「使い捨てる」のではなく,定住・永住を可能にするための仕組みもつくられなければいけない。
⑪ 中長期で考えた場合,日本に留学してきた外国人の卒業後の進路がポイントとなろう。
⑫ 留学生が卒業後に日本企業で働くことは,日本企業の国際性の向上につながる。また,異質なバックボーンをもった人材が入社することで新たな刺激が生まれ,経営のあり方や情報収集の面で今までになかった可能性が生まれるかもしれない。
⑬ 一般に外国人留学生は日本人より起業意欲が高いと言われている。彼らが起業しやすい仕組みをつくり,そのビジネスが成功を収めれば,日本社会に新しい風を吹き込むのは間違いない。
⑭ 外国人が増えれば新しい仕事も生まれる。ブラジル移民の多い浜松市や詳馬県の大泉町では,すでに彼らを対象とした,エスニック・レストランやスーパー,ビデオ店,旅行会社,銀行など,さまざまなサービス業が新たに生まれた。これらが地域の産業として育っていく可能性がある。
⑮ 21世紀型とも言える,新しい産業の創出も期待できる。例えは,フェア・トレードや国境をつなぐ社会ビジネスである。フェア・トレードとは,もともとヨーロッパで始まった社会運動で,立場の弱い途上国の人々の作る製品を安く買い叩くなど搾取するのではなく,適正な価格で購入することで,彼らの生活を支えようという運動である。商品の購入を通じて途上国の貧しい人々に安定した職を提供することを目的としていて,日本でも急速に関心が広がっている。
(中略)
⑯ さらに,彼らが消費者として地域でお金を使う分だけ,地域経済に,貢献することになる。
⑰そのことを試算したデータがある。日系ブラジル人がどの程度日本経済に貢献しているか,その消費額を計算したものである。岐阜県の共立総合研究所は,東海三県に住む11万人の日系ブラジル人(2005年末時点)の経済波及効果について,総収入から母国への送金や貯金などの支出を差し引いた上での直接的な効果だけで,1128億円と想定している。
⑰ 慶應大学の後藤純一教授は,移民の増加が日本にどの程度の経済効果をもたらすかについて,本格的なシミュレーション分担析を行った。その結果,100万人の移民を受入れた場合,直接的な経済効果だけで8兆円に上ると試算している。その効果は,受け入れ人数が多いほど,増大すると指摘している。
⑱ 彼ら移民による直接消費以上に,移民の増加によって日本人の支出行動に大きな変化がもたらされることが考えられる。例えば,移民の増加に触発されて,外国語教育や海外旅行が拡大していくかもしれない。また異文化や移民に関するメディアや文化産業など,さまざまな新しい経済活動が生まれるかもしれない。外国人の流入によって,このような新たな刺激が日本社会にもたらされ,日本人自身によるそうしたサービスヘの利用が進めば,移民自身の消費との相乗効果が期待できる。
⑲ 移民による人口の増加が,国内の消費を引き上げるのは間違いない,日本の経済が人口減少によって縮小していくことを考えると,移民による消費及び彼らの流入に伴う新たな分野の消費拡大は。大きな可能性を秘めている。
⑳ 米国では,移民は子どもの教育に熱心であり,学校の成績も良いというデータがある。移民二世のオバマ大統領が良い例であろう。一般に所得と学歴は正比例する。移民による経済効果を期待するならば,彼らに十分な教育の機会を与えなければいけない。それが彼らの所得向上だけでなく,社会的な安定化を招き,最終的に日本の利益につながる。(出典。毛受敏浩。『人口激減』新潮社,2011年)
【3】
① 人口崩壊の危機が迫る平成の日本は,移民鎖国体制を金科玉条のごとく守り,人口の自然減に従って経済を衰退させる道と,人口の自然減を移民で補って経済を安定させる道のどちらを選択するかの歴史的分岐点に立っている。
② 2012年1月に日本政府が発表した将来人口推計は2010年から2060年にかけて少子高齢化がさらに激化すると推定している。2060年の年少人口(14歳以下)は30年間で半減して781万人になる一方,老年人口(65歳以上)は18%増えて3470万人に達する。
③ 移民政策が不在のままで人口が推移すると,2060年の日本は4.4人の老人に対して1人の子供という「子供が街から消える社会」になる。
④ 人類がいまだかって経験したことのない「夢も希望もない世界」だ。日本列島のあちこちでゴーストタウン現象が見られるだろう。出生率の低下と人口の高齢化は,若くて生産性の高い就業者が次々と消えてゆくことを意味する。今すぐ日本政府が人口崩壊をとめる有効な手を打たなければ,遠からず,生産,消費,税収,財政,年金,社会保障,国民生活のすべてが立ちゆかなくなる。
⑤ 私は,日本人が激減してゆく時代の日本の移民政策はすぐれた経済政策であると考えている。そのうえで,人口秩序の崩壊が日本経済に与える影響を最小限におさえるため,移民1000万人構想を立てた。
⑥ 1000万人の移民が国民候補として新規に加わると,移民関連の衣食住,教育,雇用,金融,情報,観光などの分野で市場と需要が創出されるので,少なくとも移民人口分の経済長が期待できる。
⑦ さてここから本題に入る。生産人口と消費人口の減少が続くなかでアベノミクスは日本経済を成長軌道に乗せられるかという問題である。それは安倍政権が移民政策の導入を決断できるかどうかにかかっている。
⑧ 2013年6月26日のウォール・ストリート・ジャーナル(アジア版)の社説は,「アベノミクスに欠けている矢――移民政策」のタイトルで,日本経済の急所を衝き,「日本が成長戦略を立てるためには移民政策が不可欠」と日本政府に迫った。
⑨ 日本が移民鎖国を続けるかぎり,働き手の減少と内需の低迷が続くので成長戦略は立て
られない。それどころか,移民政策の矢を欠くアベノミクスは失速する可能性が高い。
⑩ しかし,安倍内閣が移民立国で日本の経済を立て直す方針を決定すれは,世界の投資家は移民の受け入れで勤労者・消費者の減少がカバーされる日本経済を見直すであろう。
⑪ 移民政策はアベノミクスの成長戦略の最強の切り札である。革命的な移民政策をとれば,日本経済の先行きに対する最大の懸念材料の生産人口の激減が緩和され,移民関連の有効需要が生まれ,多国籍の人材の獲得で国際競争力が強化されるなど,日本経済の抱える問題の多くが解決の方向に進む。
⑫ 経済の規模を大きくする「成長戦略」は無理としても長期的な視点に立って移民政策を着実に実施することを条件に,経済の基礎体力を一定水準に保つ「安定戦略」を立てることは可能だと考えている。
⑬ たとえば,久しく新成長産業と期待されているが,若い就業者の確保が困難な状況が続き,成長戦略を描けないでいる介護福祉や農業の分野についても,海外から志が高い人材が手に入る移民政策を活用することによって活路が開けるであろう。
⑭ 加えて,世界は日本の歴史的な「人の開国」を評価する。具体例をひとつ挙ければ,これまで世界の機関投資家は人口崩壊の危機が深まる日本を投資対象国と見ていなかったが,若年層が中心の生産人口の増と国内需要の伸びが期待できる移民大国の誕生を歓迎し,その投資行動に変化が生じるだろう。また。持続可能な日本経済の見通しが立ち,日本企業の国内回帰が始まり,日本経済に回復への力強い動きが見られるだろう。
⑮ 一国の社会と経済は,子供,成人,老人がバランス良くいてこそ健全に存立することができる。一方,働き手の生産人口が激減する国にあっては,いかなる経済政策をとろうとも経済は衰退の一途をたどる。
⑯ 日本経済を中長期的に安定軌道に乗せるには,日本経済の基礎体力が衰える前に,生産人口の増加に効果的なカンフル注射を打つ必要がある。
⑰ 経済の体力をつけるのに効き目がある移民政策をフルに活用してはどうか。たとえば,これから10年間,毎年少なくとも10万人規模の移民を入れることにすれば,日本経済は活力をとり戻すであろう。
⑱ 移民は生産者であり消費者であるから,移民人口に相当する経済成長が計算に入る。外食,住宅,教育,観光などの移民関連産業が興る。確固たる方針に基づき移民政策を実行すれば,新鮮な人材の確保と新規の消費者の増加が見込めるから,海外の投資家の日本経済への信用が高まる。
⑲ 話は財政の問題に移る,日本は世界の先頭を切って人生90年の長寿社会に向かう―方で,これから長期間にわたって14歳以下の年少人口の減少が続く。
⑳ 超少子・超高齢社会の日本では,国民が自らの身を削り,他人と痛みを分かち合う国民精神に生まれ変わるとともに,日本政府が時代を画する移民政策の導入を決定し,多数の移民に税金と社会保障費の負担をお願いしないと,いずれ社会保障制度も財政も維持するのが難しくなるのは火を見るよりも明らかだ。
21 消費税の大幅な引き上げと社会保障制度の抜本的改革を実施し,かつ20代・30代が中心の移民1000万人が社会保障制度に加入する見通しが立ては,最低限の社会保障制度を守り,財政破綻を回避する道が開けるだろう。
22 年少人口の減少と老年人口の増加が続く中で経済と財政の安定を図るには,生産人口と消費人口の増加をもたらし,移民関連産業を生み出し,海外からの投資を増やし,もって経済と財政を下支えする移民政策が欠かせない。
23 あまり注目する人はいないが,日本の出生率を高めるのに効果的な政策がある。日本独自の人材育成型移民政策である。世界各国の青少年を日本の高等学校・大学に入れて教育し,立派な社会人に育てるものだ。副産物として,日本人の学生と外国人の学生とが共学し,良きライバルとして競い合って成長する関係が生まれる。
24 外国人教育重視の移民政策をとれば,入国時の移民の大半は10代・20代の留学生であるから,移民どうしの結婚はもとより,日本人と移民の結婚も多数にのぼると予想される。
25 もともと人間は異なる民族への憧れの気持ちや好奇心を満在的に持っているものである。特に日本の若い世代は,近年の国際結婚の増加傾向が示すとおり,民族や文化を異なる人びとに魅力を感じているようだ。外国人との結婚についても必ずしもいやというわけでもなさそうだ。
26 日本政府が人材育成型移民政策を採用すれば,移民と婚姻関係に入る日本人が続出する可能性がある。日本人と移民の結婚が増えれば,その二世が続々誕生し,年少人口の増加も望める。
27 以上のとおり,移民政策は出生者の増加につながる有力な少子化対策なのだ。日本政府は少子化対策の柱の一つに移民政策を位置づけてはとうか。国際結婚に好意的な見方をする日本社会にあっては,移民政策は出生率の向上に威力を発揮するであろう。
28 先進国において出生率が2.00前後の比較的高い水準にあるのは,米国,英国,フランスなど移民国家ばかりである。それらの国でも白人の出生率は低迷が続いている。移民政策と出生率の向上との間には深い相関関係があると考えている。
29 超少子化と超高齢化が同時に進行する日本社会は,近い将来,膨れ上がる一方の年金・社会保障費の負担をめぐって,負担者の若年層と受益者の高年層との世代間の対立が激化し,社会がニつに割れるおそれがある。国民統合の事実上の破綻である。
30 最悪の場合には,同じ国民が憎悪むきだしの闘争を演じることにもなりかねない。これほど恐ろしくて悲しいことは世界の歴史にも例がないのではないか。
31 それだけではない。日本人が培ってきた和の精神も非常時に助け合う美風もそこなわれてしまう。
32 国民の分断という,絶対あってはならない悲劇を免れる方法としては,出生率の大幅な向上が当分期待できない以上,日本国民全体が平等に痛みを分かち合うことを前提とし,激減する年少人口を補う移民政策を活用することしかあり得ない。若い世代が中心の移民に年金・社会保障制度に加入してもらうのである。
33 付言すると,移民にとっても日本の充実した社会保障制度は魅力的なものである。日本に骨を埋める決意の移民をひきつけるためにも社会保障制度の骨格を維持する必要がある。
34 日本の宝である社会保障制度を後世の人びとに遺すのに不可欠な役割をはたす移民政策の緊急性・必要性について,世代を超えての国民合意を取り付けるのは政治の責任である。その場合,若い世代(移民を含む)の立場に軸足を置き,超党派で取り組んでほしい。
(中略)
35 今後50年で1000万人の移民を受け入れるとしよう。その場合,世界の高度人材が日本に来るという幻想は捨てなければならない。この20年の入管政策の実績を見れば,それが失敗に終わったことは明らかだ。
36 仮に高度人材が来るとしてもその数は微々たるものである。人口崩壊に起因した国家危機を救う政策としては「焼石に水」と言わなければならない。
37 専門知識や高度技術を有する外国人は米国・英国などの英語圏の国をめざし,漢字圏の日本には来ないと割り切り,日本は日本独自の人材育成型移民政策で勝負すべきだ。
38 日本の大学などで志のある外国人に日本語や先端技術をきちんと教え,職業支援も積極的に行って,時間をかけて有能な人材に育てるのである。これを国家的事業と位置つけ,すべての教育機関の教職員を動員して外国人教育に当たり,粒ぞろいの人材を日本社会に送り出すのだ。(出典:坂中英徳『日本型移民国家への道(新版)』東信堂、2014年)
【4】
① 人口の減少が,経済や社会に対する大きな衝撃となることは確かであろう。その衝撃がもたらす様々の問題について,このところ議論がさかんになってきたが,その大方の意見はやはり「未来は暗い」とするものである。最も多いのは,年金支出や医療保険支出が増加し,収支の悪化から社会保障制度の維持が困難になるという論点である。しかし検討にあたって,人口構造が変化するのに対応し,どの程度の負担と給付であれは持続できるかという視点を加えれば,決して有意な回答が得られないわけではない。ただしその実行に大きな政治的困難を伴うことは理解できる。
② 人類社会の発展には経済成長が不可欠であるという議論もある。労働力の減少から経済規模が縮小すると技術開発や社会インフラの整備が進まなくなり,いわばジリ貧に陥るという論法である。しかし技術開発はいかに少ない労働で多くのモノを生み出すかという努力から生まれてきたのだから,労働力の減少が,かえって技術開発に対する刺激になるとも考えられる。また,人々が自らの消費をあきらめて税を負担してでも整備すべきだと考えるものが,社会にとって必要なインフラである。その整備は,経済規模が縮小しても進むはずである。しかし少数の支持しか得られない社会インフラまで整備する余地は当然少なくなる。それは財政の効率化の観点からは,むしろ望ましい方向ではないか。
③ また人口の減少が起これは労働市場が余剰から不足に転じ,労働コストが上昇するという意見もあるが,人口の減少によって経済が縮小すれば,各企業の生産高も縮小せざるを得ないのだから,それによって労働市場における需要も縮小することを忘れている。
④ 「人口が減れば消費が減る。消費が減れば物価が下がる地価は下がり,企業の収益率の低下から株価も下がるから経済は低迷するだろう」という意見もある。しかし人口の減少によって労働力が減れば生産量も減る。つまり供給も減るのだから,物価が下がることはない。そして生産量が減れば企業のコストもそれに合わせて縮小するはずだから,基本的には企業の収益率も低下しない。地価は下がるだろうが,生産活動が縮小するのだからそれは当然のことであり,国民生活の観点からはむしろ望ましいことではないか。地価の下落によって金融機関のバランスシートが悪くなると指摘する人は,土地とはそこに人が住み,そこで生産が行われるためにこそあるのだということを考えてほしい。
⑤ 人口減少社会が暗いという人には,それでは人口増加社会はどうだったかと問いたい。戦後の急速な人口の増加のなかから生まれた経済は,人々に幸福をもたらしただろうか。拡大する経済が変化させた社会は,多くの人が満足感を得られるものだっただろうか。
(中略)
⑥ 人口減少による日本経済の変質がもたらす影響はきわめて大きなものではあるが,先ほども述べたように,それをあまり深刻に受け止める必要はない。日本の一人あたり実質国民所得は今後30年間でおおむね横ばいであると推測したが,現時点の一人あたり国民所得は飛ひ抜けて世界最高水準にある。今後は欧米各国よりも経済成率が低くなるから,いつまでも世界一ということはないかもしれないが,30年後においても世界のトップクラスであることだけは間違いない。しかも労働時間が2割近く短縮するにもかかわらずである。その経済力をもってすれば,経済成長率が低下し,やがてマイナスになっても,企業構造や産業構造の改革を進め,高齢社会に向けてのストックを整備しつつ,国民の生活水準を向上させることは決して困難なことではない。これからの経済を悲観的にとらえる人が多いが,それは人口減少の影響について誤解していたり,あるいは旧来の経済慣行にとらわれていることによるものではないかと思われる。
⑦ 例えば,「人口が減少するということは消費者が減少するということである。それによって消費需要が傾向的に縮小するから,企業は売り上げが低下して生産量を年々落とさざるを得なくなるいわは不況が連続するということだから,企業経営は困難化するだろう」という意見が聞かれるが,それは景気循環と経済成長を混同していることによる誤解である。確かに,消費需要が何らかの理由によって縮小すれは,企業は生産量を落とさざるを得なくなり,その結果採算が悪化して,経営が困難になることはある。しかしそれは景気循環における景気後退期の現象である。人口減少によって継続的にマイナス成長が続く過程では,そういうことは起きない。生産量が落ちるというところまでは同じであるが,それによって採算が悪化したり,経営が困難になるということは基本的にはないと考えてよい。
⑧ なぜなら人口減少の場合の生産量の低下は消費需要の縮小によるものではなく,生産能力の低下によるものだからである。企業というものは生産能力に見合った生産が行われることを前提に,採算を考え,資金繰り計画を立てている。だから不況などによって需要が推想を下まわると,採算が悪化して,資金繰りにも齟齬(そご)をきたすことになるのであるが,人口減少の場合は生産能力そのものが低下する。当然企業はその低下した生産能力を前提に,採算を考え,資金繰り計画を立てるはずである。そして前述した設備投資の縮小に見合った企業内部留保の縮小,賃金・配当の引き上げが行われていれば,消費者の購買力も確保されて生産能力一杯の操業が保証されるだから採算が悪化したり,資金繰りに窮したりして,企業経営が因難になるということは考えにくい。
⑨ また,「売上高の縮小によって利益率や投資収益率も低下して,企業は経営困難に陥る」という意見もある。売上高が縮小すれば利益も綿小する。その一方で企業としての固定的なコストは変わらないから,利益率や投資収益率が低下すると考えるのだろうが,売上高が傾向的に縮小しているのに生産設備や従業員などの企業規模は変わらないということはあり得ないだろう。企業は当然,売上高の縮小に合わせて業容を縮小するはずであるだからエネルギー・原材料費,人件費,設備費など全てのコストが縮小する。そしてそうした業容の縮小が売上高の縮小に見合った適切なものであれば,利益率や投資収益率が低下することはない。
⑩ 過渡的には,終身雇用制をとってきたために雇用調整が円滑に進まなかったり,過去の設備投資の負担の残存といったことから,利益率が期的に低下することは考えられる。しかしそうした現象が顕著にあらわれるのは,投資財産業など今後の日本経済の変質のなかで縮小していかざるを得ない産業であろう。代わって拡大する消費財産業については,一時的な利益率の低下すらないかもしれない。冷たいようだが,人口の減少に即応した産業構造を速やかに構築することが日本経済を全体として効率にする道なのだから,売上高の縮小によって経営困難に陥った産業,企業には速やかに退場してもらう以外に手立てはない。
⑪ さらに「人口が高齢化して働く人が大きく減少するのだから,日本国民はいまの生活水準を維持できなくなるのではないか」という意見も聞かれる。それについては,一人あたりの国民所得がおおむね横ばいであることを示したから,その見方があたらないことは明らかである。「生活水準を向上させるためにも、働く人が減った分,外国人労働者を活用して成長率の向上を図るべきだ」という主張もある。しかし外国人労働者を活用したとしても,今後の労働力の縮小自体は避けられない。先ほどの予測を前提とすれば,現在の労働力を維持しようとするだけでも,今後30年間で約2440万人の外国人労働者を受け入れる必要があり,2030年の総人口に占める外国人労働治の比率は約20%にも達する。現在のヨーロッパ各国における外国人労働者の比率はそれよりはるかに低い(外国人労働者が多いといわれる現在のドイツでも8.5%ある)。
⑫ あるいは「経済成長がマイナスとなることによって,失業が増加するのではないか」とする意見もある。しかし失業の点については,外国人労働者の大量の流入がない限り,基本的には問題にならない。今後の日本経済については,労働力によって天井が形成されるのだから,失業率はむしろ低下する可能性が高い。もっとも過渡期においては,業容を縮小する企業が相次ぎ,その過程で失業者が一時的に増加することがあるかもしれない。しかし賃金水準が確保され,それに伴う消費需要がある限り,企業の縮小・倒産があってもそれに見合う企業が新たに設立される。中長期的には,労働力人口に見合った就業機会は確保されるはずである。
(出典:松谷明彦・藤正巌『人口減少社会の設計』央公論新社,2002年)。
[脚注]
バランスシート:貸借対照表。企業のある時点における財務状態を表す財務書類。
企業内部留保:企業内部に留保された資金。通常,企業の当期利益から役員賞金,株主等への配当,租税などの社外流出分を除いた利益剰余金を指す。
投資財産業:主として企業を対象とする商品を製造販売する事業を指す。
消費則産業:主として家計を対象とする商品を製造販売する産業を指す。
【5】
① 労働力不足の問題が取り上げられると,労働力確保のために「外国人労働者を受け入れるべきか否か」についても同時に議論されることが多いが,そこには「門戸を開けば日本に来てくれる外国人がいる」という前提が存在している。しかしながら,労働力の供給サイドの状況を見ると,これまで労働力の送り出し国だったアジア諸国でも高齢化が進んでおり,余剰労働力は今後,国際的に減少していく。また,労働力の需要サイドを見ると,巨大な工場である中国では高齢化が速いスピードで進んでおり,今後,国外の労働力への需要が高まっていくだろう。つまり,国際的な余刺労働力の供給は減少するにもかかわらず,需要は伸び続けるため,国際的な労働力不足に発展する可能性が高い。
(中略)
② ここで補足しておきたいのが,日本は,外国人の高度人材に対しては,労働者として積極的に受け入れを行っていることである(繰り返しになるが,技能実習生は制度上,研修生として積極的に受け入れを行っている)高度人材とは,「専門的・技術的分野の在留資格」にあてはまるスキルを持つ外国人を指し,1990年代から積極的に迎え入れている。
③ また,高度人材の受け入れを更に加速するために,2015年に専門的・技術的分野の在留資格に「高度専門職」を創設した。高度専門職には,「高度学術研究活動」「高度専門・技術活動」「高度経営・管理,活動」が含まれている。
④ 高度専門職の資格を得るためには,高度人材ポイント制において,一定点数を獲得しなくてはならない。具体的には,学歴・職歴・年収等の項目ごとにポイントが加算され,その合計が70点に達する必要がある。高度専門職には,複合的な活動,長期(5年)の在留期間,配偶者の就労等,様々な優遇が与えられる
(中略)
⑤ 日本が積極的に受け入れている「高度人材」と「技能実習生1について,これまでの人数の推移を見てみると実はそこまで数字が伸びていない事がわかる。高度人材の外国人は,2008・2009年のリーマン・ショックの影響等から減少に傾いた。2014年にようやく2009年の水準まで戻り,2014年から15年にかけては10%程の伸び率となったが,数としては24万人と日本の労働人口の0.4%群でしかない。技能実習生として来日する外国人数は,こちらも同じように2008年以降から減少に傾き,2015年にようやくリーマン・ショック前の水準に回復したところである。
⑥ 日本が積極的に受け入れを行っている対象の外国人であっても,これまでに大きく人数が増えていないのは,日本の就労先としての魅力が高くないことが一つの要因として考えられる。スイスのビジネススクールであるIMDが発行しているWorld Talent Report 2016に,高度外国人材を自国のビジネス環境に惹(ひ)きつける力の国別ランキングが発表されている。ランキングで分析対象の61カ国のうち。日本は52位であった。このレポートで日本は,企業が従業員への教育・研修を優先事項としていることや,サービス業における年収やボーナスが高水準であること等がプラスに評価されていた反面,ビジネスに必要な語学力については最下位であり,国際水準で求められるマネジメント能力を持つシニアマネージャーの数が極めて少ないなど,海外から見た日本でのビジネスのやりにくさのマイナス面が浮き彫りとなる結果となっている。
⑦ もう一つ,政府機関やNPOが外国人を対象に,日本の労務環境についてアンケートを実施しているのでご紹介したい。一般社団法人日本国際化推進協会(JAPI)は,2015年にアジア,オセアニア,ヨーロッパ,北南米その他地域出身者を含む外国人819人を対象に,日本の労働環境についてアンケートを実施した。このアンケート対象者の8割は,日本もしくは日本企業で働いたことのある外国人である。
⑧ アンケートの結果,日本で働く事が魅力的(非常に魅力的・やや魅力的)と答えた外国人は,全体の2割程度しかいなかった。ただし,全体の8割を越える人が,日本に住むことに対しては魅力的と答えており,日本で働くことへの評価や評判の悪さがうかがえる。
⑨ また,外国人の出身地域によって,日本で働くことに対する見方も変わってくる。東アジアや東南アジア出身者であれば,日本で働くことを魅力的に感じているのが3制を越えるのに対し,ヨーロッパや北米においては魅力的に感じる割合が,1割強しかいない。
⑩ 外国人にとっての,日本企業への入社の阻止要因についてもアンケート結果がある。阻止要因として最も多かったのは長時間労働であり,労働時間が外国人の職選びにおいて重要な判断基準の一つになっていることがわかる。これは実際に入社後に直面する問題においても同じであった。
⑪ その他の阻止要因では,評価システムや遅い昇進が挙げられる。日本企業の人事評価体系は外国人には明確でなく,また年功序列の文化によって昇進が遅いことが,外国人が日本企業で働くインセンティブを下げている。また。給与水準も就労先を決める時の重要な要素であるが,結論から言ってしまえば日本の給与水準は決して高くない。
⑫ (中略)日本の給与水準は他の先進国と比較すると,低水準のグループになっている。また,給与水準だけでなく。給与水準の伸びも,過去10年間ほとんど変わっていない。
(中略)
⑬ また,経済産業省の「内なる国際化研究会」報告書によると,外国人労働者を受け入れた後に彼らに定着してもらうためには,労務環境の向上だけでなく,在留資格・永住資格等の拡充・手続きの簡素化や,生活環境の整備も行っていく必要がある。日本において就職,求職した経験のある外国人からは,在留資格にかかる手続きや,永住許可の収得要件の厳しさに対して不満が多く出ている。
⑭ さらに,外国人労働者の子どもが通う学校や,英語で十分なサービスが受けられる医療機関の整備も課題となっている。たとえ本人に日本で働きたいという意思があったとしても,家族がいる場合は子どもに受けさせられる教育水準や,病気になった時に英語で意思疎通ができる病院はあるか等,生活面での問題が出てくる。アンケート結果では,回答者の4分の1の人がインターナショナル・スクールの費用に対して不満を持っていることがわかった。また。医療機関に対しても同様に,英語で受診できる医療機関が近くにないことを不満に感じている。
(出典:寺田知大・上田恵陶奈・岸浩稔・森井愛子『誰が日本の労働力を支えるのか?』束洋経済新報社,2017年)
【6】
① 移民というのは国境を越えた人間の移動である。国境では入国及び出国の審査が行われる。したがって,そこに「政策」があるとすれば,国の都合が最優先されるのは当然であるたとえば。1776年の独立後,フロンテイアの拡大とともに南部農村での深刻な労働力不足に陥ったアメリカでは,アフリカから大量の強制移民(奴隷)を受け入れることで対処した。また,第1次大戦後の経済成長期に,ドイツは労働力不足を補うためにトルコから大量の移民を受け入れた。日本は,戦後の労働力不足を地方の農村からの「移住」によって賄ったものの,バブル期の労働力不足については海外から日系人を呼び寄せることで対処しようとした。こうした「政策」がその後どのような事態を招いたかは歴史が物語るとおりである。つまり,移民によって建国された一部の国を除けは,基本的に「移民政策」は短期的な労働力不足を補うための手段と考えられることが多く,海外からの移民を「人財」とみなし長期に亘って育成するという発想に基づいたものではないのである。
② 現在,移民の受け入れを考えている国は,労働力不足の解消と財政健全化が政策の目的となっている。もっとも,労働力不足については,受入国のすべての産業分野が直面しているわけではなく,自国民労働枠が就こうとしない分野,例えは最近では福祉を中心とするケア労働などで生じている問題である。日本では,外国人看護師・介護福祉士について,日―インドネシア経済連携協定(2008年7月1日発効)および日・フィリピン経済連携協定(2008年12月11日発効)によってすでに候補者の受入を実施している。こうした協定は,外国人が看護師や介護福祉士の国家試験に合格し,その後,継続して日本に滞在することを目指すものである。
③ ここで注目すべきは,看護,介護,家事,育児など,生産現場を海外移転できない労働集約的なサービスを移民に頼ろうとするケースである。つまり,外国人を受け入れた場合,その受け入れ方が永住を前提としない外国人労働者としてであろうと,永住を前提とする移民としてであろうと,外国人が結果的に永住者となる可能性があるということである。外国人が永住するようになった場合には自国民と同様に高齢になるにつれてケアサービスヘの需要が増すことから,ケア労働を移民に頼るという方法は,問題を先送りしているだけに過ぎず,問題の根本的解決には至らない。また,労働集約的サービスを安易に移民に頼るという政策は,当該分野の賃金を低水準に押しとどめることから労働生産性向上の阻害要因ともなる。
④ 一方,選択的移民政策は,語学力のある高度な技術・技能を持つ移民を優遇するものであり,移民に関わる福祉や教育費を節約し,税金を納めてもらうことを狙う受入国にとって都合のいい政策である。この政策が新規の在留者に対してだけでなく,既存の在留者に対しても実施されることになった場合,受入国のエゴをより強く反映したものとなる。たとえば,労働力を供給し,税・社会保険保障料を支払い,社会に貢献できる高度人材であり続ける間はウェルカムであるが,高齢になり失業して社会保障を受給するようになった場合には母国に帰ってもらうという身勝手な政策の横行を招くだろう。
⑤ 労働力不足や財政悪化の解決を目的とする移民政策は移民と自国民との間で仕事の奪い合いや社会保障負担の押し付け合いといった利害の衝突を生じさせ,移民政策の失敗を招いているケースも少なくない。これは,もともと,入国が移民を自国民に悪影響を与えない存在という前提のもとで受け入れているからであり,そうした前提が崩れれば摩擦が起きるのは当然である。文化的背景が異なる移民であっても,自国民が就きたいと考える仕事を求めるだろうし,長く生活をしていけば家族を形成し,子どもを産み,高齢にもなる。(中略)
⑥ 日本には統一的な「移民政策」というものは存在していない。その原因はいわゆる縦割り行政にある。法務省は基本的に外国人を管理の対象だと考えている。なぜなら,外国人が日本で不法行為をはたらいた場合,同省の監督責任が問われるからである。厚労省は移民による国内労働者の締め出しと社会保障費の増加が生じることを危惧している。他方,経産省は日本の競争力強化のため外国人{労働力)の受け入れには積極的である。そして,総務省は外国人が多数居住する地方自治体の取り組みに注意を払っている。
⑦ そもそも移民政策は多面的要素を持ち,多分野にまたがるテーマである。ところが,それを個別テーマとして扱うと部分最適のみの議論に終始し,全体像を描くことができない。そして,それぞれの担当部署の利害調整を行った結果,場当たり的な対応に留まってしまうのである。
⑧ ただ,ひとつだけすべての分野に共通していえるのはこのままの状態が続く限り,日本の人口が確実に減少していくということである。2060年の日本の労働力人口は現在の半分程度になると予想されており,現状の規模のGDPを維持するためには,年平均1.4%の労働生産性の伸びを今後30年間継続しなければならない。
⑨ そうした予測値が現実味を帯びてきたとき,ひとつ予想されるのは,国内にとって都合の悪いことをすべて移民に転嫁しようとする責任逃れ的な議論の浮上である。周知のように,これまでの日本の年金,医療,福祉の制度は高度成長期の人口ピラミッドを前提としたものであった。それらの制度が出生率の低下とバブル崩壊以降の低成長によって維持困難になったとき,制度の抜本的な見直しをせず,まだ生産年齢に達していない若年層や,これから生まれてくる世代がせっせと納税してくれることに期待して大量の国債を発行し続けてきたのである。それは当時の国民のコンセンサスを得るにはきわめて都合のよい政策だった。なぜなら選挙権を持たない将来世代は反対の声をあげようがないからである。
⑩ そしてこうした公債依存がこれ以上維持できないレベルにまで達したとき,「移民の積極的受け入れ」といった「安易な」議論に流れていくのではないだろうか。つまり,移民こそが日本人のいやがる低賃金労働に従事し税全を納め,社会保障も受けずに「ピンピンコロリ」の人生を送ってくれるという身勝手な思い込みである。あるいは高度人材が日本にやって来て,経済成長をもたらしてくれるという「取らぬ狙の皮算用」である。
⑪ これから生まれてくる世代が生産年齢に達したとき,現在の国民の期待通りに効率よく働いて税金を納めてくれるという保証はどこにもない。同じことが移民にもいえるだろう。日本とは異なる文化を持つ移民といえども,人間である以上,日本人と同じ条件が与えられれば同じような行動をとるように変化していくはずである。そうなれば,日本人のいやがる仕事は移民も忌避するようになるだろう。移民が少子化対策になるというのも幻想に過ぎない。日本の社会が女性にとって子どもを産み,育てるにふさわしい環境を与えられなければ,いずれ移民も子どもを産まなくなるはずだからだ。
⑫ 今後の移民政策はどうあるべきだろうか。本論文で行った既存研究のサーベイで明らかになったように,移民受け入れによる経済への影響は曖昧であり,「社会にとってプラスになる移民を受け入れるべき」といった自明な結論しか得られていない以上,われわれは目先の経済問題とは切り離して移民政策の議論をすべきであると考える。なぜなら,完全な鎖国政策でも採用しない限り,現行の制度のままであっても一定数の外国人は必ず日本国内に入ってくるし,そのまま定住することも十分考えられるからである。
⑬ たとえば,1989年の入管法改正によって短期間で32万人にまで急増した日系ブラジル人移民は,2008年のリーマン・ショックや日本政府による帰国支援にもかかわらず,現在でも20万人ほどが日本に残留している。そして,こうした移民が多数居住する自治体にとって,移民政策は目の前の問題を解決するための方策になっている。すなわち,そこでは,居住している移民の経済的自立を促す就労支援や,生活面でも孤立を防ぐために地元市民たちとの共生が主題なのである。そして,そうした葛藤から生まれてきたのが「多文化共生inter culturali1sm)」という発想である。
⑭ 移民政策には,基本的に,自国民と同じ生活習慣を促す「同化(assimilation)政策」,多様な文化が独立に存在する「多文化主義multiculturalism)」,そして「多文化共生」の3種類の考え方がある。多文化主義は文化同士が互いに関わり合いを持たないのに対し,多文化共生は互いの文化の違いと共通点を認め,相互の交流を通して刺激を与え合うことを目指すものである。たとえは,日系ブラジル人を筆頭に3万人ほどの外国人が居住する浜松市は,平成19年より毎年市民有志の手により「やらまいかミュージックフェスティバル」と称するイベントを開催し,さまざまな国籍やジャンルのミュージシャンが集うことで有名である。こうしたイベントは,異質な文化的背景を持つ人間同士が交流することにより,互いの長所を活かす比較優位の実践や従来とはまったく違う新しい発想が生まれる可能性を秘めている。これが音楽のみならず,教育や就労などさまざまな局面に拡大していけば,新たな成長のチャンスも生まれてくるだろう。
(出典:萩原里秒・中島隆信「人口減少社会における望ましい移民政策」RIETI Discussion Paper Series14-J-018,2011年)
「脚注」
サーベイ:調査(survey)。
やらまいか:遠州地方の方言で,「やってみよう」「やろうじやないか」の意。
神戸大学法学部2018年を改作
(3)解答例
外国人労働者の区分について、単純労働か高度人材かの論点がある。後者は専門的・技術的スキルを持ち日本に技術革新をもたらすと考えられるが実績面でも数は少なく、就労先としての魅力が欧米に劣るため将来も少ないと予測される。前者は人材不足に悩む農業や中小工場、介護や医療の分野で技能実習生等の受け入れに積極的であるが、違法な残業や賃金未払いなどの問題が発生している。外国人労働者は単身者であり、定住化に伴う社会的コストの増大を懸念する必要がないため使い勝手のよい労働者とみなされている。本政策のメリットは、移民関連の市場と需要が創出される等、地域経済への貢献、日本企業の国内回帰、新しい食文化の流入等のよい影響が考えられる一方で移民の人権侵害や移民と自国民との間による利害の衝突といった問題点がある。外国人労働者の労務環境の向上のほか生活環境の整備を行い定住・永住を可能にするための仕組みをつくる必要がある。(400字)
(太字の部分は「資料で言及されていない新しい論点」)
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