【決算分析】北興化学工業株式会社 2024年11月期4Q【80点】
参考資料
北興化学工業株式会社 2024年11月期決算短信(日本基準)(連結) 発表日2025年1月14日
企業概要
北興化学工業株式会社は農薬、ファインケミカル(樹脂添加剤・電子材料原料など)、繊維資材といった事業分野を展開している化学メーカーである。特に農薬分野においては国内外への販売を行い、水稲向けや園芸向けの製品で高い販売実績を持つ。ファインケミカル分野では、医農薬中間体の製造に加え、半導体業界などで利用される高機能材料等を提供している。また繊維資材事業では産業用繊維素材などの販売を手がけ、グループ内子会社とのシナジーを図りながら事業を推進している。
同社グループは当社および連結子会社5社、非連結子会社1社によって構成されている。事業活動においては「農薬事業」「ファインケミカル事業」「繊維資材事業」を中核とし、国内と海外の双方で積極的な展開を行っている。決算については日本基準を採用し、連結ベースの数値を公表している。
ビジネスモデル
農薬事業
農薬事業では、水稲用農薬や園芸用農薬、農薬原体などの製造・販売を行っている。国内では主にコメ向け・園芸向けで確固たるポジションを築いており、全国農業協同組合連合会(JA全農)などの大手卸を通じて国内農家へ浸透させてきた。また海外市場においては、ブラジルやインドをはじめとする農薬需要の大きな地域に販路を拡大し、登録国の追加取得を進めながら海外売上比率を高めている。農薬事業は同社の柱となる事業の一つであり、世界的な人口増加に伴う食糧需要の拡大の恩恵を受ける構造でもある。
ファインケミカル事業
ファインケミカル事業では、樹脂添加剤や医農薬中間体、電子材料原料など多様な製品群を展開している。特に半導体・電子材料分野では、世界各地の半導体メーカーが大規模な設備投資を行っており、高性能基板材料や新素材への需要が高まっている。これに対し同社は研究開発体制を整え、付加価値の高い独自製品の提供に注力している。一方、同セグメントの事業子会社である張家港北興化工有限公司(中国江蘇省)では、主力品目の一つである石化用触媒(TPP)の販売を行っており、中国国内向け需要や輸出に対応している。
繊維資材事業
繊維資材事業は産業用繊維素材などを取り扱っている。同社グループにおいては農薬・ファインケミカルと比べると規模は小さいが、工業用途や衣料用途などで一定の需要が見込まれている。近年は原材料高や為替の円安による仕入価格上昇など逆風もあるが、新規顧客の開拓や環境対応型繊維素材など新商品の投入による販路拡大を目指している。
収益構造分析
ここでは連結ベースの2024年11月期(2023年12月1日~2024年11月30日)の決算において、売上高・営業利益・経常利益・親会社株主に帰属する当期純利益などの主要指標を取り上げる。なお、日本基準に準拠し、営業利益・経常利益・当期純利益の区分で公表されている。
売上高: 46,195百万円(前期45,227百万円、前年同期比+2.1%)
営業利益: 4,540百万円(前期4,417百万円、同+2.8%)
経常利益: 5,691百万円(前期5,474百万円、同+4.0%)
親会社株主に帰属する当期純利益: 4,006百万円(前期3,724百万円、同+7.6%)
上記の通り、売上高は2.1%の増収、各利益段階でも2~7%台の増益を実現している。為替レートの円安影響や農薬事業の海外向け販売増加、有価証券売却益の増加も寄与した形である。
セグメント別動向
農薬事業
売上高:26,658百万円(前年同期比+2.8%)
営業利益:405百万円(前年同期比+527.5%)
国内の水稲剤・園芸剤が堅調だったうえ、ブラジルやインドなど海外需要も伸長した。為替の円安基調もプラスに働いた結果、売上高は伸びた。営業利益は前年同期比大幅増であり、売上高の増加とコスト構造の改善効果が出てきたと思われる。
ファインケミカル事業
売上高:17,607百万円(前年同期比+0.8%)
営業利益:4,060百万円(前年同期比△4.9%)
医農薬中間体は取引先の需要変動もあり伸び悩んだが、一方で電子材料分野は堅調に推移した。中国子会社における国内販売も増えた。しかしながら、中国子会社の主力品目である石化用触媒(TPP)は価格競争が激しく、物流費も増加。これが利益圧迫要因となり、営業利益は前年を下回った。
繊維資材事業
売上高:1,919百万円(前年同期比+5.8%)
営業利益:89百万円(前年同期比△4.8%)
産業用繊維素材の販売が増加し、売上高は堅調に推移。しかし販管費の増加や原材料のコストアップなどが重なり、利益面はやや減少した。
財務分析
総資産
2024年11月期末の連結総資産は65,322百万円であり、前期末(67,479百万円)比で2,157百万円減少した。
主な要因として、商品および製品や投資有価証券の減少が挙げられている。
負債
連結負債合計は19,124百万円で、前期末比1,585百万円減少。支払手形および買掛金の減少、繰延税金負債の減少などによるものである。
純資産
連結純資産は46,198百万円となり、前期末比で572百万円減少した。有価証券評価差額金の下落分が、当期純利益の積み上げを一部相殺している。
キャッシュフロー
営業活動によるキャッシュフロー: +6,073百万円(前期+4,834百万円)
税金等調整前当期純利益の増加や棚卸資産の減少がプラス要因となっている。
投資活動によるキャッシュフロー: △1,310百万円(前期△1,980百万円)
有形固定資産取得の支出はあるものの、有価証券売却収入などにより支出超過幅は縮小。
財務活動によるキャッシュフロー: △1,771百万円(前期△1,121百万円)
金銭信託方式による自己株式取得と配当金の支払いが主な支出要因。
期末現金及び現金同等物: 9,707百万円(前期比+3,079百万円)
営業活動CFが改善しており、一定の資金余力を確保している。一方で自己株式の取得も実施しており、財務活動CFはマイナス幅拡大傾向であるが、自己株式取得による株主還元姿勢を示しているといえる。
安全性・流動性
自己資本比率: 70.7%(前期69.3%)
キャッシュ・フロー対有利子負債比率: 0.2年
インタレスト・カバレッジ・レシオ: 242.1倍
自己資本比率は70%を超え、流動資産も潤沢である。借入金依存度が低く、キャッシュフローが十分に生み出されているため、短期的な資金繰りリスクは極めて低いと考える。長期的にも、有利子負債に対するキャッシュフロー比率が0.2年程度と短期で返済可能な水準にあり、財務安全性は高いといえる。
バリュエーション指標の評価
ここでは時価総額から計算されるPERなどの株価指標を考慮し、投資検討に資する内容を取りまとめる。ただし2025年1月14日終値1,253円で計算し、発行株式数は自己株式を除く約2,662万株(2024年11月期末時点の発行済29,985,531株から自己株式3,371,380株を控除)と仮定して試算を行う。
時価総額: 約1,253円 × 26.6百万株 = 約333億円
2024年11月期の連結当期純利益: 40.06億円
PER(株価収益率) = 時価総額 / 当期純利益 ≒ 8.3倍
連結純資産(2024年11月期末): 461.98億円
PBR(株価純資産倍率) = 時価総額 / 純資産 ≒ 0.72倍
ROE(自己資本利益率): 当期純利益 / 自己資本(期中平均と仮定して概算)
期中平均自己資本を約465億円程度と想定すると、ROE ≒ 8.6~8.7%
これらの数値からは、PERが約8倍台、PBRが1倍を下回る水準にあり、バリュエーションは割安と評価できる余地がある。しかし投資有価証券の評価益や一時的要因による利益上振れも含まれているため、実際には本業の稼ぐ力に基づく収益力を見極める必要がある。ファインケミカル事業の成長余地や農薬事業の海外展開の進展次第では、将来的なEPSのさらなる上振れが期待される一方、中国における価格競争の激化が長引けば業績の伸び悩みリスクもある。
EV/EBITDAやPEGレシオなどについては具体的な詳細開示がないが、営業利益ベースの成長性に着目すると前年よりやや伸びを取り戻しつつあるものの、ファインケミカルの利益減が響く部分もあった。そうした点から、将来的には電子材料分野の需要拡大が継続するか、あるいは中国事業におけるコスト増圧力が緩和するかどうかがバリュエーションの判断材料になりやすい。
変化点
セグメント別収益構造の変化
ファインケミカル事業の営業利益が減少した一方、農薬事業の営業利益は大きく伸びた。会社としては農薬・ファインケミカルを両輪と位置づけているが、今期は農薬側が牽引した格好である。ファインケミカルを巡る中国の価格競争激化については継続的に注視が必要である。
有価証券売却益の増加
特別利益として投資有価証券売却益が198百万円計上されている。さらに評価差額金は株式市況動向により大きく増減する点にも注目すべきであり、同社はこれまでにも保有株の一部売却を進めてきた経緯がある。持ち合い解消や投資有価証券のさらなる売却によって資本効率を高める方向に動く可能性もある。
自己株式の取得
金銭信託方式を利用して自己株式を取得しており、財務CFで約1,013百万円が自己株式取得目的として支出されている。これは、株主還元策の一環であり、中期的にも累進配当と並行して自社株買いが継続される可能性はあるとみられる。なお、同社は2024年度から始まる第2次3ヵ年経営計画(2nd Stage)においても、株主還元姿勢を維持する方針を明確にしている。
投資家に対する施策
配当は累進配当方針を掲げており、2024年11月期で年間32円(中間16円、期末16円)を実施。2025年11月期は年間40円(中間20円、期末20円)と大幅な増配を予想している。また、同社は配当性向の向上を意識しながら、自己株式の取得も組み合わせて株主還元を充実させる考えを持つとみられる。こうした対応は投資家にとってポジティブな要素である一方で、海外販路拡大や研究開発投資など成長投資とのバランスをどこまで保てるかが焦点となる。
考察
ここでは農薬事業・ファインケミカル事業を中心に、今後の業績・企業価値に大きく影響を与えうる要素を掘り下げて考察する。
農薬事業の成長可能性
国内市場は高齢化や担い手不足により耕作面積の減少が続いているが、農作業の省力化ニーズや園芸作物における高収益作物へのシフトなど、一定の需要は存続すると考えられる。一方で海外については世界的な食料需要拡大に伴い農薬需要が引き続き底堅い。特に人口増加が著しい新興国では農薬消費量の伸長が期待される。今後も登録国を増やしつつ、ブラジルやインド以外の地域へ展開を広げれば、さらなる成長チャンスがある。
同社は農薬原体の受託や自社製品開発も続けており、水稲だけでなく園芸用途(野菜・果樹など)の分野にも注力している模様。国内では競合他社との熾烈な販売競争が続く可能性があるが、同社独自の製品ラインナップと海外販売で差別化を図る動きが加速すれば、収益拡大が見込める。
ファインケミカル事業における中国リスク
中国子会社が主力とする石化用触媒(TPP)の価格競争が激しく、同社の利益を圧迫している。今後も中国国内景気の不透明感が続けば、価格競争によるマージンの低下や需給変動の影響を受ける可能性がある。中国政府の化学品規制強化など外部環境によるリスクも含め、一定の利益減に備えたコスト構造改革を進める必要があるだろう。逆に中国景気回復やコスト環境の改善が進めば大幅な増益も期待できるため、ボラティリティが高い領域といえる。
半導体向け電子材料分野の拡大余地
ファインケミカル事業のうち電子材料分野は、車載用半導体やIoT需要の拡大に伴い長期的な成長が期待される。米国や台湾、日本などで大規模な半導体工場新設計画が続々と発表されているが、実際の生産開始は数年かかる見込みであり、一時的には半導体市況の在庫調整などで波がある。しかし、高度化した半導体向け材料を提供できる同社の技術力が評価されれば、中長期的に安定した需要を取り込める可能性が高い。今後の研究開発への投資状況や製造拠点の生産能力増強を注視したい。
M&A・事業売却の可能性
農薬やファインケミカル分野において、国内外の大手化学メーカー間での再編や提携の動きが活発化している。北興化学工業株式会社としても、さらなる研究開発力やグローバル販売網強化を狙ってM&Aや提携を検討する可能性がある。また、非中核資産の売却による財務体質の強化やポートフォリオの見直しにも取り組む余地があるだろう。実際に投資有価証券を随時売却している実績があるため、将来的に大きなM&Aや事業売却が行われる可能性は否定できない。
配当・自社株買いの強化と投資余力の両立
累進配当を掲げて毎期増配を行う方針を明確化しており、2025年11月期は年間40円配当を予想している。一方、自社株買いも行いながら、ファインケミカル事業での研究開発や設備投資、農薬事業の海外展開強化への投資も必要になってくる。同社は財務体質が安定しているため、ある程度は両立できるとみられるが、世界的な金融環境や原材料価格の変動など不確定要因も多い。投資家としては、配当や自社株買いと成長投資とのバランスが今後どのように推移するか注視が必要となる。
総合評価
80点
今回の決算(2024年11月期)では売上高、営業利益、経常利益、当期純利益がそれぞれ前年を上回り、通期計画に対しても概ね順調と評価できる。純利益ベースでは前年を7.6%上回り、海外販売の伸びや円安効果もポジティブに作用した。バリュエーション指標ではPERが8倍台、PBRが1倍未満と相対的に割安水準である。これら定量面から判断すると、財務の健全性や利益体質は良好であり、株主還元への積極姿勢も評価できるため、総合得点は80点とした。
投資判断のポイント
農薬事業の海外展開拡大
農薬の需要が引き続き大きいブラジル・インド向けに強化を図っており、海外販売比率をさらに引き上げられるかが中期的な株価評価のポイントとなる。ファインケミカル事業の収益性回復
中国における価格競争の継続が短期的な重しになっている。電子材料分野などの成長とコスト対策による収益改善が見えてくれば、株価押上げ要因となる可能性がある。累進配当方針と自社株買い
2025年11月期の配当予想は年間40円と大幅な増配を予定している。加えて自己株式の取得も継続する可能性が高く、株価の下支え材料になると考えられる。有価証券売却等による経営効率化
さらなる保有株式の売却や持ち合い解消が進めば、財務効率化やROE向上が実現する可能性がある。半導体需要の波動リスク
半導体市況のサイクルが不透明な中、ファインケミカル事業の業績変動リスクは大きい。自動車の電動化やIoTの普及で長期的には伸びが期待されるが、短期的には市況に左右される可能性がある。
まとめ
北興化学工業株式会社は農薬事業とファインケミカル事業を主要な収益源としながら、繊維資材事業などを合わせた事業ポートフォリオを形成している。2024年11月期決算は連結売上高46,195百万円、営業利益4,540百万円と堅調だった。農薬事業の海外拡販や円安メリットがプラスに作用し、国内も水稲剤・園芸剤が堅調だった。一方でファインケミカル事業では中国での価格競争や物流費増の影響が利益をやや押し下げた。
財務面ではキャッシュフローも強く、自己株式取得や配当を通じた株主還元が手厚くなっている。今後は累進配当を基軸とした還元策を掲げつつ、農薬事業でのさらなる海外展開、ファインケミカル事業での収益力強化がどこまで進むかが投資家の注目点といえる。投資有価証券の売却やM&Aなど、ポートフォリオ最適化を狙う動きが活発化する可能性もある。これらを総合的に勘案すると、株価は割安とみられる水準ではあるが、中国リスクや半導体市場の変動など外部要因には引き続き留意が必要だ。
注意点
本レポートは、個人の分析に基づく見解であり、記載されたいかなる内容も、将来の投資収益を示唆あるいは保証するものではありません。投資に関する最終決定はご自身の判断と責任でなされるようお願いします。