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夏の思い出は変形菌の合宿!?

Author:髙野丈(編集部)

9月に入っても猛暑が続いています。2023年の夏はとにかく暑さが印象的でしたが、多くの人が旅行に出かけました。JTBの調べによれば、夏休みの国内外への旅行者数は前年比で約2倍、コロナ禍前の2019年並みに回復したそうです。

毎夏の楽しみは夏合宿

コケの聖地であり、変形菌の楽園でもある奥入瀬十和田(青森県)を7月下旬に再訪。その目的は、毎夏楽しみにしている変形菌の夏合宿でした。変形菌の合宿!?と口をあんぐり開けた方もいることでしょう。変形菌業界?には、日本変形菌研究会(以降、研究会)という愛好会があり、研究者から小学生まで変形菌好きの老若男女が集っています。その研究会の定例行事として、国内各地を舞台に毎年夏合宿が開催されるのです。毎回30~40人ほどの参加者が全国から集まります。
*参照:連載『憧れの「宝石」を探す変形菌旅』第2回「コケの聖地は変形菌の楽園

今夏会場となった奥入瀬十和田は、ほぼ毎年訪れていて勝手知ったるフィールド。どこにどんな倒木があり、何が見つかったかも覚えているほどです。そこに研究会の精鋭部隊?が入っていくようすは壮観でした。いつもは数人での探索ですが、これだけの眼があれば予想外の種も見つかるのではないかと期待が膨らみます。

初心者からベテランまで、決められた範囲内を自由気ままに探索する
フィールドワーク開始早々に生木樹皮上の変形菌を発見。ベテランの指導で、参加者が探す

全国各地で変形菌探し

研究会に入会してから9年、夏合宿は最も楽しみな年中行事です。日本の変形菌研究の草分けである南方熊楠にゆかりの深い田辺(和歌山県)、ヘルメットをかぶって探索した秩父(埼玉県)の東大演習林、今も年に何回かは通う玉原高原(群馬県)、信仰の地であり自然豊かな大山(鳥取県)、太平洋側とは異なる植生の越前町(福井県)など。いずれも自然豊かなフィールドが舞台となるので、都内の公園では見られない種に出会えるのが大きな魅力です。全国各地を訪れ、地域の食や文化を楽しむ機会ともなります。

2015年田辺での夏合宿では探検昆虫学者の西田賢司さん(右奥)とご一緒した
田辺では南方熊楠ゆかりのアオウツボホコリが見つかり、大盛り上がり!
秩父の東大演習林では全員がヘルメットをかぶって探索
大山ではブナ林からアカマツ林まで、異なる植生での探索を楽しめた

落ち葉めくりに集中

今回の探索では落ち葉にねらいを絞りました。落ち葉には朽ち木とは異なる種が発生しますが、より多様で興味深い種が多い傾向があります。平地の公園などでは、梅雨入りくらいから落ち葉生の種の発生が加速しますが、梅雨明け以降は朽ち木生が中心になり、落ち葉にはあまり発生しなくなります。東京が極端な雨不足で今シーズンは落ち葉生の種を楽しめなかったこと、研究会の顧問で変形菌研究者の山本幸憲先生が執筆した落ち葉生の種の魅力の記事を会報で読んだことなどが、落ち葉にねらいを絞った理由です。

落ち葉をよく見つめると、こんな小さな子たちが

ここのフィールドには、ブナやトチノキの大きな倒木がいくつも転がっています。でも今回は倒木をあまり見ずに、積んである落ち葉を見つけては細かく見るようにしました。雪深い当地では、除雪車が入ると道路脇に雪の山ができます。このとき、雪と落ち葉が一緒にどけられます。春になって雪が溶けると、積み上げたような落ち葉の山が残るのです。

最初に見つかったのはマンジュウホネホコリ。胞子を包んでいる外壁が、骨のような堅い質感をもつホネホコリの一種で、饅頭のように丸みがあるのが特徴です。ふだんのフィールドでは丸みのないホネホコリばかりなので、久しぶりに「饅頭」を見つけて小躍りしました。しかも、淡紅色と白色の2タイプが両方見つかりました。これは「紅白饅頭」で縁起物だと、仲間と一緒に喜びました。

はじめ淡紅色で、しだいに白くなっていくので「紅白饅頭」になることがあるという
これは淡紅色のタイプ

ある程度観察したら移動し、次の落ち葉の山を確認します。クダケカタホコリらしいもの、アワホネホコリなど白っぽい種がいくつか見つかりました。変形体も見つかります。そして、マンジュウも再び。

黄色い変形体。変形体で種を同定するのは困難ですが、部分的にスクランブルエッグのような塊状になっているので、ススホコリ系かも

冬虫夏草や、見慣れない美しいきのこも見つかりました。自然度の高いフィールドだということを実感します。

冬虫夏草の一種、カメムシタケ。今回はフィールドのそこかしこで見つかった
ワカクサタケは美麗なキノコ。ぬめりがあって、妖艶だった

探索の合間には周辺の景観も楽しみます。ひとたびフィールドワークを始めると観光する時間はないのですが、通り道にある景勝地では一息つきます。

観湖台からの十和田湖の眺め
渓流も沼も水が澄んでいて美しい

次の山でもマンジュウが出現。どうやら、今が旬のようです。最初の発見では小躍りして喜んだのですが、同じ種の発見が続くと正直ありがたみが薄れてきます。ヒトってゲンキンなものですね。
探索を続けると、金平糖のような石灰の結晶を多数身にまとい、立派なぶっとい柄をもつ種が見つかりました。その名はキラボシカタホコリ。あまり見つからない種です。標本では撮影していましたが、みずから見つけたのは今回が初めて。やはり自分で見つけると、喜びが倍増しますね。

キラボシカタホコリ。マッチョな柄と金平糖のような結晶が特徴

こうして探索で見つけた種を宿に持ち帰り、顕微鏡も使ってよく観察します。種を同定できたら標本にし、任意で研究会に納めます。参加者から供出された標本の同定については後日、研究者が再確認。最終的には国立科学博物館つくば研究施設の標本庫に収められます。
そんな本格的な活動もありますが、やはり仲間と一緒に菌旅を楽しむのが第一。遠方の友人たちに会える久しぶりの機会でもあります。青森の銘酒「田酒」を酌み交わしながら、変形菌をめぐる話題で盛り上がり、夏合宿の楽しい夜は更けていきました。

みんなの笑顔が合宿の楽しさを象徴しています

来年の夏合宿は西日本での開催になると思います。今から楽しみです。変形菌や研究会の活動に興味がある方は、小社刊『世にも美しい変形菌』日本変形菌研究会のウェブサイトをご覧ください。

Author Profile
髙野丈
文一総合出版編集部所属。自然科学分野を中心に、図鑑、一般書、児童書の編集に携わる。その傍ら、2005年から続けている井の頭公園での毎日の観察と撮影をベースに、自然写真家として活動中。自然観察会やサイエンスカフェ、オンライントークなどでのサイエンスコミュニケーションに取り組んでいる。得意分野は野鳥と変形菌(粘菌)。著書に『世にも美しい変形菌 身近な宝探しの楽しみ方』(文一総合出版)、『探す、出あう、楽しむ 身近な野鳥の観察図鑑』(ナツメ社)、『井の頭公園いきもの図鑑 改訂版』(ぶんしん出版)、『美しい変形菌』(パイ・インターナショナル)、共著書に『変形菌 発見と観察を楽しむ自然図鑑』(山と溪谷社)、『変形菌入門』(文一総合出版)がある。




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