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男は強くなれという、女たちの罠

とてつもなくファンタジーな夢を見た。全ての世界が、とても幻想的で、美に富んだアートな世界だった。そこには、悲惨や悲しみが全く無い、明るく陽気な異次元であった。辛い現実も暗い過去も消滅した世界に、驚く程の数の人たちが集まった。

そう、謙也が大好きだった百貨店が蘇った。百貨店は、人々に夢を売る場所だ。ディズニーよりも、欲深い人達も集まる場所。謙也がプロデュースし、妻の優子がデザインし、息子たちが装飾し、数々のデザイナーやイラストレーター、アーテストが参加した華やかなルネッサンス運動。

ファッション、音楽、芸術、アート、アニメ、全ての表現から集まった。もちろん、デジタルが主流だ。インターネットで世界に同時発信した洋服を含むファッション、絵画、音楽、アート、書籍、店舗のビジュアル映像でも販売した。今まで見た事のないものばかりだ。

マルチなミックス手法によって、いままで経験した事のない金額が舞い込んできた。夢のような話だ。だって、夢の中だから。「私はこうして巨額な富を手に入れた」というサクセスストーリーばかりがネットを埋める。成功した人間は、全員無口だ。誰一人として成功事例を口にしない。それが世の中だと謙也も思う。

ツルゲーネフの小説に『初恋』という作品がある。それを読んだ謙也は衝撃を受けた。「意思だ、自分の意思だよ。こいつが自由よりもっと尊い権力さえ与えてくれるのだ」父親が発した言葉だ。恋に落ちた男の心情を伝えたものだ。意思の強い父親は、息子と対して年齢が違わない女の子に恋に落ちた話だが、何故に中年男が二十歳そこそこの女の子を口説き落とせたかというと男爵という教養も素養も金銭的に余裕もある男だからだ。その辺にいるサラリーマンの中年とは、別格だったと謙也は痛感した。

夢で終わらせる人ばかりの中で、悪戦苦闘して実現するには、知識と余裕が必要だ。余裕というのは、単に金銭的なものだけでなく、人為的にも友達や知り合い、単なる知り合いでなく、専門知識のある知り合い、会社、ブレインたちだ。マルチタスクが必要な仕事は多い。専門家を集めるにも、タスクは必須だ。

そんなことを考えているだけで、心が萎えてくるのがわかる。強い意志を持つことは、散々言われたと謙也は思い出した。先ずは、中学校の担任から言われた。「男は強くないとね」と。高校の時は、ずしんと強く言われた。しかも、宮崎交通のバスガイドをしていた美子というお姉さんからだ。彼女の連絡先を教えてくれたのは、親しかった光ちゃんという同級生だった。

姉的な存在の憧れる年代でもあったが、真面目に悩みに応えてくれた女性であった。何度か文通していると「男は強くないと生きれないよ」と言ったことを言われた。なぜ、男だけなのか、当時は分からなかった。しかし、生きている内に荒波に揉まれる内に自然とわかってくるモノだ。肉体的に強く成るだけでなく、精神的に強くなれということだと分かる。

窮地に追い込まれた時の対処法を考えと言っていたような気がする。人間は、反感を買うと、徐々に束になって反撃に出るものだ。仲間と思った人達が、敵陣に回る。孤立無援の状態になる場合がある。当然、本人に否がない訳ではない。だから辛い。誰だって、逃げ出したく成るものだ。会社にいたら、即刻辞めるはずだ。ここで強さが出る。どんな仕打ちにあっても挫けない精神力だ。意外に、小説ではないが、強い意志さえあれが、尊い権力さえ手に入れるかもしれない。

謙也は、ある時期、浮気をしていた。どうして決定的になったかというと有り得ないような話だが、謙也が「ビギ」全盛期の頃、スーツを買った。相手の百合子も同じスーツを買って会社に着てきた。全社員に浮気公開みたいな雰囲気になった。「雲隠れしたい」と思った。「なぜ買った」とか、「なぜ買ったこと言わなかった」などと相手を責める言葉も見つからなかった。事実を淡々と認知することが大事だと謙也は思った。幸いまだ、優子と出会う前だった。こんなこともあるんだと思った。「思えば、強くなったモノだ」と自分に感心してしまった。

その前に、浮気ということは、妻がいたということで、その妻だ専業主婦だったからバレずに済んだ。百合子は、別事業部のデザイナーをやっていた。当時、服飾専門学校出身のデザイナーが多い中で、美大出身の珍しいかった。美大に興味もあって、酒好きな彼女と二、三度飲みに飲みに行った。三度目の時に、新宿公園で酔い覚ましに涼んでいたら、突然、そんな感じになった。そのまま、新宿の奥のホテルに行ったことを覚えている。

不覚だったかどうかは分からないが、背信行為であることは確かだった。百合子と付き合いだして3ヶ月が過ぎて、秋が深まる頃、この大事件は起きた。人を愛するという事の証明であり、不倫という罪悪感に負けた瞬間だった。自分は試されていると謙也は感じた。百合子と会社の同僚、仲間達に羞恥を晒していると、同時に公開されたのだから、これ以上悪くならないと踏んだ。

当然、仕事柄、直属の部下や上司もいる。針の筵の中で懸命に仕事をこなした。仕事に関しては、百貨店との取り組みなど成果をあげていた。だから、こそみんな興味を持つし、寄ってくる。取引先や得意先まで噂が広がらず、当時は当たり前に上司も浮気をしていたし、コンプライアンスなどもなかった時代だった。とにかく、この苦境を乗り越えなければならないと必死だった。むしろ、バレたおかげで、噂話で無くなった点、後ろめたさがなくなった点など利点も増えた。かえって、気軽に話しかけてくる人も増えてきた。まるでファンタジーのように広がったように思う謙也だった。

「強く生きろ」と多くの人たちから言われた。弱く感じたのは、体重も四十五キロと痩せて貧相な体型だったからだと思う。言った人たちに会ったら、全員が「怖くなったね」と言いそうな風貌だ。おかげで、大抵のことに動じなくなった。怖いのは妻の優子の的確なアドバイスだ。何も言わないのに、禁酒をしている。冷えとりをしている。長い時間をかけて、改造させらている。読書熱も優子が読書をしている姿に影響されて、昔のように本好きに戻ったように想う。「結局、一番強いのは優子だと密かも思う」謙也であった。


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