「今治城、行ったことある?」彼女の質問に、我に返る。「いや……初めてだな」――「天使は奇跡を希う」033
「今治ってすごいよね!」
合流するなり、ほらみて! とばかりに両手を広げる。
右手側にはぼくが走ってきた港が見え、左手側には――堀に囲まれて建つ、立派な今治城があった。
「どっちか片方でも観光地として成立しそうなのに! すごいよ! 一カ所に要素固まりすぎだよ!」
「だよな!」
ぼくは思わず言っていた。
最初にここに立ったとき、まさしく感じたことだった。
風情のある港町の風景と、悠然とそびえるお城の風景。この駐車場に立つと、右と左でそれぞれを見ることができる。観光的な要素が集中して、なんとも贅沢だと感じていたのだった。
「新海くんも思ってた?」
「おんなじこと思ってた」
「ね、いいよね! わたしこの町好きだなあ」
つぶやく笑顔が光っている。
ほんとに好きなんだということが伝わってきて、なんだか胸がくすぐられた。
「今治城、行ったことある?」
彼女の質問に、我に返る。
「いや……初めてだな」
「ほんとに?」
「ほんとにってなんだよ」
星月さんはじっとぼくの目をみつめてから、少し首を傾げる。
「じゃあ、ユーカが初だね」
「だからなんだ」
「彼女さんに悪いですなあ」
この前、部室で成美と鉢合わせたときに、ぼくとの関係性の空気を正しく把握したのだろうか。
「前から知ってたよ」
彼女がにこりと笑う。
「あ、そう」
応えながら、胸の中のほんの一部分だけ空気が薄くなった感じがした。なんだこれ。
「では、まいりますか」
「ああ」
そこでぼくは、はたと思い出す。
七月隆文・著/前康輔・写真