ドキュメンタリーは出したくないモノの方が面白い。だからこそ被写体の方にプラスに返ってくるようにしたい。【2022/1/23放送_ドキュメンタリー監督 大島 新】
Fm yokohama(84.7MHz)から毎週日曜日深夜24:30~25:00にお送りするラジオ番組『文化百貨店』。
1月23日の文化百貨店にお越しくださったのは、ドキュメンタリー監督の大島新さん。今回は、ドキュメンタリーを撮るようになった経緯や、話題になった『君はなぜ総理大臣になれないのか』、その続編となる最新作『香川1区』について伺います。
【パーソナリティ】
セイタロウデザイン代表・アートディレクター 山崎晴太郎(@seiy)
【今週のゲスト】
ドキュメンタリー監督 大島 新さん
1969年神奈川県藤沢市生まれ。1995年早稲田大学卒業後、フジテレビ入社。『NONFIX』『ザ・ノンフィクション』などのディレクターを務める。1999年フジテレビを退社、以後フリーに。毎日放送『情熱大陸』、NHK『課外授業 ようこそ先輩』などテレビ番組多数。2007年『シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録』(第17回日本映画批評家大賞ドキュメンタリー作品賞)を監督。2009年、映像製作会社ネツゲンを設立。2016年『園子温という生きもの』を監督。2020年公開の『なぜ君は総理大臣になれないのか』が、第94回キネマ旬報ベスト・テン文化映画第1位に。プロデュース作品に『ぼけますから、よろしくお願いします。』(2018/文化庁映画賞 文化・記録映画大賞)など。
【今週のダイジェスト】
▶︎“見せたくないモノ”を撮る意義を説明する作業
【山崎】文化百貨店を立ち上げる時に、テレビ番組の『プロフェッショナル仕事の流儀』や『情熱大陸』みたいに、ゲストの心の奥底からポロっと出てくるような、本音を引き出せる番組にしたいねという話をしていました。というぐらい、ドキュメンタリーは僕も番組スタッフも好きなジャンルなんですけれども、今回はそんなドキュメンタリーの作り手の方をお招きしています。大島新さんです。よろしくお願いします。
【大島】よろしくお願いします。
【山崎】大学卒業後にフジテレビに入社をされ、そこからドキュメンタリーのキャリアが始まったんですよね。学生時代から、映像制作などに興味を持たれていたんですか?
【大島】私の世代だと、沢木耕太郎さんとかに憧れるティーンエイジャーが結構いたんですね。それで、大学時代に好きで、そういった書籍を読んでいたんですけど、その頃、フジテレビの深夜に『NONFIX』という番組が始まったんです。まだ無名だった是枝裕和さんや森達也さんなど、後に映画監督になっていくような方々が、NHKのきちっとしたドキュメンタリーとは違う、自由で、若くて、個性的なドキュメンタリーを作っていました。それを見て、映像でドキュメンタリーをやってみたいなという風に思いました。
【山崎】実は、僕も沢木耕太郎さんにすごく影響を受けていまして……。『深夜特急』を読んでバックパッカーをやったりしました。その流れで、開高健さんや辺見庸さんとか、ノンフィクション作品は僕もすごく好きだったんですよ。
【大島】そうですか。私と山崎さんは世代が違いますけど、読み継がれているというのは、力がある作品という事ですよね。
【山崎】そうですよね。フジテレビで担当されていた『NONFIX』や『ザ・ノンフィクション』は、一般の方を被写体にする機会も多かったと思います。なかなか心を開いてくれなかったり、難しい場面がありませんでしたか?
【大島】ありますね。こういう仕事をしていて言うのもあれなんですけれども、カメラはすごく暴力的だと思っている所があります。最近は小型になりましたけど、私の若い頃はカメラも大きかったですし、スタッフが何人も居るという時点で、日常ではない異常な空間になると思うんですよね。だから、そこは信頼してもらえる人間力やこちらがどういった人間かを分かっていただく努力が必要というか……。
カメラで撮って全国の人に晒すわけですから、それを上回る意義というか「この番組のテーマはこういうものだから、暴力的で申し訳ないんだけれども取材させてください」というような納得してもらうような作業ですよね。
【山崎】観ている側からすると、ドキュメンタリーは本人が出したくないモノの方が、面白いという所がありますよね。でも、それは本人にとっては嫌なことだったりすると思うんですけど、その辺りの温度差はどう捉えているんですか?
【大島】まさに、「出したくないモノの方が面白い」というのは、本当にそうなんですよね。心のヌードみたいなところがあると思うんですけれど、そういう所が見えたほうが作品には力が出る。だけれども、その負の部分を出すからには、更にプラスに返ってくるようにしたいなと思っていますね。
【山崎】なるほどね。ドキュメンタリーをつくられてきて、醍醐味はどこにあると思いますか?
【大島】何でしょうかね……。“神が降りてきた”というのは大袈裟ですけど、「こんなシーンが撮れちゃった」みたいな時は時々ありますよね。
あとは、やはりカメラで切り取っているので、“完全無欠の事実”では無く、“私が解釈した事実”ということなんですよ。それこそ、沢木さんの本もそうだと思うんですけど、その解釈を観ている人へプレゼンをするわけですよね。それが、共感したり、元気が出たり、何でもいいんですけど、観た人にプラスをもたらしたとしたら、とても嬉しいですね。
▶︎“余白”をつくれるのがドキュメンタリー映画の魅力
【山崎】2007年にドキュメンタリー映画『シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録』を監督され、2016年には『園子温という生きもの』も劇場公開されました。テレビから映画に進出されたきっかけは、何だったんですか?
【大島】若い頃はテレビの人気番組のディレクターをやって、そこでスキルを積んだり、多くの人に観てもらって反響があるのが、すごく嬉しかったんですよね。ただ、段々と、テレビの制約みたいなものも感じるようになってきて……。多くの人に観てもらえるのは間違いなくテレビなんだけど、どこかでブレーキを踏んでしまう“テレビマンのジレンマ”というのが有ったんですよね。
ちなみに、唐十郎さんも園子温さんも『情熱大陸』で放送しているんですよ。けれども、何か足りない。『情熱大陸』のスポンサーはアサヒビールなので、美味しそうにお酒を飲んでいるのはいいんですけど、お2人ともお酒を飲んで暴れるところが面白いんですよ。これは変なシーンを出したいという訳ではなくて、その飲み会が彼らのクリエイティブにすごく大事だったんですよ。そういう事もあって、奇才と言われる人を描くには、テレビサイズでは“少し足りない”と思ったのが、映画に進んだ最初の動機ですね。
【山崎】テレビと映画では、作り方とか意識している事も、違ってきますか?
【大島】撮影はそんなに変わらないんですよ。でも、編集は大きく変わるんですよね。これはテレビマンが強迫観念のように思い過ぎなのかもしれないですけど、テレビの場合はザッピングの恐怖と言うか、「情報を途切れさせてはいけない」という気持ちがすごく強いんです。
でも映画の場合、千数百円を払って劇場に来てくれた人は、余程のことが無い限り最後まで観てくれるので、
余白というか“観た人が解釈できる余地を作る”という編集ができます。だから、そこの編集の違いは大きいですね。
▶︎鑑賞者の熱を予想以上に感じた『なぜ君は総理大臣になれないのか』
【山崎】最近の2作品について伺いたいと思います。2020年に公開になった『なぜ君は総理大臣になれないのか』は、17年に渡り小川淳也議員を追いかけた作品ですが、どういうきっかけで小川さんにカメラを回すようになったのですか?
【大島】小川さんと奥様、そして私の妻が高校の同級生だったことがきっかけです。妻から「総務省の官僚をしている友達が、家族の猛反対を押し切って出馬をする」と聞いて、テレビで政治家を扱い辛いのは分かっていたんですけど、何かの記録にならないかなと思って会いに行きました。そうしたら、政治家を目指している人の中に「こんなに青臭い人がいるんだ」と面白く感じて、特に発表のアテは無かったんですけど、カメラを回していたという感じです。
【山崎】作品にしようと決心したのは、どういうタイミングだったんですか?
【大島】あの時は、安倍政権の一強という時代で、民主党から民進党になっていたんですけれども、民主党政権の負のイメージから脱しきれない状況だったんです。小川さん本人も「このまま政治家を続けるのも……」と迷っていたようで、ちょうど岐路に立っていました。それで、こんなに長く付き合ってきた人なので、記録として残したいなと思って作品にしていきました。
【山崎】そういう時期だったんですね。2020年に公開されると、ドキュメンタリー映画としては異例のロングランになりました。『なぜ君は総理大臣になれないのか』を公開して、印象的なことはありましたか?
【大島】東京と高松のミニシアター1館ずつぐらいで、公開出来れば良いやと思っていたんですよ。無名と言ったら失礼だけど、実際にはそういう政治家だったので、「こんなに観てもらえるとは」という想いは大きいですね。それに、観た人の“熱”があったんですよね。その口コミで、どんどん広げてくれた印象もあります。あとは、リピーターがすごく多くて、2回ならまだしも、3回・4回観てくれた人がいて想像以上の反響でしたね。
【山崎】その原因は、どこにあったと考えていらっしゃいますか?
【大島】小川さんが、上手くいかなくても頑張っていて、壁に弾き飛ばされても諦めない。そういう姿を見て、デトックスみたいな感じで浄化されるというか……そんな意見を、何人かから頂きました。中間管理職みたいな人が、上司の決定と自分の考えが違うという状況で、翻弄されるみたいな感じなんですよね。小川さんは、2017年の“希望の党騒動”で迷って、無所属で出馬することを決めきれず、街でお嬢さんたちの前で怒鳴られたりするんです。そういうところで「頑張れ!」という気持ちになるのかもしれません。
あとは、“家族の物語”という事もあったのかな。私は全然意識をしていなかったんですけど、小さい頃の娘さんも撮れているので、今大きくなってお父さんを必死で応援している姿に心を打たれたりするのかもしれません。
▶︎各陣営の反応の違いから、より当事者になった『香川1区』
【山崎】一昨日から全国50カ所以上で公開になったのが、その続編となる『香川1区』。かなり短いスパンでの発表になりましたが、制作のきっかけは何だったんでしょう?
【大島】2020年に『なぜ君』が公開された事で、小川さんの知名度も少し上がって注目されるようになった。それと同時期に菅内閣が出来て、平井卓也さんという香川1区の小川さんの相手候補者が、デジタル改革担当大臣という目玉閣僚のような形になって、ますます次の衆院選で注目の選挙区になるなというのがありました。
あともう1つ、前作では小川淳也さんの人物ドキュメンタリーとして作っていましたけど、小川さんの戦っている相手の強さというか、自民党の強さを僕自身も知りたかったというのもあります。何度戦っても、はじき返されていたので、平井さんの強さや自民党を支持している人の理由や合理性も知りたかったということですね。
【山崎】選挙や政治という、今まで取り上げにくい人が多かった所に注目している理由はあるんですか?
【大島】選挙はテレビでは、放送法や公正中立というものがあるので、扱いにくいというのはあります。ただ、ドキュメンタリーの対象としては非常に魅力的。本当に追い詰められていって、人間が剥き出しになるんですね。
小川さんも『香川1区』の中で、日本維新の会の候補者への出馬取り下げ問題で炎上したりして、政治ジャーナリストの田崎史郎さんとバトルになるシーンがあるんですけど、そういう風に追い詰められる。そこで人間が剥き出しになるので、喜怒哀楽がものすごく出るんですよね。そういう意味は、ドキュメンタリーの対象としては見応えがあると思います。
【山崎】政治や政治家は、“画面の向こう”と思う方が多いでしょうけど、映画を観るとすごく身近な存在になりますよね。対立候補も、また“人間”だったりして、「自分たちと何も変わらない」と感じる方も多いんじゃないかな。
『香川1区』では報道番組のような問題提起というか、そういったシーンが有りましたが、課題提示をされた理由は何だったんですか?
【大島】これも、初めからそうしようと思っていたのでは無く、“自民党の強さ”の理由が一体何かという事を知りたかったんですよね。そこには、街でお話を伺ったりしていく中で、納得する事もありました。一方で、私のところに、情報提供というか「地元のメディアだと伝えてくれないと思うから、ちょっと聞いてくれないか」みたいな話が持ち込まれても来ました。それを私たちなりに調べていくと、報じられていないニュースが出てきたので、普段は調査報道的な事はやっていないんですけれども、今回はやってみようと思って作品内で取り上げたんです。
少しネタばれではあるんですけど、期日前投票をした人が、会社名と名前を書いて報告をしているという所も取材をしたんですけれども、そういうのを見ていると「これは、民主主義なのか?」と考えてしまうような場面でもあったんです。香川1区だけでなく、もしそういったことが全国で行われているとするのであれば「一体、選挙って何なんだろう?」という事も考えましたし、世の中に提示すべきことの1つなのではないかと感じました。
【山崎】『なぜ君は総理大臣になれないのか』も『香川1区』も、割と大島さんが画面に入っていますよね。これは、意図的なんですか?
【大島】「出たがり」と言われるんですけど(笑) 「私が解釈したものです」と掲示したほうが観る人にとって、フェアなんじゃないかという気がしているからというのがあります。
『香川1区』に関して言うと、記録者・取材者寄りなんだけど、より当事者になってしまった形です。というのが、平井さん陣営が『なぜ君』をPR映画だと言うようになってきたので、すごく変な感じだったんです。小川陣営に行くと、知名度が上がったから「映画のおかげ」と言われるんですけど、それはそれで、その為にやったわけではないので、こそばゆいというか……。
一方で、平井さん陣営に行くと「映画のせいで」と言われるという状況になって、私とスタッフが現実にすごく影響を及ぼしてしまっているというのが、すごく変な感じだったんです。でも、走り始めているから、それも含めて撮るしかない。だから私たちも被写体というか、当事者になっていったという形です。
【山崎】当事者である大島さんたちに、僕自身を投影している感じになったので、結構緊張しながら観ていました。
『香川1区』の中には、「報道ではないので」と言われて、追い出されるシーンがありましたけど、報道とドキュメンタリー、大島さんにとってどういう位置付けですか?
【大島】これは難しいですよね。私は、広い意味での“ジャーナリズム”のつもりではいますけれど、「これは、報道じゃない!」という方からすると、テレビという放送法の中でやっているものと映画は違うんじゃないかという事だと思うんです。ドキュメンタリーも広い意味では報道だし、こういう事を記録すること自体が、ある種のジャーナリズムであるつもりなんですけど。
【山崎】ドキュメンタリー自体が、概念化されていないのかもしれないですね。最後に、香川1区は全国的に注目を集めた選挙区でしたけれども、実際に間近で見てこられて、どう感じていらっしゃいますか?
【大島】表面的な主人公は小川淳也さんであり、対抗馬の平井卓也さんや町川順子さんも重要な役割なんですけれども、“真の主役は有権者”だなという気がしています。小川さんをあれだけ大勝させたのも、本当に熱い気持ちをもった有権者でしたし、会社に言われて期日前投票に行く人たちもまた、同じ一票を持っている有権者。私としては、今回は本当に有権者だったなという気がしています。
【山崎】ありがとうございます。『なぜ君は総理大臣になれないのか』も『香川1区』も、絶対に観たほうが良いと思います。そうすると今日の話が、何十倍にも面白く感じるし、「選挙ってどうなってた?」という明日からの日常が変わると思います。
大島監督の最新作『香川1区』は、横浜シネマ・ジャック&ベティの他全国で公開中です。選挙の裏側をのぞき見するような、軽い気持ちで楽しんでも良いのではと思います。本日のゲストは、ドキュメンタリー監督の大島新さんでした。
【今週のプレイリスト】
▶︎大島 新さんのリクエスト
『Ray』BUMP OF CHICKEN
といったところで、今週の『文化百貨店』は閉店となります。
次回も大島新さんをお迎えして、ドキュメンタリーのつくり方をお伺いしていきます。
【次回1/30(日)24:30-25:00ゲスト】
ドキュメンタリー監督 大島 新さん
また日曜深夜にお会いしましょう!
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