今治ではよく見る姿だ。――「天使は奇跡を希う」009
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駅に近い車道沿いのパン屋さん。そこが成美の家だ。
「じゃあ」
「うん、ありがとう。――ちょっと待ってて」
言って、成美が店の中に入っていく。カウンターにいるおばさんに話しかけ、紙袋を受け取って、パンを二つ中に入れる。
その間、ぼくはガラス越しに目が合ったおばさんに軽く会釈した。
「はい」
出てきた成美が、紙袋を差し出す。
「いいのに」
「いいって。ママも言ってるから」
「悪いな」
成美はやたらぼくに食べものをあげたがる。おばあちゃんなのだろうか。
「じゃあ」
「うん」
ぼくは自転車のサドルにまたがる。と、
「おかえり!」
隣のおばさんが声をかけてきた。
今治タオルの小売店をやっているおばさんは、ぼくが小学生の頃、子供会の行事を仕切りまくっていた名物おばさんだった。今も樽みたいにどっしりした体格で、陽気な笑顔を浮かべていた。
「どうも」
ぼくも笑顔で応えたあと、ペダルを蹴った。みんながみんなのことを知っている。
そういう雰囲気が今治にはまだ残っている。
すぐに突き当たる交差点で信号待ち。道路を車がせわしなく行き交っている。
四国の海沿いというと、映画で観たような「海と島と生徒の少ない木造校舎」みたいなイメージをかつてはしていたけど、今治は普通の地方都市だ。
ただ道路がすごく広くて街並み全体が妙に見渡しよく、久しぶりに駅前に立ったときは住んでいた町との広がりの違いに体がふわふわした。東京と違うなぁと思ったのだけど、これがお台場や豊洲と同じ、海沿いの町特有の抜け感なのだとあとで気づいた。
信号が青になったので、横断歩道を渡る。
向かいからすれ違う、自転車に乗った中学生の女子二人。
そのどちらも、赤いラインの入った白いヘルメットをかぶっている。
今治ではよく見る姿だ。
小中学生まで自転車に乗るときは指定のヘルメット着用が義務づけられていて、高校生や社会人でも、指定のものではないもののかぶっている人が多い。
成美によると「基本イヤではありつつ当たり前という感覚」らしい。
今治はタオルが有名だけど、実は自転車の町でもある。
七月隆文・著/前康輔・写真
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