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私たち二人だもんね――「天使は奇跡を希う」007
いつもどおりの長いポニーテール、奥二重でしっかり者の性格がよく出ている顔は、なんでもないのに「怒ってるの?」と聞かれたりする。
星月さんというイレギュラーに、成美が素直に戸惑いを表す。
「あっ、村上さん。ちわっす」
星月さんが、ぴっと手を敬礼みたいにかざす。
「村上さんも新聞部なんだっけ?」
「ええ、そう……」
「そっかー」
言って、星月さんが机の向こう側を回って出口へ。間近になった成美に笑顔をひとつ置いたあと、
「じゃあお邪魔しましたっ」
ネットなら☆マークが付きそうな調子で出ていった。
見送った成美が、開いたままの戸を閉めた。
こちらに向く。訳を尋ねる目で。
「ええと」
何をしていたか言うわけにもいかず、あせってしまう。まずい、変な誤解をされる。
「――そう、猫がここに入ったって追いかけてきてさ。結局入ってなかったんだけど」
「そう」
と手前のパイプ椅子を引き、腰掛けた。
ぼくのすぐ隣に。当然のような空気感で。
ぼくと成美は付き合っている。
きっかけはよく覚えていなくて、たぶん一緒に部活をやってるうちになんとなくそういう流れになったんだと思う。
「次の新聞、どうする?」
成美が速やかに本題に入りつつ、鞄からブルボンプチのチョコチップを取り出す。
「いる?」
「じゃあ一つだけ」
ぼくがクッキーを一つ取ると、成美も取って、口に入れる。
「どうすっかなぁ」
もうずっと出してない気がする。
生徒会が発行するカッチリした校内新聞は別にあって、うちが作ってるのは不定期で内容も砕けたフリーペーパーみたいなものだ。ぼくはそこが気に入っているのだけど。
「私たち二人だもんね」
そう。春にぼくたちを迎えてくれた小太りで黒縁メガネの木中(きなか)部長も、きっちりした銀縁メガネの副部長も、三年生は受験で引退してしまった。そして二年生の先輩はみんな幽霊状態。実質、ぼくと成美の二人になっていた。
「でも、いいかげんやんなきゃなぁ」
「テーマは……来月の文化祭とか?」
成美がぼりぼりと食べながら提案する。クッキーがもう半分くらいになっていた。あいかわらず早いなと眺めるうちに、つい胸の膨らみが目に入る。
ブラウスを内側から豊かに盛り上げ、やわらかそうな曲線を描いた胸。
男の反射として避けることができない。そして呼吸の気配すら皮膚にふれてくる距離で、どうしたってどきどきしてしまう。
意識するたび、ぼくは中学時代の塾で、振り向きざま偶然腕に当たってしまった女子の胸の感触を思い出す。肘にちょっと当たっただけなのに、これまで知ってるどのやわらかさとも違った強烈な印象を。
付き合ってまもなくだからまだ何もしてないけど、そういうことをしていくのだろうか。していいのだろうか。
七月隆文・著/前康輔・写真