ユーミンと大学生
松任谷由美のバズビデオを観ていた敦。音楽家として才能がある彼女でも、不振の頃があった。1972年荒井由由実でデビュー、1976年音楽プロデューサー、アレンジャーの・松任谷正隆と結婚、松任谷由美に。結婚後に1年の休養後、再スタートした時に不振に喘いだという。やはり、ズバ抜けているのは、楽曲作りだ。多くのミュージシャンが彼女の曲で、ヒットに恵まれている。本人が歌うよりも、歌が上手い歌手は山ほどいる。
そんな彼女が、ジンガーソングライターとして、アーチストとして、欠かさずやり続けていることがある。ユーミン冬の定番「SURF&SNOW in Naeba (サーフアンドスノーイン苗場)」。2020年には40回を迎えた。1981年にスタートした苗場コンサート、ゲレンデで思いっきりウィンタースポーツを満喫したり、充実した施設満載のプリンスホテル館内を散策したりした後に、夜からゆったり楽しめる冬のリゾートコンサート。
それのきっかけとなったが、当時の大学生との交流からだった。「遊び心」を忘れていた夫婦にとって、大学生のピュアで、きらきらの遊び心いっぱいの行動は、二人を虜にした。まるで、吸い寄せられるように、苗場でのスキー場のコンサートが決まった。それをきっかけに、次から次へとヒット曲を作り出す音楽工場のように巨大なムーブメントとなった。
松任谷は「遅れてきた青春を取り戻す様に、音楽の面白さを伝えたい。遊び心を取り戻したい」と必死だった甲斐あって、子供から老人まで楽しめる音楽を作り出すことに成功した。いや、成功し続けている。
敦も苗場には、思い出がある。友達の真田哲夫が持っているリゾートマンションが苗場にある。冬場にスキーに誘われたり、夏場にゴルフに誘われたりした。真田は、千駄ヶ谷で、アパレルメーカーと若者向けのカジュアルショップのチェーン店を経営している社長だ。奥さんの清美も懇意にしている仲である。そこには、ホットサンドメーカーのトーストがある。「これ美味しい」と瑠璃子も絶賛するほど美味い。ホットサンドメーカーは、サンドイッチを挟んで閉じ焼きあげるもので、フライパンを2枚向かい合わせに重ねた構造になっている。温かいサンドイッチになる道具。「あれは、苗場だけでしか食べたことがない」と敦はいつも自慢する。
冬の苗場のマンションは、結露が凄い。除湿機が何台あっても足りないくらい結露が凄い。カビ発生の原因になるので、マンションの維持は、メンテナンスが大変だといつも思った。他にも。清美の両親が持っている別荘が那須にある。こちらは、一戸建てだから、庭の手入れもあり、大変だと思ってしまう。金持ちは、メンテナンスを業者に依頼するから平気なのだが、貧乏性なのか心配する。運動神経のない敦は、スキーもゴルフも下手だ。付き合いでやっていたが、本音を言えば、やりたくないと思っている。
スキーは、カナダに行って習った。ウィスラーというバンクーバーオリンピックのスキー会場になった町で四泊六日のツアーに参加した。瑠璃子にとっては、初めてのスキー、敦にとっても、大学時代に二日くらい習った程度だった。カナダ人のインストラクターは英語で、アップダウン、アップダウンと平斜面で2時間ほど教えて、いきなりリフトで山頂まで連れて行き、滑らせた。転倒しながらも、何とか滑れるようになった。というよりも、自信がついた。
しばらくして、ランチタイムになり、食堂に行ったら、小人の集団のようなニット帽にブカブカのアウターを着た若者達がいた。まだ、スノーボードが日本で流行る前だったので、驚いてしまった。スタイルも可愛いし、早くメジャー競技にしたいという若者ばかりがいた時代だった。世界で活躍をする夢見る若者たちばかりだ。八百屋の息子とか、学生とか、OLとかがいた。ホテルで食べた皮付きのポテトフライが超絶に美味しかったことを覚えている。
しばらくすると日本の苗場でもスノーボーダーが流行っていた。ユーミンの言う「サーフ&スノー」とは、スキーとスノボのことらしい。まだ、40年前はスノボがサーフィンに似ていたからかもしれないと敦は思って笑ってしまった。若者たちがサブカルチャーを見つけ、広めていく。それを大人が享受する流れがある。最初は、異端児扱いされるが、メインストリームに躍り出たとき、ヒーローになる。
「社会が若者たちの無茶なチャレンジを許す器量があるかないかだ。今の世の中は、若者にチャレンジさせない世の中になっている。爺社会の弊害で、新しい価値観に切り替わらない。静かなる抵抗、静かなる反抗の時代」と敦は心の中で叫んだ。
社会に余裕があるのに、そう見えない。若者を自由にする風土が消え、爺の尺度で人まで測る。ユーミンと大学生との運命的な出会いのように、必ず若者とまともな大人との新しい出会いがあるはずだと敦は信じている。楽しくなければ、人生じゃない。あそび心がなければ、新しいものは生まれない。社会はそれを望んでいる。