信号待ち【ショートショート】
「知ってる? あの信号機の話」
「知ってる知ってる。出るんでしょ?」
「そうそう。でね。なんでもあの信号のことで人を注意すると、大変なことになるんだって」
「大変なこと? なになに?」
「それはね……」
***
「また渋滞かぁ」
いつもと同じ信号で渋滞ができている。
渋滞の原因は、この信号が半感応式だということ。そして「感応式信号機」という表示がされていないことだ。
だから、センサーを無視して止まる車が後を絶たない。その結果、信号がいつまでたっても青にならず、渋滞ができてしまう。
この渋滞も間違いなくそれが原因だ。先頭に止まっている車はセンサーの下に入っていない。待っていれば勝手に信号が変わると思っているのだろう。
私は車を降りて、先頭で信号待ちをしている運転手に声をかけた。
「すみません。この信号、感応式なんですよ。この上に裸電球の傘みたいなのがあるんですけど……。その下に車体がないと、信号が変わらないんです。なので、もう少し前に出てもらえませんか?」
手で上を指しながら移動をお願いする。
「え? でも前に車、いますよね?」
「は? いませんよ?」
「あれ? ホントだ。おっかしいなー? まぁ、わかりました」
そういうと、運転手は車を動かしてくれた。
感応式の信号機は、停止線できちんと止まれば感知するようにセンサーが設置されている。それなのに感知されない車が多いのは、停止線を守らないドライバーが多い、ということだ。
(交通ルールを守ってくれれば、こんな渋滞できないのになぁ)
私は半分呆れながら自分の車に戻った。
***
翌日。またセンサーから外れている車がいた。しかも大渋滞になっている。
とはいえだいぶ前に止まっているから、注意しに行くこともできない。誰かが気づいてくれることを祈るしかない。
しばらくすると渋滞が動き始めた。誰かが感応式について説明したのだろう。これでスムーズに流れるはずだ。
……そう思ったのに……。なぜか私の前の車が、停止線からちょうど1台分外れて止まった。わざわざ1台分開けるなんて、何かの嫌がらせとしか思えない。
私は少しイライラしながら車を降りた。前の車に感応式信号機の説明をするためだ。
「あの! この信号感応式なんで、センサーの下に車体がないとダメなんですよ」
「知ってるよ。っていうか、俺の前に車がいるのに、なんで注意するわけ?」
「はぁ? 前に車なんていませんよ? 寝ぼけてるんですか?」
「いやちゃんと見ろよ。そこに赤い車……が……。あれ?」
「赤い車? どこに?」
「いや、あの、確かにそこに……」
「いませんよね?」
「いません……はい」
「車、動かしてください!」
「はい……。おっかしいなぁー」
まさか居ない車を居ると言いはるとは、寝ぼけてるのか? 更にイライラした私は、鼻息を荒くしながら車に戻った。
***
仕事が終わって家に帰る途中、例の感応式信号機で、またもセンサーから外れて止まっている車に出会った。
(またか。なんでこう毎日毎日……)
本当にうんざりしていたが、センサーの下に車を入れないと信号がいつまで経っても変わらない。つまり、家に帰れないってことだ。なので、降りて行って移動をお願いするしかない。
本当は、注意するのも説明するのも嫌だ。この前みたいに逆ギレする人もいるだろう。下手をすれば喧嘩になる可能性だってあるのだ。
(やだなぁ……)
そう思ったが、家に帰れないのは困る。意を決した私は、運転手に声をかけようと車を降りた。
その車はレトロ感満載だった。真っ赤なボディに大きめの丸いライト。ロングノーズの真ん中あたりについた銀色のサイドミラー。しかも、オープンカーだ。ちなみにソフトトップは閉まっている。
(古い車だなぁ)
そんなことを思いながらノックする。手動なのか窓が少しずつ、ゆっくりと開く。
おかしい。
車体の赤ははっきり見えているのに、なぜか運転席の中がよく見えない。運転手が男性なのか女性なのかさえわからない。
とはいえやるべきことは同じ。感応式信号機について説明するだけだ。
「あの、この信号は感応式……」
「おい!」
突然後ろから声をかけられた。驚いて振り向くと、怒った顔をしたおじさんが立っていた。
「あんた、信号機の前に車止めてなんで降りてんだ? ここは感応式の信号機だから、センサーの下に車を入れないと信号が変わらんのだぞ」
「え……? いや、だから、この人に感応式信号機のことを教えようと思って……」
「は? 誰に? 何を?」
「だから、この人に……」
そういって振り向くと……何もなかった。確かに赤い車が止まっていたはずなのに、何もなかったのだ。
「え? 確かに赤いオープンカーが止まっていて……」
「何わけのわからんことを言ってるんだ。いいから、早く車を動かしてくれ!」
「あ、はい……」
私は自分の車に戻って、センサーの下まで移動させた。
確かに私の前に真っ赤なオープンカーが止まっていたはず。だから感応式信号機の説明をしなきゃと思って、車を降りて……。ノックもしたし、窓も開いた……けど? 誰も乗っていなかった?
(いったい何だったんだろう)
今起きたはずのことを思い出しながら、信号が変わるのを待つ。
(後ろのおじさん、怒ってたなぁ……)
おじさんのことが気になり、バックミラーを見ると、後部座席に女性が乗っていた。
(え!?)
慌てて振り向くが、誰もいない。
(気のせい……だよね)
悪寒を感じながら視線を前に戻すと、こんどは助手席から気配を感じる。
恐る恐る助手席を見る。……が、誰もいない。
(なに? なんなの?)
視線を前に戻すと、信号が……になっていた。
慌ててアクセルを踏み込む。すると、耳元で声が聞こえた。
「……こっちにおいで……」
(了)