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都会にすむヒメアマツバメの謎を追え! 地上100mで取材班が見たもの
Author:髙野丈(編集部)
取材・撮影:佐藤信敏
*本記事は『BIRDER』2023年4月号の掲載記事を修正加筆したものです
そのとき取材班は、地上100mの断崖絶壁にいた。そこは、JR御茶ノ水駅にほど近いオフィスビルの屋上。人間が築いた絶壁だ。展望台ではないので、柵を越えれば命はない。周囲には企業や大学、病院などのビルが建ち並び、大手町のビル群や東京スカイツリーもよく見え、遠くには東京湾や富士山も望める。眺望は抜群によいが、我々は観光に来たわけではない。こんな都会のど真ん中になぜだかすんでいる、ヒメアマツバメのくらしをくわしく調べにきたのだ。
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都会にすむヒメアマツバメとは
御茶ノ水(東京都千代田区)の三井住友海上駿河台ビル(以降、駿河台ビル)にヒメアマツバメが営巣していて、街の上空を群れが飛び回ることは、有名な自然番組で紹介され、過去何回か小社の月刊誌『BIRDER』でも紹介した(2012年5月号および2022年1月号)。また2022年1月には、三井住友海上と本誌でオンラインイベントを共催。いつから、なぜ、駿河台ビルにヒメアマツバメがすみついたのか、どういうくらしをしているのか、その謎に迫った。このビルの一部分の形状が営巣に好適だったこと。ビル敷地内に造成された緑地に生き物が豊富で、ビル風によって緑地の虫が吹き上げられること。皇居や後楽園、不忍池など周囲にも緑地が豊富なこと。これらの好条件が奇跡的にそろったことで、生き物にとって一見くらしにくそうなコンクリートとアスファルトの大都会で、ヒマアマツバメは快適にくらしているのだ。実際ここでは、鳴きながら上空を旋回するヒメアマツバメの群れを地上から観察することができる。ヒメアマツバメたちは、ビル風が吹き上げた虫を捕食していると考えられる。実際、周囲に落ちている糞にはさまざまな昆虫の体の一部が含まれていた。わたしたちは都市におけるこの興味深い生態を、もう少しくわしく調べてみたいと考えた。そこで今回特別に許可をもらい、ビルの屋上へ上がって調査することにしたのだ。
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決定的瞬間の撮影に成功!
屋上に立って、周囲を観察する。ヒメアマツバメはたまに飛ぶものの、その頻度や個体数は少なかった。調査時にはすでに繁殖期が終わっていたため、日中は巣への出入りがほとんどなかった。でも、ヒメアマツバメは一年中同じ場所でくらす留鳥。夕方にはねぐら入りのため、巣に戻ってくるだろう。周囲を観察していると、たまにカワウが行ったり来たりし、こんな高い場所にハクセキレイがやってくることもあった。ハシブトガラスもふつうに行動していた。ここの巣は地上100mにあるので、天敵であるカラスが近づけないという見方もあったが、高さではなくビルの形状が理由のようだ。
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寒い季節だったが、さまざまな虫が飛んでいた。ユスリカやハエ、シャクガ、小さな甲虫まで。いずれの虫も、本来こんな高いところに用はなさそうなので、ビル風によって吹き上げられているのは間違いないだろう。朝から静かな時間が続いたが、午後になってわたしたちの上空にヒメアマツバメの群れがやってきて乱舞した。その数、ざっと数十羽。やはりヒメアマツバメは留鳥で、真冬も駿河台ビルでくらしているということがはっきりした。そして、このとき撮影した写真を確認したところ、まさに空中の虫を捕食しようとする瞬間が写っていた! 地上からの観察では推測の域を出なかったことが、今回の追跡調査によってしっかり裏付けられたのだ。
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高台から見る、生きものたちの都会ぐらし
この大群は巣には出入りせず、しばらく上空を乱舞したあとどこかに去ってしまった。再び訪れた静かな時間。よく探すと、離れたビルにチョウゲンボウがとまっていた。カワウは相変わらず行ったり来たりしている。真上にトビがやってきて、なにかを探していた。不意にハヤブサが飛んでいくこともあった。
都市の高台から周囲を観察すると、多くの発見がある。日常生活ではなかなか目にとまらないが、コンクリートジャングルのような都会にも、いろいろな鳥たちがくらしていることがわかる。いや、鳥だけではない。宙に浮いている小さな虫たちの存在にも気づける。そして都市の緑地と虫、捕食する鳥、その鳥を狙う鳥といった「つながり」が見えてくる。
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駿河台ビル新館と本館の間をノスリがふわふわと飛び、近隣の建物にとまったこともある。都心の街中にいることはあり得ない鳥なので、かなり驚いた。きっと、渡りの途中で一時的に立ち寄ったのだろう。
さて、ヒメアマツバメのことだ。一度は見失ったものの、双眼鏡で周辺を探してみると、遠くに群れを再発見することができた。観察を続けると、集まったり散開したりしながら、周辺の緑地上空を移動していることがわかった。東京は大都会ながら、大小多くの緑地が点在している。駿河台ビル周辺の緑地としては皇居、後楽園、上野公園があり、少し足を延ばせば新宿御苑や赤坂御所もある。緑地の周囲には高い建物があるので、駿河台と同じようにビル風によって緑地の虫が上空へ吹き上げられるのだろう。ヒメアマツバメたちは周辺の緑地をハシゴしながら、吹き上げられた虫を捕食して一日を過ごしているのだ。まるで漁場を求め、大海原を移動する魚やクジラのように。
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駿河台の奇跡
日没およそ30分前、ヒメアマツバメたちは巣のある駿河台ビルに戻ってきて、周囲を飛び回りはじめた。ねぐら入りの時が近い。ビルの2か所にある集団巣それぞれの周囲に、数十羽が飛んでいた。2つの群れを合わせた全体の個体数は、おそらく100羽以上だろう。よく観察すると、飛び回りながら何羽もの鳥が巣へ向かうが、手前で旋回していく。「チリリリリー」という鳴き声で合唱しながら、延々とその動きを繰り返す。赤く焼けた空と富士山のシルエットを背景に、いつまでも乱舞するヒメアマツバメたち。巨大なビルが建ち並ぶ都会のど真ん中で、まさかこんな光景を見られるとは……まさに駿河台の奇跡。取材班は圧倒され、思わず見とれてしまった。
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観察を続け、日没が近くなっていよいよ暮れてくると、次々に巣へ入っていくことがわかった。駿河台ビルには東西にそれぞれ巣がある。これまで観察してきて、まず東側の巣にねぐら入りし、その後西側の巣へねぐら入りするということがなんとなく見えていた。あらためて東西の時間差を調べてみると、やはり東が先で、西が後だった。太陽は西に沈むので、ビルの東側が先に暗くなる。夕日があたる西側が暗くなるのは東よりも後だ。この観察結果は、ヒメアマたちがある程度照度が下がったことを見極めてねぐら入りすることを裏付けている。
21世紀、生きものが絶滅する速度が加速し続けている。生物多様性を守り、この世界の持続可能性を担保するため、今は生きものとの共生に真剣に取り組まなければならない時だ。多様な生きものが生息する緑地を造成するという取り組みも、持続可能な未来のために有効な手段の一つ。都市で繁栄するヒメアマツバメたちは、わたしたちにヒントを示してくれているのかもしれない。
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駿河台のヒメアマツバメを見にいこう!
ソメイヨシノも咲いて春本番! 繁殖期を迎えて活発に飛び回る、駿河台のヒメアマツバメを見にいってみてはいかがだろう。
三井住友海上駿河台ビルの屋上庭園は誰でも見学可能。屋上庭園から駿河台ビルを見上げると、上空をヒメアマツバメが飛んだり、巣に出入りしたりしているようすが観察できる。運が良ければ、大きな群れの乱舞を見られるかもしれない。
開放時間:平日10:00〜17:00(11〜2月は16:00まで)
※駿河台ビルの屋上には上がれないので注意
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屋上庭園の向かいにあるECOM駿河台は、三井住友海上が運営する自然と環境に関する情報発信と地域交流の拠点。ヒメアマツバメの巣や剥製が展示されているほか、自然と生きものをテーマにした企画展も開催される。
開館時間:平日12:00〜18:00(土日祝日は閉館。まれに貸切などで閉館することがあるので、事前にECOM駿河台のFacebookページで確認しよう)。屋上庭園や野鳥観察の案内が必要な方には、ECOM駿河台で毎月開催している探鳥会がおすすめ。くわしくはECOM駿河台のFacebookページで。
Author Profile
髙野丈
文一総合出版編集部所属。自然科学分野を中心に、図鑑、一般書、児童書の編集に携わる。その傍ら、2005年から続けている井の頭公園での毎日の観察と撮影をベースに、自然写真家として活動中。自然観察会やサイエンスカフェ、オンライントークなどでのサイエンスコミュニケーションに取り組んでいる。得意分野は野鳥と変形菌(粘菌)。著書に『世にも美しい変形菌 身近な宝探しの楽しみ方』(文一総合出版)、『探す、出あう、楽しむ 身近な野鳥の観察図鑑』(ナツメ社)、『井の頭公園いきもの図鑑 改訂版』(ぶんしん出版)、『美しい変形菌』(パイ・インターナショナル)、共著書に『変形菌 発見と観察を楽しむ自然図鑑』(山と溪谷社)、『変形菌入門』(文一総合出版)がある。