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自然保護に対する2つの考え方~『保全』か『保存』か」宮崎大学教育学部(中学―社会)2009年後期

(1)問題


 
自然保護の考え方に関して、自然を「保全」するのか、それとも、自然を「保存」するのかという、保全派と保存派の対立があると言われている。以下の3つの文章A、B、Cを読み、まず、(1)保全派と保存派の主張がどのように違うのかを説明しなさい。次に、(2)自然保護に関する具体的な事例をあげながら、保全派と保存派の主張に対するあなたの考えを述べなさい。なお、それぞれの書き出しに(1)(2)と記入し、あわせて1000字程度で書くこと。(「*」のついている語句に関しては文章Cの後に注をつけたので参照しなさい)。[100分]
 
A
①  森林管理という観点から、アメリカにおいて自然保護に最初に積極的に取り組んだのはピンチョ*であった。彼はフランスのナンシーに留学して森林管理学を学んで帰国して、1890年代から森林管理に携わった。とくに、1898年に農務省の森林局長に迎え入れられてからは、森林管理行政の中心となり、1901年からセオドア・ルーズヴェルトの下で公有地の天然資源管理の重要な役割を担った。彼の自然保護は、「森林〈管理〉」あるいは「資源〈管理〉」であって、基本的に「保全」であり、功利主義的な観点からのものであった。彼の自然保護の基準としての「最大多数の最長期間の最大幸福」という考え方はそれを象徴している。

②  これに対して、「保存」の視点から自然保護運動を繰り広げていたのは、ジョン・ミューア*であった。彼は、エマソン*やソロー*から強く影響を受けていた。大学を中退した後に、カナダ、メキシコ湾と放浪を続け、1868年シェラネヴァダ山脈*のヨセミテ渓谷に入って、その自然に魅せられた。それ以来、この地域を自然保護地域にするべく運動を展開し、その成果は、1890年にヨセミテ国立公園の設置として結実した。彼は、その保護のために、現在でも有数な環境保護団体となっている「シェラ・クラブ」*を創設している。[略]

③  ミューアはエマソンとも実際に会って話をしたこともあり、その超越主義思想には大きく影響を受けていた。その影響は彼の自然認識にも現れている。動植物だけでなく岩や水といった自然物も神的な霊のきらめきであると考えていたし、自然を構成する動植物はそれ自身のために存在しているものであると考えていた。『はじめてのシェラの夏』を始めとする数多くの著作の自然描写の中にそのような思想がちりばめられており、その後の自然保護運動にも大きな影響を与えている。

④  さて、ヨセミテ渓谷の国立公園化には、ミューアのような「保存」論者だけでなく、「保全」論者の動向も大きく関係していた。サンホワキン渓谷*の農業開発にはヨセミテの国立公園地域からの水利の安定性が重要であると考えられており、そのような功利主義的な目的で、ヨセミテの国立公園化を支持している人たちもいたのである。

⑤  しかし、この「保全」と「保存」の二つの考え方が対立する場面も当然出てくる。その典型として、象徴的によく取り上げられるのが、ヘッチ・ヘッチィ渓谷の保護にまつわる問題であった。

⑥  19世紀末から今世紀初頭にかけてサンフランシスコ市がヨセミテのヘッチ・ヘッチィ渓谷に、慢性的な水不足を解消するためと、水力発電による電力確保のためのダムを建設することを計画してその建設許可を求めていた。1908年に連邦政府の内務長官がそれを受理して論争が始まった。その時に「保存」派として中心的に闘ったのはミューアであった。彼は以前求められて一緒にヨセミテを歩いたセオドア・ルーズヴェルト大統領に手紙を送ったりして、原生自然に対して人の手を入れることに反対を唱えた。それに対するピンチョは、適切な管理をしながら賢明な利用をしていくという「保全」の基本原則に則る形で、結局は建設を認める対応をとり、長年の論争の末に行われた下院の公聴会でもそのように証言した。この論争は、1913年に最終的に建設が認められることで決着した。「保存」派は、この時代にあっては、「保全」派との対立の中で敗北を喫したのである。

⑦  この「保存」派と「保全」派の対立は、その後にも、形を変えて繰り返し出現しており、現在でもなお議論は絶えない。
(鬼頭秀一『自然保護を問いなおす』筑摩書房)
 


(ピンチョの言葉)

①  「森林を扱う上での森林保護官の中心的な考え方は、森林の最大限の人間にとっての利用を推進し、永続化することである。森林保護官の目的は最も長い時間にわたって最大多数の最大善[[最大幸福]に奉仕させるようにすることである先見と常識を、森林と同様に他の自然資源にも適用するという考え方は自然であり、かつ不可避であった。環境保全運動を始めることに責任を負っていた人々によって、最初から予見されていたことがある。すなわち、その運動の自然な発展がいつかは国民的な効率をめざして計画的な規則的な枠組みに向かうだろう。それは廃棄物の削減にもとづいて、そしてもっとも長期にわたって、最大多数の最大善のためにわれわれが所有するすべての物の最善の利用を目指すような枠組みである。
(加藤尚武『新・環境倫理学のすすめ』丸善、なお[]内の語句は出題者による補足)
 


(ミューアの言葉)

①  「私のすべての放浪の旅のあとで、やはり、これまでに見た風景のなかで最も美しい風景が眼前にひろがっていた。私の足元には、カリフォルニアのグレート・セントラル・ヴァレー*が横たわっていた[略]シェラが力強く立っていた。高さは数マイル*で、きわめて荘厳な色をした輝きを放っていた[略]

②  世界は人間のために特別に作られたものであるとわれわれは教えられてきた――これは事実に合わない勝手な想定である……なぜ人は自分を、単一体である偉大な創造の小さな、部分以上のものだと評するのであろうか。そして主(しゅ)*がわざわざ作り給うた全彼造物のなかのどれが、あの完全な単一体――コスモス*――にとって不必要なのであろうか。われわれの自惚れに満ちた限界と知識を超えたところに住む、顕微鏡でも捉えることのできない最小の生物でさえも、それを欠けば、宇宙は不完全であるだろう。
(ジョイ・A・パルマー編、須藤自由児訳」環境の思想家たち」上、みすず書房)
 
注 
ビンチョ:アメリカ合衆国森林局初代長官(1865年生まれ〜1946年没)「ビンショ」とも呼ばれる。
ミューア:アメリカ合衆国の思想家。随筆家(1838年生まれ〜1914年没)ぅ
エマソン:アメリカ合衆国の思想家・牧師・詩人(1802年生まれ〜1881年没。)各個人の直観を通して、経験を超えた世界の霊的本質を知ることができる、という超越主義を唱えた。
ソロー:アメリカ合衆国の思想家・作家(1817年生まれ~1862年没〉。約二年間の森での一人暮らしを記録した「ウォールデン――森の生活――」が代表作。
シェラネヴァダ山脈:アメリカ合衆国カリフォルニア州束部にある山脈。南北650キロメートルに及ぶ。この山脈の一部がヨセミテ国立公園である。公国内にヨセミテ渓谷やヘッチ・ヘッチィ渓谷がある。
シェラ:シェラネヴァダ山脈のこと。
サンホワキン渓谷:グレート・セントラル・ヴァレー(次の注を参照せよ)の一部,ヨセミテ国立公園の下流にあたる。
グレート・セントラル・ヴァレー:カリフォルニア州中央部に広がる盆地。南北650キロメートルに及ぶ。
マイル:長さの単位。1マイルはおよそ1600メートル。
主:キリスト教の神のこと。
コスモス:宇宙のこと。一つの秩序が宇宙を貫いていることを強調した言い方。

(2)考え方


(1)について表にまとめる。
(1)の要約は注の説明文を用いてもよい。

(3)解答例



 (1)保全は自然資源を人間が安定的に利用できるようにする功利主義的な観点から自然保護の基準としての「最大多数の最長期間の最大幸福」を目指し、自然を適切な管理をしながら人間にとっての利用を推進し、永続化することを目的とする。一方、保存は動植物を初めあらゆる自然物が神的な霊のきらめきであり、自然はそれ自身のために存在しているという本質を直観で知る超越主義思想に基づくもので、神が創造した全被造物は宇宙にとってすべて必要であり、どれひとつ欠いても宇宙は不完全となるので、原生自然に対して人の手を入れることに反対する。

 (2)沖縄県西表島が世界遺産の自然遺産に登録された。この島はイリオモテヤマネコなどの天然記念物が多く生息し、手つかずの自然が残る秘境であるため、毎年多くの観光客が来島し、島の経済を潤してきた。保全派としては、島の豊かな自然を観光資源として積極的に活用するため、自然を適切に管理しつつ道路や宿泊施設を建設して開発をさらに進めて収益の増加を図ることを主張する。しかし、世界遺産に登録されて国民の注目が集まるとさらに多くの観光客が押し寄せて自然破壊が進むことにより、イリオモテヤマネコなどの島の固有種が絶滅するなどの事態に陥ることが危惧された。保存派は、鳥獣保護区を維持して島内への人の立ち入りを抑え開発を極力控えることで、島の動植物を絶滅から守ろうと主張した。

 島の生き物の命を守るあまり、島で生活する人々の命はどうでもよい。保全派から保護派に対するこのような厳しい批判の声が聞かれた。しかし、大規模な開発を進めるあまり島の観光資源である豊かな自然が失われたら、それこそ島の人々の生活も立ち行かなくなる。このような功利的な理由ばかりでなく、命に対する畏敬の念からも開発には反対すべきである。島に生きる生き物自体、長い年月を経て進化した結果、いま存在している。生命誌の偉大さや命の尊厳に気づくことは、深刻化する地球環境問題を解決に導く上で思想的な道標となる。現在、地球環境は取り返しのつかないところまできていることを自覚している私たちは、自然の保全からさらに徹底した保存へと舵を切るタイミングと捉える時期にきている。(926字)

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