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「すげえな」 健吾がつぶやく――「天使は奇跡を希う」043
健吾の野球部の休みに合わせて、活動は毎週一度に決まった。
次の週には、今治タオルを作っている工場見学に行った。
記事の目的を説明すると、快く応じてくれた。
大きな部屋で、ぶ厚い駆動音に包まれている。
たくさんの工業機械が一定の早いリズムで動く響きは、大きな船の機関室(エンジンルーム)を連想させた。
緑色のリノリウムの床にタオルの織機が何列も設置されている。各機の上には天井から扇状に広がる糸の滝がつながっていた。
その滝の横では蛇腹のように折り重なった茶色いシートが垂れていて、ゆっくりとスクロールし続けている。
「あの天井で動いてる茶色いシートはなんですか?」
成美が背の高い工場長に聞く。
「あれで機械に命令を出してるんですよ」
言って、指さす。
「ほら、穴が開いてるでしょう? あれを読み取って、そのとおりに織機が動いてるんです」
「パンチカード、でしたっけ?」
ぼくは聞く。
「なんか昔の機械って、そういうのがあったって」
「そうそう。新しいやつはこういうんじゃないんですけど。柄を変えるときは別のに交換します」
成美がスマホのカメラを向ける。ぼくも向けて、撮った。
液晶の中でシートがスクロールし続けている。
「すげえな」
健吾がつぶやく。
たしかに、今でもこういう技術で動いてるんだ、と新鮮な驚きがあった。
「で、織られてるのが、これです」
下を向くと、制作中のタオルがあった。
「機織(はたお)りの要領ですね。縦糸に横糸を通してバンバンッて」
「鶴の恩返し的な?」
「そうそう。それを自動的にやってます」
弦楽器のように等間隔に張られた縦糸の上で棒が振動し、じわじわタオル地に変えていく。それはプリンターで写真を出力しているときの様子に似ていた。
成美が熱心に写真を撮っていると、工場長が、
「さわってみます?」
「いいんですか?」
「ええ」
言われて、成美は指先をそっとタオル地の上に置いた。
「……あっ、やわらかい……」
思わず出てしまったという、心地よさそうな声でつぶやく。
ぼくもふれてみた。たしかにやわらかい。さらさらでふわふわ。日頃使っているタオルよりもずっと高級だとわかった。
すると健吾が、
「……あっ、やわらかい……」
成美の真似をして、本人に睨まれていた。
七月隆文・著/前康輔・写真