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「ごめんなさい!」 星月さんが成美に手を合わせる。「土曜のアレとか今日のコレとかは略奪愛的なアレとかコレでは……」――「天使は奇跡を希う」036

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「こんなの、うかつに突っ込めないじゃない」

「だよなあ」

 成美にも星月さんの羽が見えていて、黙っていた理由もぼくと同じだった。

 ぼくと成美が同じクラスだったら、もっと早く確かめ合えていたかもしれない。ともかく、ファミマのわきでぼくは成美に事情を説明した。

「……天国に帰るためのミッション、か」

「ごめんなさい!」

 星月さんが成美に手を合わせる。

「そんなわけで、土曜のアレとか今日のコレとかは略奪愛的なアレとかコレではなく、新くわっ、」

 嚙んだ。

 新海くんと言おうとしたのだろう。

 星月さんはやっちゃったという感じで斜めに顔を伏せ、目を閉じている。

「嚙んだな」

 あえて言うと、星月さんがふっ、と吹き出す。

 そんな彼女のしぐさや表情を、ぼくは楽しい気持ちでみつめる。そのとき、

「私も協力したいんだけど」

 成美が言った。

 振り向くと、成美が星月さんに対して控えめで友好的な笑みを浮かべている。

「手伝えることはある?」

「めっちゃあると思う‼」

 星月さんが、成美の手をがしっと両手で包む。

「ありがとう村上さん!」

 バサッ! と翼が広がり、またぼくにぶつかった。

「あっ、ごめん」

「…………」

 ぼくは憮然としながら羽を摑む。

「きゃっ、えっち」

「うるせーよ!」

 そんなぼくたちのやりとりを、成美が無言で見ていた。

 なんとなく気まずくなって、仕切り直す。

「じゃあ行くか、今治城」

「うん。村上さんは今治城行ったことある?」

 星月さんが成美に聞く。

「毎年、初詣に。敷地に神社があるから」

「そうなんだ」

 ぼくたちは自転車の鍵を差し、ハンドルの向きを転じる。

 秋の淡い空を背景に、鈍色(にびいろ)の瓦と白い壁の威容が映えている。

「あの近くって、ちょっと海臭いよね」

「海だからね」

 成美がすかさず言う。

「今治城は『日本三大水城(みずじろ)』の一つ、堀に海水を引いた水城なの。なんで海水を引いたかっていうと、船を直接あそこまで入れるため。今治が海上の要所だからこその構造ね。城は築城の名手といわれた武将、藤堂高虎の手によるもので、各所に配置された枡形はじめ、彼の建築の特徴が色濃く反映されている。ちなみに堀に二匹のサメが迷い込んで、ニュースになったことがあるわ」

 押し寄せた蘊蓄(うんちく)に、星月さんが表情を止めている。

 成美は地元ラブで、たまに引くぐらい今治のことに詳しい。

「でもなんで、ぼくと成美にだけ見えてるんだろうな、羽」

 それが不思議だった。


七月隆文・著/前康輔・写真 

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