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数多のムシにまつわる蘊蓄本と、『虫ってやっぱり面白い! 虫たちの生き方事典』は、どこが違うのか?
Author:小松 貴(昆虫学者)
我々の身の回りに住む、数多のムシ(昆虫、クモなどを含む)達。彼らは生きるため、自らの子孫を残すために、種により特有かつ様々なふるまいをして見せる。そのふるまいの珍奇さ、巧妙さの程度は、必ずしもそのムシそのものの珍しさとは相関しない。
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例えば、我々が靴を履いて玄関から出たすぐ脇の植え込みにいるような種が、流行りの恋愛ドラマも霞むような甘い雌雄の蜜月(そして泥沼の三角関係)を見せたり、あるいはSFホラー映画も裸足で逃げ出すような恐るべき命の駆け引きを展開する。
『虫たちの生き方辞典』は、主に日本国内に生息し(我々がその存在を認知しているか否かは別にして)、特に身近な庭先、近所の公園や雑木林などで見られるムシ達にスポットを当て、その不可思議な生態を紹介する内容となっている。
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正直なところ、現在ある種の昆虫ブームとなっている我が国において、ムシにまつわる蘊蓄本は飽和状態にある。書店の自然科学コーナーを覗けば、この手の本が10も20も並んでいるのを見かける。
そんな中、その棚にまた一冊本を並べるにあたり、私は本書に対して何らかのオリジナリティを出さねばならなかった。個人的に、私はそのオリジナリティとやらを、掲載写真に付与させようと考えたのだった。
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本書に掲載した写真は、原則として私が過去数年来日本の各地へ赴き、撮影したものを使った。その中には、恐らくこれまでの類書には載っていないであろう昆虫の、観察困難なシーンも少なからず含まれている。
例えば、アズマキシダグモやホシガガンボモドキ。オスがメスに求愛する際に、餌をプレゼントする「婚姻贈呈」の習性を持つことで知られている。その話題性から、しばしば「生き物豆知識」的な蘊蓄本で紹介され、習性だけは世の生き物好きらの間で比較的認知されているように思う。
だが、これらの行動を実際に野外で見たことのある者が、昆虫学者を含め我が国に如何ほどいるのだろうか。これらムシ達の、婚姻贈呈を含む一連の配偶行動は、彼らの神経質さやそのムシそのものの希少性により、観察が極めて難しい。
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しかし、私はムシに関する本を執筆する上での基本理念として、「自分が実際に見てもいないことを、見てきたように書く」のを極力やめる、というのを掲げている。だから、夜中に裏山の雑木林へ何日も通っては、アズマキシダグモの婚姻贈呈の場面に運よく出くわせるよう努力したし、絶滅危惧種ゆえどこに生息するかさえよくわからなかったホシガガンボモドキの生息地も、自力で新たに見つけ出した。
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本書を作成するに当たっては、文章をひねり出す苦労以上に、使用写真の撮影に多大な苦労をした。本文中にこそ書かなかったが、本書に載っている私の撮影した写真一つ一つには、それを撮影するに至るまでのドラマがあったのだ。それを踏まえて本書を読むと、また違った楽しみ方ができるかも知れない。
Author Profile
小松 貴(こまつ・たかし)
1982年生まれ。信州大学大学院博士課程を修了後、国立科学博物館協力研究員などを経て、現在在野の昆虫学者として活動。著書に『裏山の奇人』(東海大学出版部)、『昆虫学者はやめられない』(新潮社)など。
小松貴さん執筆のブンイチnoteのマガジン『稀代の生物学者、陸の深海生物に迫る!』もおすすめです。