あおぞらの憂い16

次の日、私はなぜかアミとフウカに呼び出された。私たちは渚町のシャッターの降りた店の前で待ち合わせた。
「マユちゃん、急にごめんなんだけど。」
アミが少し強い口調で言って来た。何か彼女たちを怒らせるようなことをしただろうか。昨日のソラからのメッセージが途絶えていたことを急に思い出した。
「マユちゃんはソラと付き合ってるの?」
私は驚いたがすぐに否定した。
「そんなはずはない。私はもう24歳なんだよ。」
するとフウカが私の目をじっと見つめると微笑んだ。
「私、ソラのことが好きなんだ。でもソラは全く私に気がないよ。そんなんわかってんだけど、告白してみようと思う。だからマユちゃんにそれだけ確認したかったの。ってなんか小賢しいこと言ってごめんなさい。」
フウカはそういうと少し俯き恥ずかしがった。それはもう眩しいくらいの若さを感じた。きっとこの子は大人になってもこのキラキラした日々を記憶としてずっと持っておける。私の若さはどこかに蒸発していったけど、この子の若さはアルバムに綺麗にしまわれていくんだろうと思った。フウカとアミはスクールバックにお揃いの可愛いキャラクターのキーホルダーを付けていた。
「全然いいの。キーホルダーお揃いなの可愛いね。」
私は用事があると適当な嘘をつき、逃げるようにしてその場を離れた。


私が高校生になってすぐの頃、みんなと同じように可愛いキーホルダーをカバンに付けたくてお母さんと電車に乗って隣の町にある雑貨屋さんへ行った。あまりピンとくるものがなかったけど、妥協してお腹に虹が描いてあるショッキングピンクのクマを買ってもらった。お小遣いが少なかった当時、欲しいものなんて山ほどあったのに、別に欲しくないキーホルダーが丁寧に包装されていくのを見ながら私は泣いた。帰りの電車の中で、私は母にありがとうと言った。すると母はごめんねと言った。なぜかその時の感情を鮮明に思い出した。


私はその夜またコウシと海で会った。今日のことを話すと
「僕から見たら君は永遠に若いよ。」
と言って私と目を合わせた。コウシから見て私の目はキラキラしているのだろうか。それとも死んだような目をしているのだろうか。彼の目に映る世界がこの世の本当で、彼が言う言葉も本当。嘘ばっかりのこの世界で信じられるのはもはや彼だけだった。
「そういえば、今日少年と会ったんだ。ソラって子。」
どうして。ソラからの連絡はあれから一切来ていない。
「あの子、すごく賢いね。将来が楽しみだよ。」
コウシが言う将来という言葉には実感がなくまるで他人事のようだ。
「なんて言われたの?」
「僕、この間スーパーで万引きしたんだ。悪意はないよ。いつも売れ残ってるでしょ、あそこの刺身。どうせ捨てるならいいじゃんと思ってさ。こないだ写真送ったやつも、盗んだやつだよ。」
私は驚き言葉を失った。
「あと、野良猫に餌あげてたら近所に住んでる人に通報されたことあって。まあ、猫が邪魔な人からしたらたまんないんだろうね。」
コウシがどんな気持ちで言葉を発しているのかわからなかったが、私には自慢しているように聞こえた。大人ぶった子供みたいじゃないか。私は返す言葉が見つからず黙った。するとコウシはまた私と目を合わせて言った。
「僕は良いことと悪いことの区別がつかないんだ。この世界で猫に餌をやれば警察沙汰。だけど少なくとも、僕と猫の世界には愛があった。」
私は彼に聞いた。
「何が言いたいの?」
すると彼は答えた。
「つまり、僕は死を選ぶ。何度でも。君は僕がなぜ自殺したいのかわからないだろう。それで良いんだ。ソラが心配していたことっていうのは、君が僕の世界に入り込んでしまうんじゃないかってこと。」
「私がコウの世界に」
「コウって初めて呼んでくれたね」
コウシはそう言って笑った。ソラが言う彼の世界と私が抱き始めた彼への信頼は同義だろうか。だとしたら私はもう彼の世界に迷い込んでしまっているだろう。

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