【決算分析】ディップ株式会社 2025年2月期3Q【82点】
参考資料
ディップ株式会社 2025年2月期第3四半期決算短信(連結) 発表日2025年1月14日
企業概要
ディップ株式会社は、インターネット求人情報サイトなどによる人材サービス事業と、中堅・中小企業向けのSaaS型プロダクトでDX推進を支援するDX事業を両輪として展開している企業である。1997年の創業以来、インターネット求人情報サイトの提供を通じて、労働市場における様々な課題解決に取り組んできた。近年では、人材サービスだけでなく、SaaS製品群「コボット」シリーズを中心としたDX事業の成長にも注力しており、会社が掲げる「Labor force solution company」というビジョンに基づく事業展開を強化している。
創業時は求人広告の掲載を中心とするメディア事業が収益の源泉であったが、医療・介護領域のエージェント事業や新たなサービス群のリリース・M&Aなどを通じ、事業領域を拡大している。近年ではDXサービスを推進し、企業の採用活動や販促活動を支援するSaaSプロダクトの開発・販売を強化しており、IT投資による効率化・生産性向上などをサポートする存在としても市場での存在感を高めている。
ビジネスモデル
ディップ株式会社は主に下記の2つの事業セグメントで構成されている。いずれも企業の人材確保や効率化ニーズに対応したサービスを提供しており、人材不足や労働市場の流動化が続く日本の社会環境において、一定の需要を確保している。
人材サービス事業
メディア(求人広告)サービス
アルバイト・パート求人情報サイト「バイトル」
スポットバイトサービス「スポットバイトル」
正社員・契約社員向け求人情報サイト「バイトルNEXT」
総合求人情報サイト「はたらこねっと」
専門職特化型求人サイト「バイトルPRO」など
エージェント(人材紹介)サービス
医療専門職向け人材紹介サービス「ナースではたらこ」
介護職向け人材紹介サービス「介護ではたらこ」
いずれのサービスも知名度の向上とユーザー・顧客基盤の拡大を目指してプロモーションを実施しており、テレビCMなどを積極投入するなど広告宣伝面での投資を行っている。また、営業力・サービス開発力の高さを武器に顧客企業との関係を深め、リピート利用を狙う戦略を取っている。
DX事業
SaaS製品「コボット」シリーズ
面接日程の自動調整「面接コボット」
派遣会社の営業支援を行う「HRコボット」
採用ページの自動作成を支援する「採用ページコボット」
顧客企業の販促活動を支援する「集客コボット for MEO」など
このDX事業では、中堅・中小企業に着目し、シンプルかつ導入しやすい価格設計のSaaS商品を揃えている。主力の人材サービスの枠を越え、採用効率化・顧客誘導・業務の自動化といった幅広い領域のソリューション提供を目指しており、今後の成長エンジンと期待される領域である。
収益構造分析
(以下、数値はいずれも日本会計基準による連結ベースの2025年2月期第3四半期、すなわち2024年3月1日から2024年11月30日までの9か月分の実績を中心に記述する。)
売上高
2025年2月期第3四半期累計の売上高は426億52百万円(前年同期比6.0%増)であった。コア事業である人材サービス事業が堅調に推移し、DX事業も高い伸びを見せたことが、全体の増収に寄与している。
セグメント別には以下の通りである。
人材サービス事業
売上高:376億15百万円(前年同期比4.9%増)
メディア(求人広告)はバイトルシリーズなどの広告枠販売が比較的堅調に推移。医療や介護領域での採用ニーズは継続してあり、エージェントサービスの売上も底堅い伸びを見せた。
DX事業
売上高:50億37百万円(前年同期比14.8%増)
「面接コボット」「採用ページコボット」などを中心に採用支援領域のニーズ取り込みに成功。従来の経営資源を求人広告に集中していた企業も、採用を効率化する手段としてコボットシリーズを活用し始めており、拡販が進んだ。
売上総利益
連結ベースの売上原価は43億58百万円(前年同期比ほぼ横ばい)であり、売上総利益は382億94百万円。人材サービス事業の構造上、広告媒体におけるサーバー費・コンテンツ制作費などが売上原価に含まれるが、規模の拡大に比して売上原価はほぼ抑制されている。また、エージェントサービスでは紹介成約に伴う外部委託費等も一定発生するが、全体で見れば大きな変動はなく、売上総利益率は概ね90%前後と高水準で推移している。
販売費及び一般管理費
連結ベースの販管費は274億12百万円(前年同期比約5%増)。主たる要因としては以下が挙げられる。
新卒社員採用拡大による人件費や教育費の増加
出社を前提とする新オフィス開設に伴う設備投資や賃借料の増加
DX事業やメディア事業の広告宣伝費の増加
ただし、広告宣伝費については、引き続き効率化を意識して運用している模様で、大幅な販促費の爆発的増加はみられない。
営業利益
営業利益は108億81百万円(前年同期比10.8%増)であった。人材サービス事業が増収効果を実現しつつ、DX事業も高い利益成長を確保した。DX事業は売上自体は人材サービス事業と比べて小さいものの、SaaS型サービスは一定の収益率を確保できるビジネスモデルであり、伸びに伴って高い収益を出せる構造がうかがえる。
経常利益
営業外収益・費用には持分法投資損失や株式報酬関連費用が含まれるが、トータルで大きな変動はなく、経常利益は107億83百万円(前年同期比11.1%増)。営業利益増加の流れをほぼ引き継いだ形である。
親会社株主に帰属する四半期純利益
最終利益は73億61百万円(前年同期比7.8%増)。特別損益では投資有価証券評価損205百万円を計上した一方、投資有価証券売却益や固定資産受贈益などもあり、結果として税引前利益が増加。その上で法人税負担の増加はあるものの、当期純利益の伸びを確保している。
財務分析
ここでは連結ベース(日本会計基準)での2024年11月末時点の状況を示す。
総資産
総資産は479億58百万円(前期末比28億14百万円減)。現金及び預金が36億円ほど減少しており、その要因の一つとしては自己株式の大量取得などの財務活動による資金流出が挙げられる。また、ソフトウエアなどの無形固定資産が16億円増加しており、DXサービスの成長に向けた投資が進行中である。
負債
負債は132億54百万円(前期末比21億90百万円増)。増加項目としては未払法人税等の増加(約10億円)、その他流動負債の増加(約7億円)などが目立つ。資産除去債務も固定負債として増加しているが、その額は3億円程度とみられる。
純資産
純資産は347億03百万円(前期末比50億04百万円減)。大きな要因としては、利益剰余金が約20億円増えた一方で、市場買付による自己株式の増加が68億円以上発生しており、自己株式を大幅に取得したことが純資産の減少につながっている。
キャッシュ・フロー
営業活動によるキャッシュ・フロー
126億75百万円のプラス(前年同期比64億48百万円増)
税金等調整前四半期純利益が107億30百万円などの要因により、前年より大幅に増加した。
投資活動によるキャッシュ・フロー
41億24百万円のマイナス(前年同期比18億40百万円増)
無形固定資産の取得(37億69百万円)などに伴う投資キャッシュアウトが主因。
財務活動によるキャッシュ・フロー
121億72百万円のマイナス(前年同期比51億10百万円増)
自己株式の取得(70億49百万円)、配当金支払(52億71百万円)などによる大きな資金流出が特筆される。
期末の現金及び現金同等物は125億08百万円であり、前期末から約36億円減少している。
安全性・流動性
自己資本比率は71.5%(前期末77.3%)。自己株式取得により純資産が大きく減少し、総資産もやや減少したため、自己資本比率自体も低下しているが、依然として70%を上回る水準であり、財務的には十分に安定感がある。大きな有利子負債は示されておらず、借入リスクは低いとみられる。
バリュエーション指標の評価
以下は2025年1月14日時点の株価2498円をもとに概算した指標である。なお、発表時点の最新株価や予想EPSは市場コンセンサスや会社予想と食い違いが発生する可能性があるため、参考数値として読み取られたい。
PER(株価収益率)
会社計画ベースの当期純利益(2025年2月期通期予想)が89億円。期中平均株式数を55百万株程度(自己株式の取得によりやや減少傾向)とすると、EPSはおよそ160円前後である。株価2498円で試算するとPERは15.6~15.7倍前後とみられる。過去における同社の水準から考えると、おおむね中立的~やや割安感がある数値水準と考えられる。
PBR(株価純資産倍率)
純資産が347億円、自己株式を控除した株主資本を約340億円程度とみて、発行済株式が6028万株程度(自己株式780万株超)だが、実質的な流通株式数はもう少し低い。PBRを株価ベースで算出すると、1倍台後半~2倍弱の水準と推測される。ディップは主にインターネットサービス業に属し、無形固定資産の比率が高いことなどを踏まえると、この水準は総合的には中位レベルといえる。
ROE(自己資本利益率)
当期純利益が通期で約89億円前後、自己資本が期末で300~340億円程度と考えると、ROEは25~30%程度の高い水準が見込まれる。既存事業では営業利益率が高く、DX事業への投資も成果が出始めていることで、高ROEを維持している点が評価ポイントである。
EV/EBITDA
詳細な有利子負債の情報が見当たらないが、実質的には無借金に近い構造と推定され、キャッシュ・同等物を差し引いたEVは株価時価総額よりやや低い水準と考えられる。EBITDAは営業利益(約134億円予想)+減価償却費(通期約35億円想定)で170億円前後を念頭におくと、EV/EBITDAはおおむね10倍台半ばになる可能性がある。インターネット関連企業の中では比較的リーズナブルな領域といえそうだ。
PEGレシオ
中期的なEPS成長率が一桁後半~10%程度を見込むとして、PER15~16倍に対して成長率も10%前後であればPEGは1.5程度か、それ以下になる。投資妙味として絶対的に割安とまではいえないが、成長率や事業継続性を加味するとほどほどのバランス感にある。
変化点
自己株式の取得
2024年1月25日の取締役会決議、2024年6月3日取締役会決議などで、合計70億円以上の自己株式取得を実施。これが純資産の減少・自己資本比率低下につながった。
新オフィスの開設
出社を推奨する働き方を方針とし、新人教育やコミュニケーション活性化を図る狙いがうかがえる。コロナ禍から回復し、対面での営業活動や広告プロモーション強化にも寄与すると見られる。
DX事業ラインナップ拡充
「採用ページコボット」「集客コボット」などSaaSの新サービスが増え、市場投入も継続的に行われている。DX事業全体の売上比率はまだ小さいが、高い伸び率で今後さらに事業ポートフォリオ内での存在感が高まりそうである。
会社としては人的投資やプロダクト開発を進めており、同社のコアである人材サービスをより強固にしつつDXシフトを加速させる方向性が読み取れる。
投資家に対する施策
配当方針
前期配当88円に続き、今期は通期予想で95円(中間47円・期末48円)の予定としており、前期からも増配を予定している。株主還元の姿勢は依然として高い。
自己株式取得
既述の通り、積極的な自己株式取得によりEPSの向上を図る姿勢がある。これは市場価格が割安圏にあると会社が判断している可能性があり、既存株主にとっては一株あたり価値の向上要因である。
考察
ここでは第3四半期(2024年3月~2024年11月)の数字を、今期通年や来期を含め中長期の視点で考察する。
人材サービス事業の先行き
労働人口の減少という構造的背景の中、アルバイトやパート人材への需要は引き続き根強い。インバウンド需要や飲食・サービス関連の求人も再活性化しており、同社メディアの取り扱いも安定成長が見込まれる。一方で、コロナ禍の教訓から募集企業は採用単価を抑える傾向もあるため、市場全体の伸び率はやや慎重な見方をする必要がある。医療・介護領域のエージェントサービスは今後も需要拡大が予想されるが、競合も多いため、サービス差別化が引き続き課題になるだろう。
DX事業の拡大余地
採用効率化や販促支援のSaaSとして立ち上げたDX事業は、相対的に市場規模が大きいとはいえないものの、ユーザー企業への導入ハードルが低く拡販のスピードは速い。特に中堅・中小企業の人手不足や労務管理負担は深刻化しており、自動化・最適化ニーズが急伸する可能性がある。さらなるSaaS機能開発や既存サービス間の連携を強化できれば、DX事業の売上比率が一層高まる余地がある。将来的に、DX事業のサービスラインナップ拡大や他社との業務提携による「企業全般のトータル支援」が可能になれば、M&Aを含めたさらなる成長ステージが期待される。
M&Aや事業売却の可能性
現時点で大きなM&Aの動きや事業売却の発表は見当たらないが、同社が成長を加速させる上で、競合企業や技術力を持つスタートアップへの投資・買収の余地は大いにあると考えられる。また、自己株式取得を積極的に実施していることから、余剰資金をどの程度成長投資に回すかも今後の焦点となる。企業価値向上と株主還元のバランスをどこまで同時に実行できるかが、中期的な課題だといえる。
TOBを受ける可能性
同社の安定的なキャッシュ創出能力や高い財務安全性、さらに株価バリュエーション水準を踏まえると、海外のPEファンドや国内事業会社によるTOBの可能性も完全には否定できない。ただし、創業以来の経営陣が依然として主導権を握り、株式の保有状況も同社独自の施策により安定しているとみられる。そのため、TOBを起こされる蓋然性は低めとはいえ、自己株式取得に伴い流通株式数が徐々に減る中、さらなる株式の需給バランスの変化には注意しておきたい。
今後ウォッチすべきポイント
人材サービス市場における景気動向と、企業の採用予算の拡大・縮小
DXサービスのユーザー数・新規開拓ペースおよび1社当たりの利用単価の推移
自己株式の追加取得や配当方針の変更によるEPS向上策
新たな領域(IT人材や海外展開など)への進出動向
競合との提携・M&Aによる成長路線の加速
総合評価
今回の2025年2月期第3四半期決算は、売上高・営業利益ともに前年同期を上回り、通期計画に対しても順調な進捗を示している。特に営業利益は約10.8%増と堅調であり、最終利益も増加している点が評価できる。DX事業の成長率が引き続き高いこと、人材サービス事業も底堅い市況に支えられて堅調に推移していることなど、安定成長と新成長エンジンの両面がバランスよく拡大している印象である。
また、配当や自己株式取得による株主還元も積極的であり、資本政策の巧拙はあるものの、一株あたりの利益・価値を高めようとする姿勢が感じられる。ただ、自己株式取得に伴う純資産減少で自己資本比率は低下しているため、今後の投資余力や財務リスク管理にはより注意が必要となる。
収益性・財務健全性・バリュエーションのバランスを総合的に評価した結果、今回の決算における点数を82点とする。売上、利益水準ともに順調な伸びを確保しているが、配当金の引き上げや自己株式の買付水準を長期的にどう評価するかは慎重な分析を要する。とはいえ、同社の本業の成長と株主還元姿勢は十分に高い水準で、堅実な得点を与えられる内容となった。
投資判断のポイント
成長安定性
人材サービスは引き続き緩やかな成長。医療・介護領域の深耕により底堅い需要が期待される。
DX事業は比較的小さな売上規模だが、マーケットとしては今後大きな成長が見込める分野であり、同社の既存顧客網を生かした拡販に期待が持てる。
バリュエーション
PER15~16倍程度、ROE25%超と収益性は高い。継続的な自己株式取得によりEPS向上が進む余地がある。
株価影響要因
自己株式取得を追加実施する場合は需給面で株価の下支え要因になる可能性がある。
仮に景気後退などで求人広告の出稿が減速すると、人材サービスの広告収入が落ち、短期的に業績に影響が出るリスクがある。
DX事業で想定以上の顧客獲得ができると、成長率上振れによる株価上昇が見込める。
中長期視点
高い自己資本比率と多額の現金保有を背景に、今後のM&Aや新サービスへの投資余地がある。
安定配当方針に加えて自己株式取得を通じた還元を継続する可能性が高く、投資妙味を維持しやすい銘柄といえる。
まとめ
ディップ株式会社は、2025年2月期第3四半期においても継続成長を遂げており、四半期累計での売上高や営業利益の増加は通期計画に対する順調な進捗率を示す。本業の人材サービス事業は安定性が高く、一方でDX事業も14~15%の伸び率を確保し、新たな事業の柱として今後のさらなる拡大が期待できる。財務的な安定感も比較的高い水準にありながら、積極的な株主還元によるEPSの向上が図られている点で、株価にとってもプラス要因が多いと言える。
注意点
本レポートは、個人の分析に基づく見解であり、記載されたいかなる内容も、将来の投資収益を示唆あるいは保証するものではありません。投資に関する最終決定はご自身の判断と責任でなされるようお願いします。