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あおぞらの憂い

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2021年5月の記事一覧

あおぞらの憂い12

おばさんの余命が宣告された。半年であった。渚町の店はもう跡継ぎもおらず、閉店するという。近くの工場に勤める人々にとって、よほど大きな存在であったのだろう。おばさん宛に届いたいくつかの花が窓際に並べられていた。
「マユちゃんにはほんと、悪いわね。私が入院している間の給料も出すわね。」
「いえ、お気遣いなく。無理しないでください。」
「もし私が死んでしまったら、マユちゃんはもっと自分に正直になって好き

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あおぞらの憂い11

「マユはさ、映画どうだった?」
私が他人に映画の感想を話したのはこれが初めてだったように思う。
「すごく綺麗だった。映像が。ストーリーは普通だったけどさ。教会のシーンのステンドグラスのとことか...綺麗だった。」
「僕はあのベッドシーンが好きだったな。すごく情熱的で」
この人は私があえて言わないところを軽々言ってしまった。
「僕があんな恋愛できた日には死んでもいいよ」
少し悲しそうに笑う綺麗な顔。

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あおぞらの憂い10

シアターにはだれもいなかった。マニアックであることは分かっていたが、映画館でこんなことがあっていいのかと少し経営を心配した。とうとう上映が始まった。本編が始まり少し経った頃。やっと1人が3列ほど前の左側に座ったようだった。私は時間と共に、ただ静かに心酔した。特に教会の鮮やかなステンドグラス、激しいベッドシーンが新鮮で心地よい刺激であった。エンドロール。鼻から息を吸うとジメジメと湿気った空気ではなく

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あおぞらの憂い9

心を許しては閉ざす。たとえ一度心を許した相手でも少し糸が絡まると切って捨てた。それで自分を守ってきた。私は中学生たちが嫌いになったわけではなかった。彼らと一緒にいる自分がどうしようもなく嫌になったのだ。ソラと2人でいる時には全く感じなかった。むしろ楽しかったのだが、それすらも自分の思い上がりであったかもしれない。そうやって自分の頭の中で糸を思い切り複雑にして、そのあとやはり切って捨てた。考えること

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あおぞらの憂い8

おばさんが市内の病院へ移ったと母から聞いた。母はしばらくお店は開けられなさそうね。と言っていた。私はもうおばさんが戻ってこないかもしれない。仕事がなくなってしまうかもしれない。と思うととても憂鬱になった。しかし、キリがないことは考えない。彼女が生きている中で心得た教訓である。彼女は絵を描きためる期間ということにして、なにも考えなかった。そんな彼女を母親は放っておいてくれた。

彼女はその日も海へ自

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あおぞらの憂い7

次の日、夕日が沈む時刻。私はまたあの海へ向かった。そこにはまた昨日と同じようにパックのコーヒー牛乳を咥えた少年がいた。
「あれ、今日もきてる。」
「仕事なくて暇なので。」
そう少しやりとりをすると2人は夕日に染まったオレンジ色の海を見つめた。
「友達と遊ばないの?」
「まあ、僕って友達が少ないから」
少年はどうも男友達がいないらしかった。いつも部活の女の子とばかり店に来ていたのも納得できた。少し気

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あおぞらの憂い6

ノートルダム大聖堂の絵を描き終えると久しぶりに心が暖かくなった。気分良くその絵をそっと新聞の上にのせると、汚れた筆とパレットを洗うために洗面台へ向かった。パレットの鮮やかな青が水道から勢いよく落ちる水と混ざり合う。そして排水溝へぐるぐると流れていく。脳裏によぎるあの日の光景。思い出さないことはもうできなかった。薄まっているはずの記憶が鮮やかに思い出された。そしてなぜか無性にまたあの海であの人が死の

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あおぞらの憂い5

プルルルル〜。堤防の下に置いているリュックから着信が聞こえた。
「あ、私のだ。ごめんね、また今度。」
そういうと少年は、はい。とだけ答え、濡れた制服で戻っていった。

母と電話しながら、もう一度暗い海を見つめた。夜の海はさっきより荒く刺々しかった。今から帰るねというと自転車を走らせた。こんな刺激的な日は久しぶりで、何処か他人事のようだった。視線を下すとそういえば海水で重くなったシューズ。そして、か

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あおぞらの憂い4

私は思わず立ち上がったが、足がすくんだ。自死する人を止めるべきか止めまいか、わからなかった。死を覚悟した人を止める資格など自分にはないと思ったし、彼が最後に聴いた声が私になるのも絶対に嫌だった。そうこうしているうちに彼は腰くらいまで海に浸かっていて、いつ姿が消えてもおかしくなかった。

「おじさーーーん!!!待って!!!!」
ガシャン!!
私の頭上で急に叫ぶ人がいた。その人は自転車を投げ捨てると浜

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あおぞらの憂い3

次の日の月曜日、鳴り響く5回目のアラームを止めて重い身体を少し起こしてスマホをみる。すると居酒屋のおばさんからメッセージが来ていた。(ごめんね、朝から体調が悪くて病院に行きます。今日1日締めるね。今日は休みでお願いします)私は(大丈夫ですか?了解しました。お大事にしてください)と打ちながら今日が自分のものになったと嬉しい気持ちになった。私は絵を描くことが好きだった。上手くはなかったが、暇があればネ

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あおぞらの憂い2

そんな幼少期を過ごした彼女は店によく現れる中学生3人組に劣等感かなにか、とにかく彼らの眩しい姿を微笑ましく見る心は出来上がっていなかったらしい。
「すみません、お水ください。」
中学生の男の子が私に言った。
「かしこまりました。あっ」
少し疲れていたのか手を滑らせて床にコップを落としてしまった。
「すみません、今片付けるので。」
幸いにも割れなかったコップを拾った。
「大丈夫ですよ、お姉さん。そん

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