遠くへ行きたい。
遠くへ行きたい。
定期的にこういった思いが湧き上がってくる。
旅行が好きだ。
でも、だからといって、いつかは全国制覇したいとか、有名な遺跡を全部見ておきたいとか、そういう感情はない。
旅先で出会う人との一期一会に価値を見出しているかと言われるとそうでもない。
せっかくだからこれを食べておきたいなとか、ここに行っておきたいなとかはあるけど、それが絶対の条件になるわけではないのだ。
では、なぜ、旅行が好きなのかと考えた時、
やっぱり、「遠くへ行きたい」
この感情が根底にある気がしてならない。
ここでいう「遠く」とは必ずしも物理的距離のみを指しているわけではない。
食べ物だったり、景色だったり、身の回りのあらゆるものが、私の日常の生活から、遠く離れていればよい。
だから、近場で、ビジホに泊まるとか、そういうのでもよい。だって、頑張れば家に帰れるのに、そこに泊まるって、もう、日常から遠い行為だから。
逆説的な話になるかもしれないが、日常から遠く離れるという行為を定期的に行うためには、そもそも日常が日常として機能していなければならない。
だから、旅暮らしをしたらよいのでは?というのはちょっと違う。旅暮らしの人は、旅暮らしが日常なので、私が旅暮らしを始めてしまうと、旅行に行くことでは日常から離れるという行為を行うことができなくなってしまうからだ。旅暮らしの人がその日常から離れるためにはどうしたらいいのか、私にはあまりピンとこない。これは、由々しき事態である。
あと、実家に帰るという行為は、わりと微妙なところだ。一人暮らし生活にだいぶ慣れてきたので、実家という場所も非日常ではあるものの、やはり、何十年と過ごしてきた家で、何十年と過ごしてきた人たちと生活するのは、日常感を拭いきれない。
そんなわけで、今、絶賛遠くへ行きたい期の私は、それをどう実現するか思いを巡らせる。
まず、遠くへ行くためには時間が必要である。先述したとおり、大前提として日常は日常として機能させておく必要があるので、長期間仕事を休んで旅行に行くみたいな、日常に多大な影響を及ぼす旅は趣旨から外れてしまう。
必然的に、もともと休みである日を使って出かけることになる。基本的に連続した休みは2日間のことが多いので、1泊2日とか、そんな感じになる。
次に体力的な問題。遠くへ行った後はきちんと日常に帰ってこなければならない。休みの間中フルで活動していたら、その後の仕事を乗り切れる気がしない。休養が足りずに体調を崩したり、家事が溜まりまくって着る服や食べるものがないということになったり。そんなふうに日常が崩れるのはダメだ。そう考えると、例えば、土日が休みなら、金曜日の仕事が終わったら出発して、泊まって、土曜日に帰ってきて、日曜日は休養や家事に充てるみたいなのもアリか。
最後に金銭的な問題。現状、明日の生活が不安だみたいなレベルでお金に困っているわけではないけれど、豪遊する余裕があるかと言われれば全くない。私は、ネタで「最悪パンツ売ればいいや。」と言うことがあるのだが、先日、冷静に計算してみたところ、そんなに高収入を得られる感じではないことに気づいてしまった。アテが外れてちょっと謎に焦っている。
話を元に戻そう。
ふらっとアクセスの良い有名観光地に行って、夕食だけ食べて滞在時間1時間とかで帰ってくるみたいなのも、遠くへ行きたい欲求を満たすという面で見れば充分なのだ。
でも、お金に余裕が有り余っているわけではないので、交通費とか気になっちゃう。いつでも何度でもいけるほどのお金はないので、どうせ行くなら、一回の交通費でそれなりに楽しまないと気が休まらない。
あと、自分1人の欲求を満たすためだけにお金を使うというのも、ちょっと抵抗がある。自分で稼いだお金なんだから、好きに使えば?というのはもっともなのだけど、何度も言うように、無限にあるわけではないので。別のところでお金が必要になった時に金銭的な理由でそれを断ることになり「優先順位ミスったな。」と思うのではないかと言う恐れがある。誰かと一緒に行くとか、別の用事のついでに行くとか、もう一押し、自分の一時的な欲求を満たすこと以外の理由というか、大義名分が欲しい。
そんなわけで、結局どうなるのかと言うと、ちょっと頑張らないと帰れないかも、とか、ちょっと帰るのめんどくさくなるかも、みたいな用事がある時に、無駄にビジホ泊をしてみたりしている。
お金をかけずに、
疲れない方法で、
遠くへ行きたい。