ぼくたちの周囲には、白い霧が壮大に流れていた。「雲の中にいるみたいだね……」――『天使は奇跡を希う』026
階段を踏む足音が、広いコンクリート壁にたーんたぁんと響く。
つきあたりの踊り場から、緑に覆われた岸辺が見下ろせた。
薄い靄(もや)が流れている。陽が隠れ、空気が湿ってきていた。
「あっ、ほら、家がある」
海沿いにオレンジ色の屋根をした家がちんまりと見えた。
「ちっちゃい船が横付けされてるな。魚とか捕るのかな」
「捕り放題だね」
「海水浴も家から0分だな」
いいなぁ、と二人でつぶやく。
「曇ってきたね」
「ああ」
「ユーカの晴れ力(りょく)が足りないね」
なんてことを話しながら、ぼくたちは階段を上りきり、展望台へたどり着く。
見渡す瀬戸内海と島々が、白く煙(けぶ)っていた。
眼下の森と、海原と、天から零(こぼ)れたような島々――。
「あんなに長い橋を渡ってきたんだね」
海に横たわる来島海峡大橋が霞んでいる。
眺めているうちに霧がどんどん濃くなり、対岸の今治(いまばり)市街が見えなくなった。
ぼくたちの周囲には、白い霧が壮大に流れていた。
「雲の中にいるみたいだね……」
まさしくそんな気分だった。
視界は真っ白く包まれ、ぼくと彼女以外誰もいない。
まるで世界が終わって二人きりになったようだ、なんて言葉が浮かんだけど、さすがに恥ずかしいから口にはしない。
すると星月さんが天を仰ぎながら、
「空チカだね」
「駅チカみたいに言うな」
台無しだった。
七月隆文・著/前康輔・写真