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森で果実を見つめ続ける日々

Author:北村俊平(理学博士)

私が「タネまく動物」の沼にハマったきっかけは、1996年7月にボルネオ島の熱帯雨林で生じた一斉開花後に実った多種多様な果実を目にしたことです。あんな果実を食べる動物たちの姿を見たいと思った私は、大学院での研究テーマとして「熱帯の森でタネまく動物」を選びました。その際、繰り返し読んだのは、『生物科学44巻2号 特集:鳥と木の実の共進化(岩波書店 1992年)』と『種子はひろがる 種子散布の生態学』(中西弘樹著 平凡社 1994年)です。前者はのちの赤本・緑本『種子散布 助け合いの進化論 ①②』(上田恵介編著 築地書館 1999年)に発展した特集です。今でも動物による種子散布の研究を希望する学生が研究室にやってくると、まずはこれ読んでと渡す本の一冊です。
一方、「赤本・緑本」の出版後に進展した国内外の動物による種子散布研究の現状を知ってもらうには、追加でいくつもの研究論文を読んでもらう必要がありました。卒業研究で初めて動物による種子散布の研究に取り組む学生には、ちょっと高いハードルです。そのハードルを少しでも飛び越えやすくすることができれば(これ読んでと本を1冊渡して済むのなら!)との思いで、今回の『タネまく動物』に編著者として参画しました。

写真1 アグライアの結実木の下でハンモックを利用した調査風景。

私はこれまで東南アジア熱帯を代表する大型の果実食鳥類であるサイチョウ類がタネをまく樹木について、植物視点から研究をしてきました。調査地であるタイのカオヤイ国立公園は、サイチョウ類が食べる果実だけでも100種以上、ネズミ類からアジアゾウ、メジロ類からサイチョウ類まで、大小さまざまな動物たちが食べる果実は300種以上になります。常に双眼鏡をぶら下げ、物音がすればそちらの方向を観察したり、見たことがない果実があれば、味見して、中のタネを確認したりといった地道な作業を積み重ねて、タネをまく動物たちの記録を増やしていきました。
植物視点の調査としては、たくさんの果実が実った木の近くで朝から晩までハンモックに寝ころんで(写真1)、果実を食べる動物たちを観察する手法を使いました(写真2)。主な調査対象としたセンダン科のアグライアで300時間、カンラン科のカナリウムで543時間の直接観察を行い、それらの樹木では、いずれもサイチョウ類が主な種子散布者として機能していることを明らかにしました。

写真2 アグライアの果実をくわえたキタカササギサイチョウ。

果実を食べる鳥類のほとんどは昼行性ですが(例外は南米のアブラヨタカなど)、哺乳類にはネズミ類やジャコウネコ類のように夜行性の種も多くいます。日中にやってきた鳥たちが林床に落とした果実が、翌朝にはすっかり食べつくされていることもありました。私が宿舎で眠っている間に誰かが林床で果実を食べているのです。
ここで活躍したのが、当時普及し始めた防犯センサーとコンパクトカメラを活用した自動撮影カメラでした(写真3)。調査対象の結実木の林床に設置後(写真4)、定期的にフィルムや電池を交換すれば、昼夜を問わず、訪問した動物を記録できたのです。双眼鏡の直接観察では、一瞬でも見逃すとデータにならないのですが、この調査では写真記録が残ります。うまく記録できれば、ある動物が食べていた証拠写真を残すことができるのです。

写真3 カオヤイで2000年ごろに使用していた自動撮影カメラのシステム。
写真4 自動撮影カメラをカオヤイの森に設置した様子。

その後、カメラ本体に赤外線センサーが内蔵された一体型が開発され、フィルムカメラからデジタルカメラになりました。撮影記録も静止画から動画になり、カメラ本体の小型化や低価格化も進みました。現在、研究室の学生たちと一緒に取り組んでいる日本の森の林床で実る低木や草本を対象とした調査には、欠くことのできないツールです。
本書のコラムでも紹介した秋になると真っ赤なトウモロコシのような果実をつけるサトイモ科カントウマムシグサでは(写真5)、自動撮影カメラを設置しておけば、コマドリなどの鳥類が果実を食べる瞬間が何枚も撮影されました(写真6)。

写真5 カントウマムシグサに設置した自動撮影カメラ。
写真6 カントウマムシグサの果実をくわえたコマドリ。

そんな便利な自動撮影カメラですが、対象動物がセンサーに反応することが前提です。センサーにも反応しない小さきものたちが被食散布するとは考えられていなかったこともありますが、これまで見過ごされてきたのが無脊椎動物による被食散布です。
小さな生き物は近年、タネまく動物として、新たに注目されつつあります。その解明に一役買っているのが、デジタルカメラのインターバル撮影機能を利用した観察です(写真7)。私も石川県内でギンリョウソウの熟した果実でインターバル撮影を行ったことがあります。マダラカマドウマ(写真8)、モリチャバネゴキブリなど、多数の小さきものたちがやってきて、一晩のうちに果実を食べつくす様子が記録されていました。

写真7 デジタルカメラのインターバル撮影機能を利用したギンリョウソウ果実の観察風景。
写真8 ギンリョウソウの熟した果実を食べるマダラカマドウマ。

熱帯の森でハンモックに寝ころんで、双眼鏡で林冠木の果実を食べる動物を観察した日々から、日本の森でセンサー付き自動撮影カメラを使って林床低木や草本の果実を食べる動物を観察する日々になりましたが、相変わらず「どの動物がどの果実を食べるのか?」を調べ続けています。
なかなか自分でフィールドに出かける時間がないこともあり、最近、注目しているのは、SNS上の記録です。超望遠デジタルカメラやデジスコ(デジタルカメラとフィールドスコープを組み合わせた撮影方法)の発達で、日本の動物たちが今、何を食べているのか、貴重な瞬間をとらえた写真や動画が多数見られます。あなたが何気なく記録した映像が、「タネまく動物」の新たに発見につながる日がやってくるかもしれません。

動物による種子散布について興味・関心を持たれた方は、『タネまく動物:体体長150センチメートルのクマから1センチメートルのワラジムシまで』を、ぜひ手に取ってご覧ください。

Author Profile
北村俊平(きたむら・しゅんぺい)
石川県立大学生物資源環境学部准教授。博士(理学)。専門は生態学。主な研究対象は、果実と動物の相互作用、サイチョウ類の果実食と種子散布。タネまく動物として、小さいものではワラジムシやヤマコウラナメクジ、大きなものではオオサイチョウやアジアゾウまで、幅広い分類群が対象。著書に『サイチョウ:熱帯の森にタネをまく巨鳥』(東海大学出版部)。

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