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第5回《貴重な水循環と湧水》

Author:北中康文(自然写真家)

 水の惑星と呼ばれる地球には、約13億8,000万㎦の水がある。これを立方体に閉じ込めるとその一辺は約1,100km(東京〜稚内の距離)と、意外に小さい。このうち海水が97%、淡水は3%。しかも、淡水の99%以上を南極の氷や陸地の地下水が占める。人や生き物が使える地表水(川や湖)は、全体の0.01%ほど。さらに、川に限定すると湖の1/80程度しかない。これは大気中の水(水蒸気)よりも少ない。つまり、川の水は地球全体からみると極々微量なのである。
 ところが、地球を潤す水循環の中で川の役割は大きい。海→雲→雨→川→海という水循環の中核を担っているのが、川。これは地表の水循環である。対して、もうひとつの水循環がある。それは、火山が関わる地下の水循環だ。つまり、海洋プレートが大陸プレートの下に潜り込む際、周辺の海水も同時に引きずり込まれる。海水はマグマや地下水となって上昇、火口から噴出したり、麓で温泉となって湧出する。
 後者は前回記事とも重なるので、今回は、地表の水循環でもある「湧水」をテーマにしたい。それは地下水の出口であり、川の入口でもある。湧水と一口にいっても、その種類は地形などにより6タイプほどに分かれる。ここでは、代表的な3タイプの湧水について記したい。

(1)火山と湧水

 火山は溶岩を吹き出すことで成長する。つまり、火山の表層は溶岩でおおわれている。溶岩は空隙が多く水を浸透させやすい。富士山や鳥海山の上中部に川がないのは、そのためである。従って、火山に降った雨は溶岩層の中(厳密には不透水層の上)を伏流する。そして、麓の溶岩末端部で地表に湧き出す。そんな湧水を生み出す火山は全国各地に点在。その中のひとつ、北海道の羊蹄山とその湧水などを紹介したい。

1-a.羊蹄山(北海道)

 蝦夷富士とも呼ばれる羊蹄山(1,898m)は、富士山より端正な円錐形をなす独立峰。北から見ても、東から見ても左右対称で美しい。約10万年前の安山岩からなる活火山だ。ここを訪れたのは7月中旬の正午過ぎ。光線の向きを考え、南東方向から順光気味に空撮した。山麓には数えきれない湧水箇所があり、日量2万t以上の湧水ポイントだけで6か所を数える。その中でも、羊蹄ふきだし湧水(次写真)は規模が大きい。

1-b.羊蹄ふきだし湧水・尻別川水系(北海道)

 羊蹄山北東麓に位置する湧水。安山岩溶岩中を流れる地下水が、その溶岩末端部から湧き出る。年間を通して水温6.5℃、日量約8万tの水量を誇る。これは約30万人の生活水に匹敵する量である。水の性質としては軟水で、コーヒーやお茶、和食の出汁にも相性がいい。ただし、北海道では湧水であってもエキノコックス(寄生虫)のリスクがあり、生水のまま飲用しないほうがいいだろう。

1-c.男池(おいけ)湧水群・大分川水系(大分県)

 九重連山のひとつ、黒岳(1,587m)北麓に位置する湧水群。その北東に立つ花牟礼山火山から流れ出た安山岩溶岩に、黒岳火山の溶岩ドームの崩壊物が接するあたりで噴き出している。標高850mの落葉広葉樹林内にあって、水温約12℃、日量約2万tが安定的に流れ出る。底が見えるほど澄み切った地下水がこんこんと湧く様は、見ていて飽きない。ここへは遊歩道が整備されているが、協力金が必要。

(2)段丘と湧水

 河岸段丘は、河川が長い年月をかけて形成した地形。かつて川が運び堆積させた礫や砂が層状に重なっている。段丘面に降った雨は地下水となって浸透。段丘内部の礫層中をゆっくり移動し、段丘崖の露頭から湧水となって湧き出す。これが河岸段丘などで見られる湧水パターン。火山の場合(溶岩)と違って、帯水層の多くは礫層である。

2-a.信濃川の河岸段丘(新潟県)

 新潟県津南町を流れる信濃川には、日本一ともいわれる大規模な河岸段丘がある。中津川合流点の右岸側にあって、全体で9段、比高350mにもおよぶ。最高位の段丘面は約35万年前に形成され、1,000年で60cmのペースで隆起したといわれる。そんな信濃川の巨大河岸段丘には、湧水がつくる神秘的な龍ヶ窪(次写真)がある。

2-b.龍ヶ窪・信濃川水系(新潟県)

 この湧水があるのは信濃川の河岸段丘上で、苗場火山の安山岩溶岩が透水層になっている。タイプとしては(1)に属するが、河岸段丘+火山という複合的地形のため、(2)に組み込んだ。湧出口の水温6.5〜6.9℃、日量4万3,000t。周囲はブナなどの落葉広葉樹林に囲まれ、季節ごとにさまざまな花が咲き、野鳥も多い。地域住民の生活用水として大切に守られている。なお、駐車場は有料(普通車200円、バス500円)。

2-c.お鷹の道/真姿の池湧水群・多摩川水系(東京都)

 多摩川の北側に平行して連なる国分寺崖線。かつての多摩川が流路を南側へ変遷していく過程で、武蔵野台地を浸食して生まれた河岸段丘である。お鷹の道/真姿の池湧水群は、この国分寺崖線の直下から湧き出している。水温は年間を通して15〜18℃、日量約1,000tが流れ出る。飲用としては不適だが、数十年前までは、地元住民が野菜などを洗う姿が見られた。なお、ここから350m流れて野川に注ぐ。

(3)扇状地と湧水

 川が山地から平野へ流れ出るところでは、流水の勢いが弱くなる。すると、上流から運ばれた土砂や砂礫が同心円状に堆積し、扇状地を形成する。その扇頂部(谷の出口)では川は表流するが、粒形の大きい砂礫が堆積する扇央部では伏流し、流量が少ないと水無川になる。伏流水はその後、粒形の小さい砂が多く堆積する扇端部で(伏流しにくくなって)湧き出すことが多い。このような扇状地と湧水の典型例を見てみよう。

3-a.六郷扇状地・雄物川水系(秋田県)

 秋田県美郷町にある扇状地。雄物川の支流・丸子川によって形成されたもので、旧六郷町の田園や集落が載る。美しい扇状に広がるこの扇状地は、基盤(千屋層)までの深さが50〜100mあり主に砂礫層からなる。扇央部(野中付近)からは30〜50cm大の巨礫も確認されている。そして、この地下には水脈が発達。扇端部では約60か所もの湧水が見られ、六郷湧水群(次写真)と呼ばれる。

3-b.御台所清水(六郷湧水群)

 六郷湧水群を代表する湧水。集落やお寺が近く、地元住民の生活とも密着している。かつて、出羽国久保田藩の藩主・佐竹義隆が鷹狩の際、この湧水を食事に利用したことから御台所清水と呼ばれるようになった。湧水の一角には洗い場が設けられ、住民が野菜などを洗う光景も見られる。また、六郷湧水群では湧水を好む淡水魚イバラトミヨ(絶滅危惧種)の生息が確認されている。

3-c.わさび田湧水・信濃川水系(長野県)

 長野県安曇野市にある湧水。信濃川の支流・犀川や穂高川などがつくる複合扇状地の扇端部から、北アルプスの雪解け水が湧出する。真夏でも水温は15℃を超えず、日量約70万tの湧出量は群を抜く。清らかで豊富な水はわさび栽培に用いられ、その排水を利用してニジマス養殖も行われる。また、この複合扇状地の水道水源は100%地下水で賄われている。

第6回(最終回)へ続く。

Author Profile
北中康文(きたなか・やすふみ)。1956年大阪府生まれ。東京農工大学農学部卒業。スポーツカメラマンを経て、1993年より自然写真家として活動。全国1600ヶ所の滝をカメラに収めるなど、水をテーマとしていたが、水の器としての地質の重要性に気づかされる。2019年DUIDA認定ドローン操縦ライセンス取得。その後、3年半を費やし全国109一級河川を空と地上から撮影。日本の川の多様性に驚かされる。主な著書に「日本の地形地質」(共著)「日本の滝①②」「滝王国ニッポン」「風の回廊~那須連山~」「シャッターチャンス物語」「LE TOUR DE FRANCE」など。2007年「日本地質学会表彰」受賞。


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