天天ちゃんのアイドル活動
ーー
私の所有するアサルトリリィ=カスタムリリィを活躍させた、アサルトリリィの公式世界設定を元に勝手な妄想を繰り広げた「二次創作」です。
なのでその点をご了承ください。
バリバリにオリジナルなスキルもあります。
なんらか公式設定に反する部分は私に文責があり、判明次第なるべく修正などするつもりではありますがあくまで二次創作に過ぎない事を明記しておきます。
また今回はヒュージの脅威判定がややあいまいなため、公式設定と後で照らし合わせるとオカシイ部分があるかと思われることを先にお断りしておきます。
ーー
その日。
突如襲来した、ラージ級3体を中核としたヒュージ集団に対し、10名のはぐれ者リリィからなる非公認レギオン「桐加賀隊」のメンバーは地元の防衛軍と連携。
本来この地域を負担するガーデンの正規レギオンが到着するまで、水際での防衛、および地域住民の避難誘導に当たっていた。
しかし…
「減らねぇ…」
「減らないですね…」
任務に就いてからそろそろ3時間。
次々と雲霞のごとく現れるスモール級、そしてミドル級ヒュージの集団に、桐加賀隊のメンバーは消耗戦を強いられている。
作戦は明確。桐加賀隊は3つの分隊のうち第1と第2を防衛線に貼り付け、第3を避難誘導に充てている。
分岐は二つ。
まずひとつは、正規のレギオンが到着すること。そうしたら彼女たちにラージ級の駆逐を任せ、こちらは粛々と住民避難、残敵の掃討に当たればいい。だが。
『―正規レギオンの動きが鈍い』
端末を通じて入る、桐加賀隊の一員・忍の声がやや苦い。
『どうもギガント級が侵攻しそうな気配がある。
境界線をチラチラ移動しているんで、ガーデンも突っ込ませるか様子見するか、悩んでいるんだろう』
「うへぇメンドくせぇ。んなもん、とっとと突っ込んでぶちのめしてくれりゃいいのにナ」
そう愚痴るのは、この桐加賀隊のリーダー、自称するところ隊長ならぬ”ボス猿”の桐加賀琉子。
「そうも行かないのでしょう。正規レギオンを動かすのは、まあ、事実上の軍事行動ですからね…」
と答えるのは、一年生ながらこの非公認レギオンの作戦参謀になった蓮川らいね。
「で? 避難誘導の方は?」
『いま町内会のひとが名簿確認中。もう少し待て』
もうひとつの分岐。それは避難の完了だ。
避難が完了し住民の安全がある程度確保されれば、桐加賀隊は防衛線の維持をいったん軍に預けることができる。長時間の維持こそ不可能だろうが、その間にチームを纏め、敵集団に逆襲をかけることができる。
琉子の肌感と、らいねの計算では。今ならまだ、このチームでも十分敵ラージ級ヒュージ3体の撃滅は可能と踏んでいた。
だがこれ以上戦闘が長引くと、その選択肢も採れなくなる。
―彼女たちの体力もマギも、無限ではないからだ。
「…っ メンドくせぇ。アタシが独りで突っ込んでさぁ…」
「ホントそれは止めてくださいね。止めますからね。背中から撃ってでも止めますからね」
「じょーだん。冗談だって。お前、目がマジだぞ」
「マジですから」
琉子はリーダーとしてチームのメンバーを大切にしている。それはわかる。一方、自分の命を非常に軽く見ている節がある。「いざとなったら自分が犠牲になってでも」をすぐ実行してしまいそうな危うさがある。
そしてそうなったとき、らいねや佳那をはじめメンバーがどれだけ辛く悲しい思いをするか、本質的に理解していない。そう、らいねは見ている。
『ーまずい。子供が二人、確認できない』
忍からの通信が、らいねの慨嘆を断ち切った。
『両親が県外に外出していたため、確認が遅れた。
10歳の男子と6歳の女子、兄妹だな。
-どうする?』
忍の問いの意味はわかっている。
正規レギオンはまだ動かない。
ならばチームの疲労度を考えても今、逆襲に転じるべきだ。今なら十分勝算のある勝負ができー
『最終的な損得勘定をするべきだ、と言わせてもらう』
そう。兄妹二人の「損失」を勘定したとしても、最終的な損害はその方が減る、かもしれないのだ。
「ちっ ヤなことを言うね」
『その役回りだからな』
忍はこの非公認レギオンのメンバーであり、専属アーセナルであり… そしてパトロン、事実上のオーナーでもある。このチームの運営にかかる多額の費用は基本、忍の抱える多数のパテントのロイヤリティで賄われている。外から見れば、桐加賀隊は忍の私兵にすぎない。
その立場、そして彼女自身の性格から、忍はあえて自分に、現実面からの指摘、アンチテーゼの提出を課している。
「琉子さまー」
不安げに声をかける。
らいねは多くのリリィと同じく、人々をヒュージから守りたい一心でリリィを志したひとりだ。幼い兄妹を見捨てることなど、したくない。
いや、それは彼女ひとりの思いではなくー
「決めた。
桐加賀隊は敵戦力を漸減しながら要救助者の捜索に当たる。
防衛線のバックアップを軍に委託。
要救助者を速やかに発見し確保、その後即、転じて敵中核を撃砕する」
『いいのか?』
「いいさ。その方がアタシの性に合うー
お前ら、付き合うだろ?」
直後、食い気味に、
『それでこそ姉さんです!』
『無論』
『ふふっ 当然ね』
『ほやあー!』
『了解です』
『は、はい、しかた、ないかと…』
通信をメンバーたちの返事が埋めた。ひときわ大きく
『ありがとうございます!』
と答えたのが、今も避難誘導にあたっている天ノ橋弁天の声だった。
天ノ橋弁天。通称(というか自称)、天天ちゃん。
彼女は、桐加賀隊第3分隊に属するリリィだ。
可憐な容姿と明るい性格。自らを「アイドルリリィ」と称し、休暇には街角に立っては歌って踊る。
性格に少々難のある者も多い桐加賀隊の中にあっては貴重な、一般受けのする「リリィさん」だ。
ーちょっと思い込みが激しく、ちょっとそそっかしいのが玉に瑕、とここではしておこう。
弁天は、今回も率先して避難誘導にあたっていた。
積極的に声をかけ、励まし、笑顔を見せて不安を晴らす。
それこそが彼女の第一の任務といわんばかりに。
そこへ。
『天天、私のところに来てください。
貴女のスキルが必要です!』
「わかりました!」
らいねの指示に応じると、傍の住民たちにひとこと断ってから袂を翻し駆け戻る。弁天の身を包むは和装。白い着物に赤糸の縁取りが洒落ている。もちろん、任務中のリリィの装束が、見た目通りただの布、であるわけもない。これもまた、最新魔道技術を各所に使った戦闘服である。
さきほど「捜索する」と決めた”ボス猿”の琉子は、そのままの口でらいねに向き直ると
「じゃ、なんとかしろ」
と言った。呆れるぐらい堂々とした「丸投げ」である。
「―了解です」
だがそれを平然と受けるのが、作戦参謀たる、らいねの仕事だ。
『らいね、最近嬉しそうだよね』
「そうかな」
通信にも乗るほど、らいねの声は弾んでいたかもしれない。
桐加賀隊の戦闘行動は、まず琉子が方針を示し。
その方針に従って、らいねが作戦の細部を立案。
忍の指摘を受けつつ修正、行動に移す。
正直一年生に作戦を丸投げはどうかと思うかもしれないが、その代わり琉子はらいねの作戦を否定したことがない。らいねが「できる」と思うことは「ならできるんだろ」の一言でこなしていく。
将来、レジスタ持ちとしてレギオンの作戦行動を指揮する可能性のある彼女にとって、その信頼は涙が出るほど嬉しいものだ。
らいねの元に到着した弁天に、早速指示を飛ばしていく。
「天天、私の『レジスタ』を『テスタメント』で拡張してください。
周辺視野を広げます。―できれば、『鷹の目』の域にまで」
らいねのレアスキル、『レジスタ』。
周辺視野やマギスフィアの保護など、複数の効果をもつ複合スキルで、レギオンの指揮官ならまず欲しいと言われている。
…しかし逆に言えば、個々の効果は専門のレアスキルに劣る。
この場合で言えば『鷹の目』。鷹の目は、周辺を天から鷹になったかのように見下ろす周辺視野の専門スキルだ。らいねの周辺視野は、これには及ばない。
そこで彼女が頼ったのが、弁天の持つレアスキル『テスタメント』。
テスタメントは他のリリィのレアスキルの効果を拡大・拡張するスキルだ。単独で使っても意味がない代わりに、組み合わせるレアスキル次第で様々な可能性がある。
「天天、私と呼吸を合わせて。集中してください」
「は、はい!」
らいねと弁天は同じ学年だが、桐加賀隊ではらいねの方が先輩だし、そもそも彼女は第2分隊の分隊長で作戦参謀。自然と従ってしまう。
らいねのレジスタがもつ、周辺視野。これを弁天のテスタメントで拡張。範囲を広げ、より広い視野を獲得。行方不明の兄妹を捜索する作戦だ。
効果を最大に引き出すため、二人の呼吸を合わせマギの制御に集中する。
もちろん戦闘しながらできる作業ではないので、二人はいったん前線を退いている。
『蓮川、ヒトを探すんじゃない。隠れそうな場所を探すんだ』
「ーわかりました。ピックアップするので、地図でマーク願います」
『任せろ』
端末を通じ、最後衛の忍と同調。らいねがピックアップした場所ー 半壊した商店や橋の下をマークしていく。
「零依さま、西側、A-2を捜索してください。
殿下は東側、F-8からお願いします」
『了解した』
七倉零依は桐加賀隊の2年。口数が少なく表情も薄いが、二振りのCHARMを同時に使うレアスキル『円環の御手』を持ち近接戦闘においては隊でも一二を争う腕前。頼れる前衛だ。
『任せなさい!』
また”殿下”と呼ばれたのは中路沙那女。やはり桐加賀隊の2年で、超・天才肌の強力なリリィだ。性格はちょっと曰く付きだが、前衛から後衛まで一通りなんでもこなす器用なマルチプレイヤー。
いずれも、こういった時、単独で敵中に飛び込んでも任を果たす力量がある。そう、らいねは信じている。
『…わ、わたしも…行けます、よ...』
気弱な声が通信から入る。桐加賀隊の1年で最も新人の赤羽根ジュリエッタ。派手な名前に反して、とにかく臆病な性格で前線からの脱走癖があり、ガーデンから遂に逃亡したところを琉子が無理やり捕まえた。
『わたしも、隠れながらなら、だいじょうぶ、だから...』
幸い、ジュリエッタは持っていたサブスキル・ステルスをレアスキルたる『ユーバーザイン』の域まで高め、とにかく潜伏と欺瞞、逃亡のプロとして?その能力を磨いている。
…正直今も、通信で声こそ聞こえるが、どこにいるかはわからない。
「ありがとうジュリちゃん、C-12をお願い」
『了解、です…』
「ほや? カノンは行かなくていいのかな?」
「うん、カノンは緋水さまといっしょに私たちのガードね」
「ほやー」
鎖ィ津カノンは桐加賀隊の1年、ということになっているが、戦場で拾われた半分記憶喪失みたいな子なので、本当の年齢も素性もわからない。
ただリリィ同様マギを扱うことができ、何故かヒュージの出現をちょっと早く感知する不思議な力がある。ちょっとしたサブスキル並みの怪力を誇り、それなりの戦闘力も持っている。が、どうもマギの消費が激しく、すぐに「お腹空いた~」と座り込んでしまうので、らいねとしてはここぞという時まで温存したい札だ。
「鎖ィ津、私の右に入ってください。撃ちもらしをお願いします」
そうカノンに声をかける芥 緋水は、桐加賀隊の2年。
第3分隊の分隊長であり、平時は1年生たちを軍隊式訓練プログラムで搾り上げる鬼教官だ。沈着冷静、左手に巨大な盾形のCHARMを持ち、防衛戦なら任せて安心、間違いはない。今もらいねと弁天の二人を守りながら、防衛線を抜けてくるヒュージがいないか目を配っている。
周辺視野を使い、区分けしたエリアをひとつひとつ、塗りつぶすようにチェック。その中途で、どうしても見てしまう姿がある。
前衛に独り立つ、桐加賀琉子の、姿だ。
『琉子さま―』
琉子はいま、巨大な刀型のCHARMを振るい、獅子奮迅の戦いをしている。飛んでいようが走っていようが、小型だろうが中型だろうが、触腕を伸ばしてこようが熱線を吐いてこようが、一切関係なく。その刀の届くところ、ひたすらヒュージを斬って、斬って、叩いて、斬って、また斬り伏せる。
声をかけることなどできない。
その集中を乱すことなど、恐ろしくてできない。
彼女にそうさせているのは、自分だ。
自分に兄妹を探す時間を与えるために、あえて独り、派手に動いて敵を引き付けている。
空を飛ぶスモール級ヒュージの一群。
琉子の頭上を越え、背中側から狙いをつける。
―が、次の瞬間、次々と撃ち抜かれ墜ちていく。
『―大丈夫ですよ。大丈夫』
そう通信が入る。
中衛から琉子を射撃支援するのは、中路佳那。
琉子の信奉者であり、自らいわく、彼女のベストパートナー。その呼称が正しいかはともかく、接近剣格闘専門の琉子と、近中距離の射撃に超人的センスをもつ佳那のコンビは、桐加賀隊でも最強のコンビネーションだ。
『この私が姉さんを守ります。
なら姉さんは負けません。折れません。絶対に』
二人に胸の中で感謝を捧げ、再び捜索に意識を戻す。
でも。
『D-3クリア。次の指示を』
『同じくE-6、クリア。次の指示頂戴』
「わかりました。ええと…」
焦る。
らいねと弁天、零依に沙那女、ジュリエッタの5人を投入して市街地を洗うように捜索するが、いまだ兄妹を見つけることができない。
焦る。
それは皆同じだったが、特に弁天は焦燥を募らせる。
何が辛いって、自分だけが「何もしていない」。
いや、レアスキル『テスタメント』の集中稼働は精神を削りマナを奪うものなのだが… 身体を動かさないことが、こうも切ないとは。
頭ではわかっている。今、自分はここに居なければならない。でも胸が痛む。張り裂けそうだ。
その時。
「うーん、でもここでもないとすると、後は森の方としか…」
森。
らいねの呟くその単語に、弁天の脳裏にひらめくものがあった。思わず端末に叫ぶ。
「忍さん、捜索対象の顔と名前、わかりますか?」
「顔と名前? わかった、リストをあたる… いた。端末に転送する。
―藤村雄太、10歳。その妹、翔子、6歳だ」
端末に浮かぶ少年の顔と名前を見た瞬間だった。
ためていた発条が弾けるように。
弁天は走り出していた。
「天ノ橋!」
「待ちなさい、どうしたの!」
『秘密基地です!』
マギで強化された身体能力を使い、走る、走る、飛ぶ、走る。
フェンスを越え、堀を超え、屋根を踏んで駆け抜ける。
駆け抜けながら、端末に向かって叫ぶように答える。
「秘密基地です! 雄太くんは、森の中に秘密基地を持ってるんです!」『どういうことだ?』
「雄太くんが教えてくれました! 自慢してくれたんです!!」
『間違いないのか?』
「ファンとの会話は忘れません!アイドルの基本ですから!!」
一瞬の間を挟んで。チーム全員の端末に、琉子の声が響いた。
『―行けよ、アイドル。お前に賭ける』
「――はい!!!」
弁天はそのまま森の中に突っ込む。
走りながら、駆けながら。
「雄太くんー! 翔子ちゃんー! どこーーー!!!!」
叫ぶ。見回す。走る。叫ぶ。
どこだ。どこだ。どこだ。
森の中、このどこかに、二人はいる。
その確信がある。
だがどこかは知らない。わからない。
その時。
!!!!
かすかに音を。
自分以外の何かが動く音を。
―聞いた!!!
「しょうこ、ここに隠れてるんだ。
ぜったい、ぜったいでてきちゃだめだぞ」
妹が声もなく震えながら、しかし気丈にうなづくのを見る。
ぎゅっと抱きしめているのは、妹の宝物のクマのぬいぐるみ。
その首にかかっているのはアクリルのキーホルダー。
透明なプレートの間に、兄妹が大好きな「リリィさん」の写真が挟み込まれている。
「大丈夫、すぐにリリィのお姉ちゃんたちが助けに来てくれる。
だから、おまえはここに隠れてるんだ」
そう言い聞かせ、大きな木のうろに座り込ませる。
ここは少年と妹と、仲間たちの秘密基地。
木が重なりあい、倒木と岩がうまい具合に周囲から遮ってくれている。
でも念のため。
少年は壁と屋根代わりにさしかけた板を外すと、妹を守るように立てかけ、草木を拾って上にかけ、少しでも姿が隠れるよう願う。
と。
あの嫌な音が近づいてくる。
息も無く、声も無く。
ただ足元を踏みつぶして迫ってくる、足音たち。
ヒュージ。
機械仕掛けの犬みたいなそれは。
5匹もいて。
規則正しく周囲をぐるぐる首を回しながら。
赤い単眼を光らせやってきた。
だめだ。見つかってしまう。
ならせめて、妹だけは。
拾った木の棒を痛いほど握り。
少年は「こっちだ!」と声をあげながら走り出す。
少しでも、少しでも基地から離れたところへ。
しかし。
ほんとに、ほんとにいくらも行かないうちに。
―!
もう目の前に、無機質な赤い光が、いる。
右。左。後ろ。
あっと言う間に少年は囲まれている。
さらにもう一匹が、木の、下へ。
妹のいる、ところへ。
やめろ、なのか。このやろう、あるいはただの叫びか。
自分でもわからない何かを吠えながら、その一匹に棒を投げつけようとして―
その視線の先で。
それが。
火を噴き、はじけ飛んだ。
「―お待たせ、雄太くん。
ここからはわたし、天天ちゃんのステージだよ」
天ノ橋弁天。
呼び名は天天ちゃん。
桐加賀隊で一番可愛い、アイドルなリリィ。(天天ちゃん調べ)
CHARM布都御魂を発砲。一撃、二撃、三撃。
最初は良かった、一発で命中、一体を倒した。
敵は素早く散ると、続く狙いを外す。かわす。
でも構わない。
「雄太君、翔子ちゃんのとこに!」
少年が駆け戻るのを視界の端に。
自分の身は翻し、あえて敵のただ中に。
「「天天ちゃん!!」」
ああ、何故自分のレアスキルは『テスタメント』なのだろう。
布都御魂のダイレクトアタックパーツを開き、腕を回して斬りつける。かわされる。ちくしょう。
例えば噂の『ゼノンパラドキサ』なら、こんな奴ら、瞬きをする間に全部バラバラに切り裂いているはずだ。
高速移動の『縮地』なら、もっと早くここに来れた。
『天の秤目』なら、もっと遠くから銃撃を当てられた。
『この世の理』なら。『フェイズトランセンデンス』なら。
私は、私だけが、ひとりでは何もできない。
…ひとり?
「「天天ちゃん、がんばれー!!」」
ひとり?
とんでもない勘違いだった。
いつの間にか兄妹が、木の根元で、声をあげて腕をふるって、応援している。
誰を?
―わたしを。
この、天天ちゃんを!
砲撃。
かわした一頭の首に、するり刃が伸びる。そのまま切断、破壊する。
くるりくるり。
袂を翻しくるりくるり。
回りながら、踊りながら、
敵の射線を外し。
敵の爪牙を躱し。
くるり、くるり。
どかん、どかん、どかん。
ずばん、ずばん、ずばん。
砲撃と斬撃を組み合わせ、布都御魂をふるう。
弾をかわされても刃が迫る。
刃が遠くても弾が届く。
どかん、ずばん、どかん。
「―ふふっ」
いつの間にか、弁天は笑みを浮かべていた。
ひとつ腹に風穴をあけ、ふたつアタマを割ってやり。
「―楽勝ー!」
最後の一匹を仕留めると、兄妹のわっと喜ぶ声が聞こえる。
そう、こんなの楽勝だ。
だって、見てくれる子供がいるのだから。
観客が、声援を送ってくれるファンが、すぐそこにいるのだから。
ならば私は無敵になれる。
だって私はリリィだから。
いちばん可愛い、だからいちばん強い、アイドルリリィだから!!
とっておきの笑顔を二人の大切なファンに贈った、その背中で。
今度はもっと重い足音、木を割く破砕音、そして不気味で無機質なうなり声が響く。
―ミドル級、ヒュージ!!
視線の先に、立ち上がったワニの様な、金属質の巨体がうごめいている。
遮る木々をへし折って、こちらへ一歩一歩近づいて、くる。
「…大丈夫、だからね」
もちろんいちばん強いアイドルリリィとしては、こんなヤツ倒せないわけはない!… と言いたいところだが。できれば接近戦より、つかず離れずの射撃運動戦に持ち込みたい。
でも、二人を守りながら、では。
! いいえ、いいえ。
ファンを守りながらだからこそ、私はいちばん強くなれる。
なのだから。
CHARMのグリップを握り直し、眦を決した、その先で。
…キィイイイインー
空の一角から、高い金属音と共に赤銅色の稲光がー 落ちる。
そのままミドル級の頭部を射抜くと、地面に叩きつけ、縫い留める。
刺し貫いているのは、CHARMだ。
―ダインスレイフ。
北欧神話の魔剣の名を持つ、名機。
それが天から雷のごとく降ってきた。
そんなことができるのは…
衝撃で歪む巨体。短い四肢を振り回し、なんとか立ち上がろうとするその頭上。未だ天に向いたダインスレイフの長柄の先に。
金色の髪を翼のごとく振り広げ、あたかも鳥が羽根を休めるように。
すうっ と降り立つリリィ。
「まあ。素敵なステージね、天天。
わたくしも一曲、踊らせていただこうかしら」
「あー! でんかだー!!」
「でんかも来てくれた!!」
殿下、こと中路沙那女。
こちらも何故か、子供には人気だ。
「殿下… 来ちゃいましたか…」
あまりの派手な登場に、なんとも毒気を抜かれる弁天。
「あんまり私より目立ってほしくないんですけどぅ…」
「それは仕方ないこと。
なにせ世界はわたくしのためにあるのですから。
ふふっ、でも貴女もなかなか素敵な表情をしている。
我が臣下のひとりとして、誇り、精進なさい」
言いながらふわり、地面に降り立つ。
と同時に、どうやったのかダインスレイフの柄を摘み取り、頭の上から引き抜きざまにぶうんと振る。
背中に視線も向けず、一刀両断。
後に残るは残骸だけだ。
それでも終わりではない。
四方、いや八方。
囲まれている。
スモール級。さらにミドル級。
つぎつぎと押し寄せる気配と足音。
でも。
「…ちぇっ 私のソロステージ、もう終わりですか…?」
鈍いスタッカートは緋水のCHARMが放つ速射砲の連射音。
さらに分厚い鉄板のドラミング。
ざざっとブーツが地面を蹴る音がする。
「天ノ橋、命令違反です。帰投したら、懲罰を覚悟してください」
「ーうへぇ…」
流石は鬼教官、早速これか。
「―でもよく二人を見つけ守りました。お手柄です。
戻ったら私の秘蔵のプリンを食べて良し」
「えっ…!」
「―どうしましたか」
「教官が… 私を褒めた…
ひょっとして、教官も遂に私のファンに!」
「なるほど、プリンはいらないと」
「うわぁん いる、いりますぅ!」
木々の間を抜けてくる、猛禽にも似たスモール級。
弧を描いて一匹、二匹、さん―
と数える間もなく、宙で弾けて落ちていく。
森の中、遮蔽物だらけ、光と影で見通しづらい空間を。
どこからきたか解らぬ不可視の射線が射抜いていく。
「て、天天ちゃん、早く、早く、逃げよう…!」
「…え? ジュリ、来てるの? どこ?」
声はすれども姿は見えず。
それがステルスマスター、赤羽根ジュリエッタ。
「わあ! はっぱ怪人!!」
「…ちがうよう…」
いつの間にか、雄太と翔子の間に、ギリースーツ風に制服に枝や葉っぱをくっつけた少女、ジュリエッタがいる。
「天天ちゃん、レアスキル… テスタメント…」
「う、うん、了解…」
言われるまま、テスタメントを発動。
ジュリエッタのマギを感じて受け止め、それをおなかの中でぐっと膨らませ、返してあげる。
「ふふ、逃げる、逃げよう、逃げるとき…」
背中にCHARMを背負いつつ。両手をにゅうと伸ばし兄妹を背中から抱える。―と、みるみるうちに三人の姿が木々に緑に紛れていく。
見ているこちらの目がおかしくなったのかと思うほど、見事なステルスエフェクト。
「さぁ行きなさい、わたくしの臣下たち。
背中は追わせないわ」
「助かります、沙那女さん。ではー」
端末に伝える。
『―隊長、第3分隊、目標を確保。回収します』
『おっけーい』
またひとつ、ヒュージを唐竹割りにしながら。
見据える先の空気を感じる。
動きがある。
こちらに引かれていた敵が、森の方にズレ始めるのを、感じる。
ここだ。
琉子は最後の指示を出す。
『―良し。らいね、”バリスタ”を撃とう』
「っ、了解! カノン、構えて!」
「ほやっ!」
カノンが長槍突撃槍型のCHARMを構えると
「佳那、お願い!」
『ふふふふー ついにこの桐加賀隊の秘密兵器、
私のレアスキルが火を噴くとき!』
中路佳那。
使うCHARMは二丁拳銃型のトリグラフ。
左手のダジボーグを前に、右手のスヴァローグを変形、連結させる。
メインとサブのマギクリスタルコアを協調始動。
レアスキルのイメージは深淵につながる蛇口。
ゆっくりひねり、大きく、激しく。
世界のどこからか集まるマギを束ね、自分の体を通してコアへそそぐ。
―”フェイズトランセンデンス”、発動。
短時間ながら、無限大のマギを供給する、レアスキル。
束ねられたマギが、ダジボーグのバレルを顎のごとく開き、巨大な光弾を形成していく。
『トリグラフ・オーバーロード、ファイアああ!』
丸太の様な光軸が走り、進行方向にある全て、すべてをなぎ倒して突き進む。その後を。
「おおー!」
突撃槍を振り上げて― 振りおろし。
まっすぐ光の開けた道を追いかけて
「ほーーーーーやーーーーーーあ!!!!」
走る。
猛然と走る。
その進路に立ちはだかる全てを撃ち抜き、弾き飛ばし、ねじ伏せて。
桐加賀隊の弾丸、カノンが走る。
その先は。
あれほど、数多のごとくいたスモール級・ミドル級の群れに開いた空隙。
それは群れの中央、ラージ級3体が、いままさしく、向きを変えその横腹をさらした瞬間だ。
「ふへぇ~ おなかすきましたあ~~~」
と言いながら前に崩れるカノンの後ろに。
黒髪に目つきの悪い伊達メガネ、巨大な刀をかつぐはボス猿、桐加賀琉子。
「零依、お前左な。アタシは右をやる」
ひっつめ髪に刺すような眼光、二丁のCHARMを携えるは七倉零依。
「―質問する。残るひとつは?」
敵陣を貫いて、相手の急所に桐加賀隊最強の「弾」を撃ち込む。
これが突破戦術、”バリスタ”。
替えは無い一発限りの、だからこそ必殺の。
「そりゃもちろん。先に倒した方の獲物だろ?」
「承知。つまり私の担当」
「は、言ってろ」
作戦開始から実に4時間と22分。
あらかたの敵は撃破、もしくは離散。
桐加賀隊メンバー、および防衛軍の隊員に多少のケガ、負傷はあれど、損害はなく。
ようやく駆けつけてきた正規のレギオンに後の処理すべてを投げつけて、桐加賀隊はアジトとする廃校舎への引き上げを開始― していなかった。
「次の曲は、わたしが弾きながら歌います!」
「おーう やれやれー」
「次! 次は姉さん、私、私と歌いましょう!」
「え、ヤダ」
「まあ。では代わりにわたくしが」
「うわ断固いや」
「ほ(もぐもぐもぐ)やああああ(ぱくぱくぱく)」
「カノン、こぼしてますよもう、座って食べなさい!」
「今回使用した弾薬の金額がこれで… 忍さん、CHARMの交換部品の見積もり、出てますか?」
「くくくく 今回の出撃基本報奨に住民救出のボーナスを加えてぇ、撃破報奨があ、ひーふーみー、よおし、これで次に購入するパーツに目途が立ったたわ…!」
「(こそこそこそこそ…)うっ は、離して… 離して…」
「疑問ね。なぜこの状況でステルスする必要が?」
「うんうん、よろしい、我が臣下たち。こたびも十分に働きましたね。
みなに100さだめポイントを与えましょう」
「―では、聞いてください! わたしのかわいい新曲、流れ星恋歌!!」
べけべん
べけべけでんでんべけでんでん
唸る太棹、奔るバチ。
リズムに乗せて朗々と、弁天が歌う。
歌は周囲に響き、いつしか街の人々も集めていく。
手拍子が重なり、はやし立てる声と笑顔が後を追う。
―そう、ここまでやって、弁天の任務は仕舞いだ。
「…ところで前から思ってたんだが…」
「なんです姉さん?」
「三味線って、アイドルの楽器、か?」
「ああ、それなら―」
「だって私は、可愛いですから!!!」
だ、そうだ。
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