二人の指がくっついて、ハートの形になった。ぼくがとっさに離そうとしたとき、「待って」――『天使は奇跡を希う』028
とりあえず、そうした。
「もうちょっと人差し指を曲げて」
曲げた。
「それでね」
星月さんが同じようにした指を寄せてきて、ぼくと指先同士をくっつけた。
ハート。
二人の指がくっついて、ハートの形になった。
ぼくがとっさに離そうとしたとき、
「待って」
星月さんが止める。
それに従ってしまったのは、彼女の声が思いがけず真面目なものに響いたからだ。
振り向くと、彼女は笑みを浮かべて、
「シャレだよ」
と言う。だからやっておこうよ、と。
どうしてだろう。その茶化す表情はかすかに不自然で、ぼくはそこに引きつけられてしまう。
ごくりと息をのみ、いくらか我に返って目を逸らす。
先の視界に、指と指を合わせたハートの輪があった。
「ハートってさ、命でもあるじゃない」
彼女がなにげないふうに言う。
「そうだな」
ぼくは特に何も考えずに返す。
あたりは噓かと思うほどの靄に覆われていて、近いところの水蒸気が嵐の雲のごとくごうごうと流れている。
張り詰めたワイヤーをくぐらせたぼくたちの指の輪は、嵐に飛ばされないようにつないだロープの結び目のようにも映った。
七月隆文・著/前康輔・写真
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