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見えないハリセン|ショートショート

 くそっ! またあいつに嫌味を言われた。毎日毎日なんであんな奴にグダグダ言われないといけないんだ!
 今に見てろよ。次言われたときはあーしてこーして、コテンパンにしてやる!

 そんなことを考えながら、俺は家に帰ろうといつもの道を歩いていた。
 ふと、見慣れない店があることに気が付く。気になった俺は、その店に入っていく。

 「いらっしゃいませ」

 そういって現れた店員は、とても店員とは思えない格好をしていた。黒のシルクハットに白いシャツ。灰色のロングコートに黒い短パン。まるで遊園地にいるピエロみたいだ。

 「えっと……」
 「ズバリ申し上げます! お客様、何か嫌なことがありましたね?」
 「え? なんでわかるんですか?」
 「顔に書いてあります」

 そういってピエロみたいな店員は、鏡をずずいっと差し出した。その鏡を使って自分の顔を見てみる。
 嫌なことがあった、とは書いてない。

 「あの、書いてないんですが」
 「当り前じゃないですか。まさか本当に書いてあるとでも?」

 イラっとした。学校であいつに嫌味を言われ、いまピエロみたいな店員にからかわれている。なんだこれ……ふざけんなとしか思えない。

 「あの、ふざけてますか?」

 ちょっとイライラしていた俺は、できるだけ低い声で、ドスを効かせて、相手を威圧するように言った。

 ぶはっ! ぶーフフフフ。

 「お、お客様、笑わせないでくださいませ。なんですかその、どこかのヤンキー映画に出てくるような態度は」

 ……笑われた。
 精一杯怖そうな声と態度をしたつもりだったのに、ピエロみたいな店員にさえ笑われた。

 「……うぅん!」

 ピエロ店員は咳ばらいをするとこう言った。

 「お客様。お客様のうっ憤を晴らすとっておきの商品がございます」
 「とっておきの商品?」
 「それがこちら!」

 そういうとピエロ店員は、両手を上に向けて差し出した。まるで何か大切なものを持っているかのように」

 「あの、何もないんですが」
 「見えませんか? 実はこれ、あほには見えないんです」
 「あほには見えない……!?」
 「冗談です。これは見えないハリセンです」

 そういってピエロ店員は、右手で何かを持つような仕草をする。が……何も見えない。

 「見えませんよね? ――――だから」
 「……何か言いましたか?」
 「いえいえ、お手を伸ばしてぜひ触ってみてください」

 俺は手を伸ばして、ピエロ店員の右手で持っているであろう物を触ろうとした。

 「!?」
 「ね、ありますでしょう」

 確かにそこに何かがある。紙のような質感に山のように折られた感触。なるほど、ハリセンと言われれば確かにハリセンだ。

 「みえないハリセンは、良いところがいくつかあります。まず、見えないこと。見えない……ということは、叩いてもばれない、ということです。次に、大きさを変えられること。一番小さくすれば5センチほどに、大きくすれば1メートルほどになります。つまり! 持って歩くときは小さく、使うときは大きくできるわけです」

 なるほど、それは便利だ。

 「ただひとつだけ弱点もございます」
 「弱点?」
 「そうです。見えないハリセンの弱点は、叩いたことがばれると透明じゃなくなることです。なので、絶対にばれないように叩く必要があります」
 「なるほど。でも、透明なんですよね?」
 「はい、透明です」

 透明のハリセンなら、叩いてもばれないだろう。何しろ見えないんだから。「俺じゃないよ」とでも言っておけばそれで終わりだ。これは、素晴らしいアイテムかもしれない。

 「素晴らしいですね。そのハリセン、いくらするんですか?」
 「お試し価格1000円です」

 安い! 見えないだけでもすごい発明なのに、1000円で買えるとか、信じられない。俺は迷わず答えた。

 「買います」
 「ありがとうございます」

 このハリセンがあれば、にっくきあいつに一発くらわすことができる。つもりに積もったこの恨みを、晴らすことができるんだ!


***


 俺はあいつにハリセンで一発入れるため、隙を伺っていた。
 人が多いところはだめだ。叩きにくい。できるだけ人が少ないところで、背後ががら空きになるところがいい。

 そんなことを考えながらあいつの後をつける。

 しばらくすると、あいつは人気のない廊下を歩き始めた。ここなら他に誰もいない。叩くなら今しかない!

 「チャンスだ!」

 そう考えた俺はあいつとの間合いを詰める。あと5メートル……3メートル……1メートル……ここだ!
 俺は大きくジャンプして力いっぱいハリセンであいつの頭を叩いた!

 パァン! 

 「いてぇ!」

 軽快な音とと叫び声が響き渡る。
 やった、やってやった。今まで俺を馬鹿にした報いだ! ざまぁみろ。なんて思っていると、なぜかあいつが鬼のような形相で俺を見ている。

 「や……やぁ、どうしたの?」
 「どうしたのもこうしたのもあるか! おまえ今、俺の頭を殴ったよな?」
 「な、何のこと? 殴るわけないじゃん」
 「ほー……とぼけようっていうのか……」

 な、なんで俺だとわかったんだ。ハリセンは見えない、ほかには誰もいないというのに。なぜ?

 「なぁ、俺の後ろにいたのはお前だけなんだが……。お前以外に誰もいない、なのに俺は殴られた。なぁ、この意味が分かるか?」
 「だから、俺じゃないって!」
 「ほー……お前以外誰もいないのに、だれが俺の頭を叩くんだ?」
 「……えーと……」
 
 しまった! 言われてみればその通りだ! 俺のほかに誰もいなければ、叩いたのは俺しかいないことになる。
 なんてことだ、こんな当たり前のことを見逃すなんて!

 「えっと、幽霊じゃない?」
 「幽霊か、なるほどな。それじゃぁ聞くが、その右手に持っているハリセンはなんだ?」

 右手を見ると、俺は大きめのハリセンをしっかり握っていた。額から冷や汗が流れ落ちる。
 あ、そういえばピエロ店員が言っていたっけ、叩いたことがばれると、ハリセンが透明じゃなくなるって……。

 「覚悟はいいんだろうな」

 指の骨をポキポキ鳴らしながらあいつが近づいてる。

 「ちょうどここには誰もいねぇ。好きなだけ叫んでいいぜ」
 「いや……その……」


***


 「あー、こりゃ完全に失敗作だ」

  黒のシルクハットに白いシャツ。灰色のロングコートに黒い短パン姿の男はつぶやいた。

 「後ろからハリセンで叩けばばれて当たり前……か。ま、暴力に訴えちゃダメですよってことで」

 そういうと、黒のシルクハットに白いシャツ。灰色のロングコートに黒い短パン姿の男は、ハリセンをもってどこかへ消えていった。

 

 

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