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小さな旅



10時14分発のコミュニテイバスに乗ろうと5分に玄関を開けた。「まだ洗濯物を干していなかったのよ」と急かす敦に向かって瑠璃子は、のんびりと洗濯物を干していた。3分もあれば国分尼寺のバス停まで行ける。それでも心配するのが男なのかもしれないと敦は思った。「バスの旅だからね。のんびり行こう」と言い出したのは、敦であった。終点のかしわ台まで行って、「おふろの王様」に行く計画だ。以前は「ここち湯」と言っていたので、そのまま、そういう風に言っている。「温泉だが、井戸水を地下から汲み上げているみたいなものだ」と敦は根拠はないが言い切る。どちらにしても、銭湯価格だ。一人七百五十円だから、負担が少ない。

ドライサウナや薬草スチームサウナ、炭酸天然温泉、に必ず入る。その他、ジャジーやジェットバス、寝転びの湯、電気風呂、壺湯など21の湯船があるアミューズメント性の高い銭湯だ。ドライサウナは、15分くらい最前列に座って入る。汗が出始めて、水風呂に入りたくなったら出る。テレビがあるので、見続けている。時間がお昼前でしかもフジテレビの「ノンストップ」という情報バラエティ番組が流れている。テレビショッピング的な内容なので、見るのに疲れてしまう。それでも熱いサウナ室にいると我慢が喜びに変わる。我慢の限界に来た時にサウナ室から出た時の感動がいい。

ぬるめの掛け湯を頭から掛けて、炭酸泉に向かう。炭酸泉の壁には、効能や特徴が記されいるので、いつも読んでしまう。『 「炭酸泉」には、毛細血管を広げ、血行を促進する効果があります。 お湯の中に溶け込んでいる炭酸ガスが、肌の内側に浸透して血管を拡張してくれるのだとか。 お湯の温度自体が低いにもかかわらず、炭酸ガスの働きでしっかり血行を促進してくれるため、心臓へ負担をかけずに血行改善の効果を得ることができます。』などといいことづくめなことが書いてある。20分くらい入っても、半身浴ならば、温度も低いので、入っていられる。

身体が完全に温まってから、外の源泉掛け流しの「ここち湯」に入る。何しろ、3人でいっぱいになるので、頃合いを見計らってから入る。「お客にぬるいと文句を言われたので、温度を高くしたみたい」と他の客同士で喋っていた。源泉を沸かしては、何の意味もなくなる。「苦情を聞いて、温度を上げてしまう管理者もクズだ」と独り言を言った敦だが、本当に最低の対応だ。そんな客は源泉に入らなければいいだけの話だ。そもそも温泉じゃなく、銭湯だと自分で言っているみたいなものだ。

そんな怒りも、生ビールで帳消しになる。販売機にカードを入れて、生ビールとつまみのさんまの唐揚げと鯵の天ぷらを押した。カウンターでチケットを出すと呼び出しのポケットベルをもらって、呼び出されるまで待つ。料理と生ビールが届いた。瑠璃子には、唐揚げ定食とジュースが来た。「最初の一口が美味い」とジョッキを半分ほど空けた敦が、美味そうに喉を潤していた。「ちょっと、帰りのバスは諦めて電車で帰ろうか」とバスの発車時間が詰まっていたので、確認した。「そうしようよ」と瑠璃子が賛同してくれた。「もう一杯飲もうと思ったが、それほど飲めるとは思わなかったのでやめた」と敦は、いつもの勢いが無い。

12時半を過ぎて、お風呂を出た。バスの停留場にコミバスが止まっていたので、急いで乗った。電車を諦め、国分経由の海老名行きのコミバスに乗った。乗ったと同時に乗客が二人だけのバスは出発した。東逆川とか、伊勢山、やまに平、天平通りを抜けて海老名駅前に到着した。「まるで、バスの旅だったね」と喜ぶ瑠璃子。散歩で歩いた場所が、バスに乗ることで、位置関係や地理関係がはっきりした。何よりもバスの旅感が楽しかったようだ。

最初は、上今泉ルートで常泉院前、秋葉山古墳群、産川せせらぎ公園などを通ったバスの旅。夢を載せたバスは、狭い道を潜りながら走っていく。バス停の名前が魅力的だ。何の変哲もない名前が瑠璃子にも敦にも感動を与えてくれた。もっともっとバスの旅に出たくなった。色々な乗客がいるから面白い。歩くのがやっとな老人、せっかちな主婦、二人とも杖をついた老夫婦など様々な人達が使う便利なコミュニテイバス。何だか、嬉しくいられない二人であった。小さな旅が、小さな喜びを与えてくれた。

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