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航海したことのあるイギリスの帆船がなくなった話

イギリスで帆船「Tenacious」を運行していたJubilee Sailing Trustが閉鎖されたとの発表がありました。
現在、団体のwebサイトでは閉鎖のお知らせしか見ることができません。
facebookやXでも同じ画像がポストされています。

https://jst.org.uk/

割と急に決まった話みたいで、先の航海の予約も受け付けていたようです。
予約者には返金などの対応について(保険会社から?)メールされると説明されています。
webサイトをはじめ、電話、メール、SNSなど、直接のコンタクトはできないようです。

Jubilee Sailing Trustは設立から50年近い老舗団体。
イギリスというとセイルトレーニング発祥の地、というイメージもあってなかな衝撃的な事案です。
一方で最近はヨーロッパの帆船運営団体の経営ははなかなか厳しいという話を聞いたことがあるので、これもまた仕方のないことなのかなと思ったりもします。

一時期は「Lord Nelson」という船も持っていて2隻体制で事業を行っていました。
「Lord Nelson」は2019年に運行を終了しています。
ぼくが初めて海外の帆船に乗ったのはこの「Lord Nelson」なので、なかなか感慨深いものがあります。
もう20年は前の話ですね。

サウサンプトン~ロンドン、ロンドン~アムステルダムのそれぞれ一週間ほどのふたつの航海に続けて乗船しました。
当時、写真を撮るのが嫌いだったので、なんと一枚も写真は残っていません。
とんがってましたねえ。


ロード・ネルソン

ふたつの航海の間が数日あったのでメンテナンスを手伝ってました。
テムズ川に浮かんだ船で、日がな1日、シュラウドにタールを塗っていました。
メンテ中は有料のビールサーバーもフリーで使えたので、個人的には楽しかったのですが、周りのクルーは
「あいつ日本からわざわざ来てるのに毎日タール塗ってるだけなんだが」
「英語しゃべれないから出かけるのが怖いんじゃないか?」
と噂されていたようで、一日、ボランティアクルーに付き添われて強制的に観光させられたのはいい思い出です。
観光地2-3ヶ所連れ回してくれて、夜はミュージカルに連れて行ってくれました。

この団体の船は「障害者と健常者がお互いに助け合いながら航海する」がコンセプト。
船内は車椅子でも移動できるようにエレベーターが各所に設置されていました。
車椅子のままでも使えるトイレやシャワー。
目が見えない人が舵を取るための音声アシスタントシステム。
車椅子で先端までアクセスできるバウスプリット(帆船の先端の突き出した部分)などなど、他の船では見られない設備がたくさんありました。

ハード面以外でも、車椅子を他のクルーみんなが手作業で吊り上げてマストからの景色を体験してもらったり、医療系、看護系の学生が割引乗船できる(確か普通に乗る半額くらい)など、ソフト面でも自分たちの価値を高める工夫がいくつもありました。

当時としてはまだめずらしく、社会とリンクした価値観をアピールしていたため、ほかの帆船運用団体と比べて寄付や支援を受けやすいという側面はあったのではないでしょうか。
他の帆船をチャーターしての事業スタートから、10年ほどでオリジナルの帆船「Lord Nelson」を建造し、さらに「Tenacious」を新造するだけの資金力とニーズがあったのは運営に力があったからだと思います。
2隻の船はどちらも「みらいへ」と同じくらいのサイズ。
ただ「Tenacious」は建造から20年以上。
先ほども書きましたが、オリジナルな機構が多い船なので、メンテナンスコストも他の船より割高だったのかもしれません。
世界的に見ても、民間で運用している帆船はもう少し小型のものが多い印象です。
やはりこのサイズの船を維持するのは難しいのかもしれません。

「Lord Nelson」乗船当時、ぼくは35歳くらいだったと思いますが、そのころ日本の民間団体所有の2隻の帆船(あこがれと海星)の両方でボランテイアクルーをやっていて、完全にベテラン扱いで船に行っても誰も優しくしてくれないw状況でした。
しかし、英語がほとんどしゃべれないという事情もあって、Lord Nelson では上記の強制的に観光に連れ出されたりと、周りがとてもよく面倒を見てくれました。

ミーティングが終わると同じワッチ(班)のメンバーが「いまの話わかった?」と確認してくれたし、夕食後にバータイムがあったのですが、ネイティブ同士の会話に入れないのでいつも遠慮してたのを、やはりワッチメンバーのおじさんが「今日はおれがみんなにワインを奢るからお前も来い!」って無理矢理連れ出してくれたりもしました。
ちなみに、この夜は呑んでる最中に「オールハンズオンデッキ」(総員呼集)がかかり、ワッチメンバー全員ほろ酔いで操帆作業をしました。
むっちゃ、テンション高くロープ引いて楽しかったです(まあ、危ないと言えば危ないけどね)

こうした雰囲気は、船の性質上、ゲストでもホスピタリティの高い人が集まっていたからだと思います。
また、比較的社会的地位の高い方、経済的な余裕のある方が多いようにも感じました。
なんというか、「古き良き英国」な香りのする生活でした。

英国的といえば、食事はあまりおいしくなかったですね。
イギリスの方が日常的に食べてるものなんでしょうが、調理方法がよくないとか素材が悪いとかではなくて「塩加減、おかしくないですか?」という感想でした。
すごく薄味の時もあれば、むちゃくちゃ塩辛いときもあって。
どっちかに偏ってれば、そういう味の好みの国なんだな、と思えますが、いや、どっちなんだよと。

また10時と15時には必ずお茶の時間をとるのもイギリスの船だなと。
操帆作業とか掃除とかものすごくバタバタしてても、各ワッチでお茶係に任命された人が(うちのワッチは高校生のかわいい男の子)「milk&sugar?」って確認して、その後でひとりづつの好みの紅茶を持ってきてくれるの。
揺れる船内で7-8個のマグカップ運ぶ時にずれないように固定できる、専用の運搬ケースもあって、この国のお茶に対しての執念!となってました。

2週間で印象的だったのは車椅子の人のバウスプリット渡りをサポートしたこと。
ある日の夕方、バウデッキでひとり海を眺めていた時、たまたま車椅子のゲストとそのサポーターの方がやってきました。
でバウスプリットの先までいくのを手伝ったたのですが、バウスプリットの先端で、その方が目の前の海を見つめながら「Fantastic…」と小さく呟いたのが忘れられません。

また軽い知的障害のある小学校高学年くらいの男の子がいました。
彼も車椅子が必須だったのですが、ロンドンからアムステルダムへの航海の途中、オランダの名前もよくわからない港町に上陸た時に、車椅子のアテンドしたりと一緒に行動していて仲良くなりました。
彼が下船する時に、ぼくの名前を呼んでくれて、挨拶しにいったら抱きしめてくれたりもしました。

世界のあちこちで、帆船を運用している民間団体はまだまだたくさんあります。
そのそれぞれが、違った成り立ちや理念があって、船ごとの文化があります。
願わくば、これからもそうした多様な文化に触れられる機会が少しでも多く残り続けますように。

夢と冒険が、たとえ世界の役にたたなくても、失われないように。


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