その瞬間――「天使は奇跡を希う」011
陽が落ちるの早くなったな、と思う。
夕方六時前、ぼくは真っ暗になった住宅街を自転車で抜けていた。
晩ご飯のお使いにスーパーに向かっている。殊勝な孫みたいだけど、実際は外に出る口実という部分があった。
まだ慣れていないせいなのか、おばあちゃんの家は落ち着かないというか微妙に居心地悪くて、なんだかんだと外出している。今もお使いといいつつ、商業施設(フジグラン)まで行って小一時間はぶらつくだろう。
おばあちゃんは気づいているのだろうか。だとすると胸がちくりとするけど、どうしようもなかった。
最寄りのスーパーであるマルナカを通り過ぎ、銀座商店街のアーケードに向かう。入った右手に個人経営の書店があるから、まずはそこで文庫や漫画をのぞいていこう。
このあと行くフジグラン内のツタヤと置いてる本が違うわけじゃないし、むしろ品揃えは薄いけど、とりあえずハシゴするのが日課だった。毎日行っても置いてるものはほとんど同じだけど、習慣としか言いようがない。
アーケードに入り、右に曲がったその瞬間。
白い翼が、目に飛び込んできた。
本屋の店先で、星月さんがファッション誌を立ち読みしていた。
天使の立ち読みという絵面はものすごくシュールで、ぼくは脱力しそうになる。見なかったことにして引き返そうと思った。けど――
――頼み事って、なんだろう。
そう。部室で言いかけていたこと。あれが気になった。
と、彼女がこっちに気づく。
「新海くん!」
大きく目を開いた笑顔で手を振る。同時に翼もバッサバッサ動いていて、なんだか犬の尻尾を連想させた。
ぼくは仕方なくペダルを蹴って、そこまで行く。
「新海くん、何してるの?」
「ここに来るとこだったんだ」
「本、好きだもんね」
商店街の真ん中を、軽自動車が走っていく。
道幅が広くて人通りもほとんどないから、車や自転車が普通に走る。でもその数自体も少なくて、夜の銀座商店街はちょうどアーケードを照らす白い灯りのような薄い静けさに包まれていた。
「家、近くなの?」
ぼくが静けさを埋めると、
「家は、ないよ」
「え?」
星月さんが、いつもどおりの明るさで答える。
「星月は天使だから、この町に家なんてないのですよ」
七月隆文・著/前康輔・写真