陰口
(またか……)
正直ウンザリしていた。
社員が集まってヒソヒソと話をしている。
何を話しているかはわからない。
けど、想像はつく。
きっと私の悪口だろう。
自分で言うのも何だが、私は可愛くない。
もちろん美人でもない。
オシャレでもないし、愛嬌もない。
良くも悪くも普通だ。
当然、話も下手だ。
面白い話はできないし、かと言って聞き上手でもない。
当たり障りのない態度で、問題にならない程度に仕事をしている。
居るか居ないか分からないくらいの存在感。
つまりまぁ、ネタになりやすい人種だ。
だから、社員がヒソヒソ話すときは、きまって私の悪口を言っている。
暗そうとか、面白みがないとか……。
そんな感じの話をしているはずだ。
「ヒソヒソ、ヒソヒソ」
陰口を言われるのには慣れている。
慣れているけど、何を言われているのかは気になる。
陰口が聞こえれば、対処することもできる。
上司に言って、止めさせることもできるだろう。
だから、聞こえないのがもどかしい。
大体、ヒソヒソ話すなんて卑怯だ。
それがどんなに私を傷つけるのか、アイツラは分かっていない。
言いたいことがあるなら、直接言ってくればいいのに!
まぁ、直接言われたら、言い返せないとは思うけど……。
でも、卑怯だと思う。
たから私は陰口に悩んでいた。
なんとかしたいと、本気で思っていた。
ある日のこと。
いつも通り帰り道を歩いていると、商店街の奥に店があることに気がついた。
クリーニング店の横の道を入って、真っ直ぐ進んだ突き当り。
そこに、昭和を思い出させる駄菓子屋のような店がある。
(あんなとこにお店?)
不思議に思いながら、狭い道を歩いていく。
そして、駄菓子屋のような店に入った。
その店の中には、机と椅子があるだけだった。
商品は何も無い。
外から見ると駄菓子屋のように、沢山商品があるように見えたのに、店の中には机と椅子しかなかった。
(なんだろう、ここ)
不思議に思っていると、奥から人が顔を出した。
いや、人じゃない。
三角に尖った耳がある。
犬のような口。
黄色い毛。
切れ長の目。
……あれは、キツネだ。
「いらっしゃい」
不意に声をかけられた私は、その場で尻もちをついた。
「おやおや、大丈夫かい?」
「は、はい」
二本足で歩くキツネが喋っている。
それだけでもびっくりなのに、心配までされてしまった。
「ま、おかけよ」
そう言われて、私は椅子に座った。
「あの……」
「いいから。悩みがあるんだろう?」
「え?」
「ここはね、悩みのあるヤツしか来ないのさ」
そう言うと、キツネはそっと私の方に手を伸ばした。
咄嗟に身構える私。
「あー、ごめんよ。驚かせてしまったね。でも、こうしないとわからないんだ。手で握ってくれるかい?」
そう促され、そっとキツネの手を握る。
温かいその手は、まるで人間のようだ。
「なるほどね」
「なるほどって、わかるんですか!」
「そりゃわかるさ。私が何年生きていると思ってるんだい?」
状況が読み込めないまま、キツネの話を聞いていた。
「アンタ、陰口に悩んでるだろ?」
ズバリだ。
「そ、そうです! 職場の陰口に悩んでいて……全部聞こえたらいいのになって」
「そうかい。そうだろうね。ちょっと待ってな」
そう言うと、キツネは店の奥へ入っていった。
あのキツネはなんだろうか。
二本足で歩いて、悩みをピタリと言い当てた。
(占い師かな? キツネの被り物をして、ソレっぽく見せているとか、そんな感じ?)
私は無理やり理由をつけて、納得しようとした。
日本語で話して、二本足て歩く。
そんなキツネが、居るわけがないからだ。
しばらくすると、キツネはなにかを持って戻ってきた。
「あんたの悩みには、これがいいかもね」
そう言うと、机の上に小さな箱をおいた。
そっと蓋を開ける。
中には、補聴器のようなイヤホンのような物が入っていた。
「これは?」
「これはね、遠くの音が聞こえる道具さ。耳にいれるだけで、100メートル先で落ちた針の音が聞こえるようになる」
「すごい……」
「だろぅ? つまり、陰口か全部聞こえるってことさ」
ドキドキしていた。
ワクワクもしていた。
陰口が聞こえれば、対処できる。
惡いところを直せば、みんなと仲良くできる。
職場の仲間として、受け入れてもらえる。
そう思えた。
「こ、これ……」
「貸してやるから、使ってみな」
「いいんですか?」
「いいさ。人の悩みを解決するのが、私の仕事だからね」
「あの、いくらですか?」
「ん? んー。そうだな、油揚げ5枚ってとこかな」
「油揚げ? お金じゃなくて?」
「そうさ、報酬と言ったら油揚げだろ」
報酬と言ったらお金では?
と思ったが、言えなかった。
「わかりました。油揚げ、買ってきますね」
「おう、そうしてくれ」
私は商店街に戻ると、無添加の油揚げを買ってキツネのところに戻った。
そして、補聴器っぽい道具を借りた。
(本当にキツネかも……)
なんて思った。
けど、口には出さない。
そんなことは、私の悩みに比べればささいな事だと思えたからだ。
翌日。
「ヒソヒソ、ヒソヒソ」
今日も陰口をたたいている奴が居る。
どんだけ暇なんだろうと思う。
私はキツネから借りた道具を耳に入れた。
足を止めて陰口に耳を傾ける。
「なぁ、聞いたかあの話」
「あぁ、聞いた聞いた。ありえないよな」
びっくりするくらいクリアな音で、陰口が聞こえる。
まるで、耳元で話をしているかのようだ。
「あれだろ、部長が……。おい、あれ……」
「あ、何だよ? あー、あれか」
陰口を言っている2人の様子がおかしい。
「見ろよ、あいつ。足を止めて聞き耳立ててやがる」
「だな。分からないとでも思ってるのかね」
何だ。
だれか、聞き耳を立てているやつが居るのか?
「うわ、気持ち悪」
「ホントだよな。向こう行こうぜ」
誰だか知らないけど、聞き耳を立てている人のせいで、肝心なところが聞けなかった。
その日の昼休み。
「ヒソヒソ、ヒソヒソ」
また、陰口をたたいている人を見つけた。
今度は、通路の影に隠れて道具を使う。
「ねぇ、聞いた、あの話」
「聞いた聞いた。部長でしょ?」
「そうそう、部長がさー」
「まって! ほら、あれ」
「あれ? あーあれ」
「ありえないよね。あんなふうに潜れて聞き耳立てるなんて」
「ホントホント。人の話聞いて何が面白いんだか」
また聞き耳を立てている人がいる。
そのせいで、陰口を聞くことができない。
私は聞き耳をたてている人を探そうと、周りをみた。
けど、それっぽい人はいない。
「うわ、キョロキョロしてるよ」
「私聞いてませーんってか」
「まじか。モロバレだから」
そう言って、陰口を言っていた2人がこっちを見る。
影に隠れていたはずの私と目があった。
「うわ、目があったよ」
「もう良いよ、いこ。」
何だろう。
聞いていることがバレている気がする。
その後も似たようなことが何度もあった。
そして……上司に呼ばれた。
「なんで呼ばれたか分かるか?」
「いえ、わかりません」
「そうか……。あのな、お前が聞き耳を立てていて気持ち悪いって言うやつが、沢山いるんだよ」
意味がわからなかった。
私は陰口を聞いて、対策を立てたかっただけだ。
なのに、聞き耳をたてているのが気持ち悪い?
どういうことだろう。
そんな私の気持ちをよそに、上司の質問は続いた。
「なんで聞き耳なんて立てるんだ?」
「私の悪口を言っているからです。だから、証拠を抑えようと」
「……。なぁ、何で悪口を言っているって分かるんだ?」
「ヒソヒソ話をしているからです」
「それが何でお前の悪口になるんだ?」
「この会社でヒソヒソ話すのは、それは私の悪口でしょう? 影が薄くて見た目も普通で、陰口を叩くには最適なポジションじゃないですか」
私はいかに蔭口を言われやすいか説明した。
陰キャなこと、目立たないこと、反撃されないことなどを、事細かに話した。
「はぁ……。なぁ、それって、ただの被害妄想だろ」
「違います! みんなのヒソヒソ話は私の悪口なんです!」
「証拠は? 聞いたことあるのか?」
「ありません」
「ないんだよな?」
「ないです」
「じゃぁ、お前の陰口とは言えないだろ」
「でも、私のキャラが……。それに、言いやすいし……」
「……。みんなが話していたのは、人事についてだ。部長を外の会社から迎えるって話があってな」
「……」
「わかるか? お前の話をしていたやつは、1人もいないんだ」
「それは、嘘をついているんです。怒られたくないからです!」
「ふぅ~……」
上司は深くため息を付くと、強めに言った。
「いいか、お前の陰口を言っている奴は1人もいない。陰口を言われているってのは、お前の妄想だ。誰もお前に興味を引く持っていないんだよ!」
信じられなかった。
そして、ものすごくショックだった。
ヒソヒソ話すときは、私の話をしていると思っていたから、なおさらショックだった。
「自信過剰もいい加減にしてくれ。見た目も何もかも普通だって言うお前の、何を話すっていうんだ」
「だから、ヒソヒソ話には都合の良いポジションで……」
「それこそ妄想だろ。そこまでお前に興味を持っているやつなんて、居ないんだよ」
私はキツネから借りた道具を耳に入れた。
ここで上司と揉めているなら、私のことを話している人がいると思ったからだ。
その話さえ聞ければ、上司の言葉を否定できる。
私が陰口を言われているって証明できる。
そう思った。
「なぁ、おい」
上司の言葉を無視して、全神経を耳に集中する。
聞こえてきたのは今日のお昼の話とか、仕事の悩みとか、そんな話ばかりだった。
大きな声で上司と話しているのに、それを話題にしている人は誰も居なかった。
(そんな……。私はヒソヒソ話に丁度いいキャラで、陰口を言われていて……。なのに、こんなに大きな声で揉めているのに、誰も気にしていないなんて……)
ガクッと、膝から崩れ落ちた。
「はぁ……。いいか、みんな忙しいんだ。誰か1人にかまっている余裕なんてないんだよ」
上司の言葉が右から左へ流れていく。
私は……ヒソヒソ話に丁度よくて、陰口をいつも言われていて……。
だから、私は悩んでいて……。
キツネもそう言って、私に道具を貸してくれて……。
私の中で、何かが壊れていく気がした。
「何で、あの娘に道具を貸したんです?」
駄菓子屋のような店の中で、若いキツネが店主に聞いた。
「あの娘は悩んでいたからさ」
「あー、陰口に悩んでいたみたいですね」
店主は若いキツネを見ると、ため息をつきながら言った。
「はぁ、違うよ。あの娘の悩みはな、自分を中心に世界が回っていると思っていたことだ」
「えっと……つまり?」
「陰口なんて言われていていなかったのさ。いや、注目すらされていなかった。なのにあの娘ときたら、私はみんなに気にされている、私は皆の会話の中心に居る、なんて思い込んでいたのさ」
「それは、すごいですね」
「だろう? 自信過剰も甚だしい。大体、そんなに他人のこと気にする人間なんて居ないんだよ。だから目を覚ましてやろうと思ってね」
「それで道具を貸したと」
「そうさ。自分が陰口の中心に居ないとわかれば、目も覚めるだろ」
「なるほど」
「ただ……壊れるかもしれないけどね」
「道具がですか?」
「いや……心、かな」
〈了〉
私が書いた短編小説です。
ぜひ、読んでください!
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