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劇団は荒ぶるスタッフからいかに身を守ればいいのか


劇団さんに反撃された話

前回のポストで「初めての演出家さんに対して、スタッフは荒ぶりがち」みたいな話を書きました。

で、今回は初めての団体さんの稽古に行ったらバッチリと対策されていた話をしようと思います。

お相手の団体さんへのネガティブな話ではないし、なんならいまも毎年お仕事を依頼されている間柄ですが、団体さんの内情への言及もあるので一応団体名は伏せさせていただきます。
同様の理由でこの記事は写真はなくテキストのみです。
もし、団体さんからOKもらえたら公開するかもしれません。

お相手はオリジナルのミュージカルをこせれまでも年に1回ペースでやっている団体さん。
出演者は小学生から大人まで。稽古は基本週末のみ。

お仕事をさせていただくことになった経緯は、その団体さんに時々ダンスを教えに行っている先生から彼女の公演の照明をやっているぼくの仕事仲間にオファー、しかしスケジュールが合わなかったのでたまたまそのとき打ち合わせで一緒にお茶を飲んでいたぼくに振った、というものでした。

書いたものを読んでも、分かりにくいですよね。
まあ、それくらい遠い、というか団体さんぼくとの間にはなんの接点もなく、前回書いたような共通認識とか相互理解とかはまるでない状態からのスターだということでした。
(その後、いろいろとお仕事で関わりがあったことも判明しましたが)

さて、今回のお仕事で最大の問題点は、劇場に入ってからの時間がないことでした。

劇場のキャパは300人クラスの中ホール。
借りているのは2日間で、初日に仕込み→場当たり、二日目にゲネプロと本番2回。

出演者は半分くらいは子供もで30人ほど。
床のリノリウムは主催側が引く。
簡単だけど平台で台組もあり。吊り物もあり。
ピアノの生演奏あり。

恐怖!前回公演からスタッフが全て入れ替わっている

少しめんどくさいけど普通ならまあなんとかなるんじゃないかという条件ですが、一番大変なのは舞台監督がいないこと!
いや、待って。
これで舞台監督いないの割とやばくない。
不安要素がかなりある。

外部スタッフは照明の他にPAさんと作曲家兼ピアノ伴奏者。
そして、なんと全セクションがこちらの団体さんとは初めてで、前回までの様子とかがまるで分からない。

そもそも、公演スタッフって一度頼んだらそう頻繁には変えたりしない。
全フタッフが同じタイミングで入れ替わりって、それはなんか問題があったのでは、と勘繰ってしまう。

しかも気になったので調べたら、前回公演は演劇系の照明会社では有名な「○かり組」さんがやってたとのこと。
えー、「あ○り組」さんの後に、ぼくみたいな泡沫照明デザイナーがやるの。
しかも当時ぼくは「あか○組」さんにたまに増員で呼ばれたりもしてたのに。
当時住んでいた場所と事務所が近かったので「あかり○」さんの花見に顔を出したりもしてたのに。

定期的に公演を続けている劇団で、スタッフが変わる理由はいろいろありますが、ほとんどは「予算」「スケジュール」「主催と揉めた」のどれかです。
今回のケース、「スケジュール」は会社の場合は他の現場が被っても、社員のやりくりなんとかできることが多いので、それが理由とは考えにくい。
「予算」もぼくが提示された額は決して高額とは言えないものの、公演規模に見合ったちゃんとしたものなので、これが理由とも考えにくい。
ということは「揉めた」のかなあ、どうなんだろうなあ、といろいろ悩みながら稽古開始を待っていました。

稽古が始まって

そうこうするうちに、初めての稽古参加。
ちなみに、ぼくが関わるキッカケになった遠い知り合いのダンサーさんは、不定期に教えにきているだけなので、公演の稽古にはいらっしゃらない。

稽古前に、作品について軽く打ち合わせ。
演出家は30代くらいか。
物腰柔らかく丁寧なものいいの方。
内容についての質問にも普通に会話ができる。

そしてミュージカルなので振り付け家もいる。
演出家と同じくらいの年頃。
アクティブな印象の方。
こちらもちゃんと話が通じそうな感じなのですが。

稽古前の段階では、それほどお付き合いしにくいタイプの方々には見えない。
出演者さんたちも外部スタッフにはちゃんと節度をもって接してくれて、全体としても仕事のしにくい環境ではない感じ。
まあ、これが、劇場に入ると変わるのかな?

そして稽古終了。
ここから内容についての細かい打ち合わせ。
そしてここで、初めての出来事が。
キューナンバーが全部指定されていました。

照明のキッカケが全て決められていた

照明が変化するキッカケをキュー(cue、Q)と言います。
例えば曲が入ったらとか、このセリフを言い終わったらとか、誰かが舞台上に出てきたらとか、それぞれ照明が変わるタイミングでキューが割り当てられ、演目の最初から順番に番号が割り当てられています。
曲が入ったらQ5、歌が始まったらQ6、サビでQ7、間奏になったらQ8、みたいな感じです。
それぞれのキッカケに割り当てられた数字をキューナンバーと呼びます。

これ、日本だと普通は照明デザイナーが決めて、他部署と共有することもあまりありません。
ミュージカルやオペラなどで演出上、曲と照明をシンクロさせたい個所で細かくキッカケをしていされることはたまにありますが、今回は劇団側からすべての照明変化の場所とキューナンバーが指定されていました。

きた、これだ。
これで、本番でキッカケがずれたら怒られるんだ、きっと。
キューについての打ち合わせの後で、少しキューが足りないところや増やしたいところがあったので、かまわないかと質問したところ大丈夫とのこと。
いや、いまはそう言ってるけどきっと…

そしてこの打ち合わせから主催側でもう一人ご参加された方が。
やや年配の女性で、この劇団の元となった音楽教室を運営されている方。
台本もこの方が執筆されている。

笑顔が素敵で大変人当たりのいい方だが、その時のぼくは
「ああ、この人がラスボスなのか。いまはこんなに朗らかだけど、劇場に入ったら激怒するにちがいない…」という心境でした。

劇場入り 誰がキレるのかと恐れていたけ

そして劇場入り。

仕込んで、場当たりして、ゲネをして、本番2ステージ。
予想通り時間が全然なく、朝から晩までほぼぶっ通しで働く2日間。
ではありましたが、逆に想像していた以上のことは起こらず…

仕込みでサスバトン飛ばすのが少し遅れたり、
明かり作りが間に合わなくて、場当たり開始を少し遅くしたり、
ここか、ここでキレられるのか、とドキドキしたタイミングは何度かありましたが、特にそういうこともなく、むしろ淡々と進行していきます(というか淡々と進めないと間に合わない)

演出家や振付家から照明へのリクエストはありましたが、普通に作品作りをする時に出てくるような内容を普通に相談されて、できることは対応してできないことは無理だと告げ、了承してもらって先に進むという、本当に普通に進行していきました。

本番も撤去も無事に終わり、車に機材も積み込んで出る間際に演出家から「次回公演もお願いしたいのでまた連絡します」と声をかけられホッとして車を出しました。

ちなみにその次回公演の打ち合わせ時に「前回、キューを全部そちらから指定していただいたのですがどうしますか」と尋ねたところ「お任せします」と言われて、それから10年ほどおつきあいさせていただいてますが、キューを指定されたことは一度もありませんでした。

照明デザイナーへの評価基準とは

ここまでの話で、なぜ初回だけキューを指定されたのか、その分けを考えてみます。
(先方に確認したわけではないのであくまで個人的な考えです)

前回は会社に発注していたのですが、会社だと予算が同じでも社員や自社機材を安く出すことができる場合があります。
一方、ぼくはフリーランスなので、手持ちの機材も少なく、必要な人も全部外注することになります。
なので、予算を抑える意味もあり基本的には劇場の機材を使い、どうしても足りないものだけを持ち込むことにしました。

ひとつの現場に対しての照明デザイナーのスタンスは人によって違います。
自分のイメージを実現することにこだわる人が多いのですが、ぼくは「間に合わなかったら0点」だと思っています。
「間に合う」とはなにかですが、厳密には「出演者に約束した時間を提供できなければ」ということです。

デザイナーとしてやりたいこと、自分の仕事へのプライドはとても大切ですが、一方で、仕込みや明かり作りが、当日のタイムテーブルを大きく逸脱してもあまり意に返さないデザイナーさんもいて、そういう仕事の仕方はしたくないなと思っています。

まあ照明だけではなく他セクションもですが、どう考えても間に合わないタイムテーブルを作り、案の定、全然予定通りに進まなくて、その皺寄せが場当たりやゲネプロに、ということを平気でやっちゃうスタッフも少ないですが存在します。
その時点で、自己評価としては0点だとぼくは考えます。

もちろん、予想外のドラブルなどで、出演者含めて各セクション妥協する必要があることもあります。
純粋に時間がない現場も少なくありません。
ただ、可能な限り事前にシュミレートして、限られた時間をどのように使うかを精査し、全セクション納得の上でそれぞれが妥協するのが当たり前で、なし崩しに他のセクションの時間を奪うのは、一緒に作品作りをする仲間への対応としてダメだとぼくは思うのです。

おそらく。
前回公演の時に、照明のセッティングで時間がかかり、場当たり中に照明へリクエストしたくても取り合ってもらえない。
そういうことがあったのではないかと想像します。

場当たりでの意思疎通をうまく行うために、また照明へのリクエスト内容をスムーズに伝えるために、演出絵や振付家と照明デザイナーでキッカケを共有しておく必要があると考えたのでしょう。

照明デザイナーへの評価基準は様々で、実は前述したように自分のイメージの実現を最優先するためにも他セクションに圧をかけるようなタイプの人が評価されることもなくはありません。
ただ、今回の案件に関しては、ぼくのような「限られた時間で、全体の進行を第一に考えて、条件の中で最適解を目指す」ようなスタンスの照明家の方が合っていたんだなあと思いました。


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