伝道師に学ぶ、コケの魅力と楽しみ方
Author:高野丈(編集部)
きのこや粘菌など、足もとの小さな生きものを観察して楽しむ人が増えています。コケもその一つで、たいへん人気があります。その魅力と楽しみ方について、2021年4月に開催された「コケの伝道師」鵜沢美穂子さん(ミュージアムパーク茨城県自然博物館主任学芸員)のオンライン講演を元にご紹介します。
鵜沢さんがかぶっているのは、ゼニゴケをモチーフにした帽子です。
コケは植物の中で2番目に大きなグループ。世界で約2万種、日本では1912種が知られています。市街地から高山帯、果ては南極まで、地球上のあらゆる地域、環境に生育しています(ただし、海と砂漠は除く)。
コケは胞子で増える陸上植物で、水や養分を運ぶ管である維管束をもたないのが特徴。形や生態によって、蘚類(せんるい)、苔類(たいるい)、ツノゴケ類の3つのグループに分類されています。
蘚類はもっとも種数が多いグループで、胞子体がかたくて長持ちするのが特徴。苔類は胞子体がやわらかく、数日で枯れてしまいます。ツノ状の胞子体をもつのがツノゴケ類です。
さて、コケのおおまかな分類について説明したところで、その魅力と楽しみ方を具体的にご紹介しましょう。
コケの魅力①身近で楽しめる
屋久島の白谷雲水峡や北八ヶ岳の白駒池、青森県の奥入瀬渓谷などコケ観察の「聖地」とされるフィールドは素晴らしいですが、家のまわりや近所の公園でもコケを観察することができます。いつでもどこでも観察を楽しめるのが、コケの魅力だと鵜沢さんは言います。
この市街地の植え込みのような場所でも、よく見てみると3種のコケが見つかりました。この3種をルーペなどで細かく観察してみると、個性もいろいろ見えてきて、さらに楽しくなるでしょう。
コケの魅力②かたちが楽しい
コケの精緻なつくり、多様なかたちに惹かれる人は少なくありません。蘚類は被子植物のようなかたちをした種が多く、被子植物の葉の太い葉脈のような「中肋(ちゅうろく)」が1〜2本あります。苔類は複雑なかたちをしている種が多く、切れ込みが入っていたり折りたたまったりしています。
鵜沢さんがコケの「かたち」の中で最も美しいと考えているのが、蘚類のもつ蒴歯(さくし)。胞子のうについている花びらのような突起で、胞子の放出を調節します。蒴歯は種によって一重と二重があります。
蒴歯のかたちが変わっていて、おもしろい種をいくつか紹介します。
・イクビゴケ 蒴歯が分かれずにつながり、筒状になっている。アコーディオンのように伸縮し、胞子が飛び出す。
・ドウソニア・スペルバ 蒴歯が毛状で筆のようになっている
・セイタカスギゴケ 1枚の膜で先端がつながっていて、太鼓のようなかたち。すきまから胞子がこぼれる
蒴歯は水に濡れることで動きます。かたちだけでなく、この動きもおもしろいのです。
ヒラゴケ属の一種は水がかかると蒴歯が開き、乾燥してくると閉じていきます。胞子を散布するための機能ですが、逆に水がかかると閉じて、乾くと開いていくタチヒダゴケのような種もあります。ヒラゴケは水に流れることで胞子を遠くへ運ぶ水散布、タチヒダゴケは風で胞子を遠くへ飛ばす風散布。それぞれ胞子散布の方法に応じて、蒴歯開閉の性質が異なるのが興味深いです。
撮影:新井文彦
苔類の弾糸もおもしろい動きをします。弾糸は胞子のうの中にある繊維状のもので、乾燥すると伸びて胞子を飛ばします。
撮影:新井文彦
ゼニゴケの弾糸は胞子と一緒に落ちますが、ケシゲリゴケの弾糸は端が胞子のうの壁に付着しています。胞子のうが開くときにブラシのようにはたらき、胞子をかき出す機能があります。
コケの魅力③変化が興味深い
コケの生活環(一生)はおおまかに、
胞子→配偶体(原糸体→茎葉体)→受精→胞子体→胞子のう(蒴)→胞子
となります。この変化が興味深く、継続して観察するとおもしろいです。
鵜沢さんはこの生活環を「コケ暦」にまとめました。これによって、成長の流れと時期がわかります。多くの種は梅雨のように長雨で、水分が多い時期に受精します。成長する期間は種によって異なり、短い期間で成熟するのは少数派だと言います。
ハリガネゴケの成長の定点撮影を見てみましょう。
胞子体が伸びてきて、胞子のうがふくらんできます。その後、胞子のうの中で胞子が成熟していきます。足もとのコケにこんな営みがあるのですね。
コケの魅力④場所を変えるとおもしろい
身近な環境で、土の上、木の上、岩の上など、観察する位置を変えてみると、異なる種が見られます。それぞれルーペで観察することで、生育する場所との関係が見えてくるかもしれません。
撮影:新井文彦
鵜沢さんは身近で観察できるコケを25種選び、種を見分けるための検索表を作りました。ルーペで特徴をよく観察することで、種を調べることができます。
この検索表は『あなたのあしもと コケの森』(小社刊)に掲載されています。
さて、少し変わった種を観察したいなら、自然豊かな環境に移動するのがいいでしょう。たとえば亜高山帯の森では、ダチョウゴケやセイタカスギゴケなどを見られます。いずれも平地では見られない種。とりわけヒカリゴケの美しさは格別です。
原糸体細胞が光を反射するので、光って見えます。発光しているわけではありません。
ほかにも高山、湿原、水田など、環境によって、動物の糞に生えるコケ、約1.4mにもなる世界最長のコケ、わずか1mmほどの世界最小のコケなど、平地の身近な環境では見られない変わった種がいろいろと生育しています。「聖地」に足を運んでみるのもおすすめです。
コケの魅力⑤道具を活用して見方を変えると楽しい
ルーペでコケのいろいろな部分を観察すると、肉眼では見えていなかったものがいろいろ見えて、別世界のよう。写真のコツボゴケのように、中肋や葉のふちのぎざぎざなどが鮮明に見えます。もちろん、種や部位によって見える色かたちはじつにさまざま。これはもう、足もとのコケの森の探検です。
撮影:新井文彦
さらに顕微鏡で見ると、宝石のような万華鏡のような、美しい世界が広がります。ここまで探求を進めると、もはやコケ沼から脱出できなくなるでしょう。
コケのことをもっと知りたいと思った方へ、おすすめなのがこの一冊。
『あなたのあしもと コケの森』鵜沢美穂子・文、新井文彦・写真
身近で親しみやすく、それでいて奥深いコケの魅力を、伝道師の鵜沢さんがわかりやすく紹介した一冊。きのこ写真家・新井文彦さんの美しい写真にも癒やされます。
また、鵜沢さんが勤務しているミュージアムパーク茨城県自然博物館で、コケの企画展が開催されています。
「こけティッシュ 苔ニューワールド!—地球を包むミクロの森—」は、
知られざるコケの魅力を余すところなく紹介する企画展です。本で予習してから企画展を見に行くもよし、企画展を見て現地で本を買うもよし。「コケの伝道師」鵜沢さんに運よく会えたら、サインをお願いしてみるのもいいでしょう。
ミュージアムパーク茨城県自然博物館 第82回企画展
こけティッシュ 苔ニューワールド!—地球を包むミクロの森—
期間:2021年10月16日㈯~2022年2月6日㈰
※土・日・祝日及び1月3日㈪は事前予約が必要
時間:9:30~17:00(入館は16:30まで)
※10月16日㈯は正午から公開予定
休館:毎週月曜日(月曜日が祝日の場合はその翌日以降)
※年末年始(12月28日~1月1日)は休館
※1月10日㈪は開館し、翌日が休館
主催:ミュージアムパーク茨城県自然博物館
Author Profile
高野丈(編集部)
文一総合出版編集部所属。自然科学分野を中心に、図鑑・一般書・児童書の編集に携わる。その傍ら、2005年から続けている井の頭公園での毎日の観察と撮影をベースに、自然写真家として活動中。井の頭公園を中心に都内各地で自然観察会を開催。得意分野は野鳥と変形菌(粘菌)。