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神様いそうだね――「天使は奇跡を希う」019

 瀬戸内海にかかる、来島海峡大橋。

 別世界が垣間見えたかと思うような、これまでとスケールの違いすぎる景色が前ぶれもなく飛び込んできたのだ。

「すごいね」

「ああ……」

 あまりの迫力に、はしゃぐこともできない。

 今度のスロープは左右を低いコンクリートで包んだ、狭いレーンのようになっていた。

 いつのまにか、町を見渡せる高度になっている。

 空へとのびる一本のレーンを、ゆっくり上っていく。

 この感覚はまるで――

「ジェットコースターの最初みたいだね」

「思ってた」

 楽しいことが始まると期待しながら、じわりじわりと上っていく高揚感。

 弧を描くと、それに合わせて景色も変わる。

 赤と白で塗り分けられたクレーンと、平べったい屋根の造船場が眼下に広がっていた。

「たくさんあるね」

「今治は造船のシェアが全国一らしい」

「へー」

 ぼくがペダルを踏み込むたびにフレームが軋みをあげる。

 脚に力が入らなくなってきた。そろそろ本気で厳しい。

「また押す?」

「……いい」

「あ、そうだ」

 つぶやきが聞こえたとたん、バサッと音がして――ちょっと前に押された感覚がした。

「どう?」

「………羽?」

「そう」

 バサッ、バサッと弾む羽音がするたびに風に押される。

「おおっ」

 思わず声が出た。

 坂道で噓のように加速して、ペダルがすいすい回る。

 体そのものが軽くなったような浮遊感がある。

「楽しいね」

 彼女も笑う。

 翼のはためく音と浮いてる感じで、まるで鳥の気分になっていたとき──

 ぼくたちは、海峡に差しかかる。


 天国の色彩だ、と思った。


 光る雲を散らせた青空に向け、白い主塔が荘厳にそびえている。

 巨大さが現実感を軽く揺らがせ、空との綺麗すぎる対比に圧倒された。

 Hに似た形の主塔がいくつも立ってつなぐ大橋が、遥か四キロ先の島まで架かっている。

 海と島。三六〇度の非日常の広がり。

 あまりの鮮やかさと規模感に、幻想世界(ファンタジー)の建造物という印象さえ浮かんだ。

 ぼくはぽかんとみつめながら、車の走るわきに設置された自転車の道を進んでいく。

 端っこに並ぶ細いポールが、ゆあぁんゆあぁんと粘つくような錯視を起こして後ろに流れていき、主塔は奥に向かって遠近法で重なり、合わせ鏡のような像を結んでいた。

 前進に合わせて動く視界が、さながら天国の門をくぐっているような気分にさせる。

 横から吹きつけてくる風。

 ぼくたちは、海の上を走っていた。

 瀬戸内海には波がほとんどない。

 大きな湖なんじゃないかと思えるほどで、初めて見たとき他の海との違いにとても驚いた。

 穏やかな瑪瑙(めのう)色の海に浮かぶ小さな島々は何か神秘的な配置に映って、イザナギとイザナミの持つ矛からぽたぽた落ちた滴(しずく)が島になったという古事記の神話はこういう景色から生まれたんじゃないかと想像してしまう。

 日本神話を思わせる景色が、ここにはあった。

「すごいね! 神様いそうだね!」

 星月さんの興奮した言葉が、そのままぼくの言葉だった。


七月隆文・著/前康輔・写真 

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