星月さんが言ったとき、ぼくはふと、忘れていた本題を思い出す。「そういや帰れなかったな、さっき」 ――『天使は奇跡を希う』021
第2話 お前もなのか
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ぼくたちは来島海峡(くるしまかいきょう)大橋を渡り、隣の島にたどり着いた。
「わ、見て! 海すごい!」
大橋から島へ上陸するスロープを下っていると、島の景色が回りながら低くなってくる。
「わ、いい感じ! 映画みたい!」
「うん」
はしゃぐ星月(ほづき)さんに相づちを打つ。
潮風にさらされた木の電柱、傷みのないアスファルトの道が島の情緒に溢れている。
開けた空と海、碧く透きとおる浅瀬。砂浜がびっくりするほど狭い。たぶん幅一メートルもない。
「波がないからなのかな?」
「瀬戸内海って、こうなんだよな」
ぼくも二度目の引っ越しで理解し、驚いたことだった。
たぶん打ち寄せる波がないから、砂も溜まらない。
防ぐための堤防も形だけみたいな低さで、家も裏口からそのまま海にどぶんといけそうな位置に建っている。
「あそこの道路なんて、子供が普通に飛び込んだりしそうだよね」
学校帰りにやりそうなイメージが湧く。そのぐらい、歩く道と海が近い。
ぼくたちはスロープを下りきり、島に上陸した。
「次は亀老山(きろうさん)展望台だね」
星月さんが言ったとき、ぼくはふと、忘れていた本題を思い出す。
「そういや帰れなかったな、さっき」
来島海峡大橋。
抜けるような青と白と海の色――翼の音を聞きながら、このまま天国へ続いていきそうだと思えたあの場所を渡っても、星月さんは変わらずぼくの後ろに座っている。
「んー、そうだね」
彼女はぼんやりと返し、
「最初はこんなもんでごんす」
わけのわからない語尾を使った。
ぼくはスルーでペダルを漕ぎ続ける。彼女がぺしんと背中を叩いた。
七月隆文・著/前康輔・写真
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