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ダイアナ妃と英国墓地



英連邦戦死者墓地(英国墓地)が横浜の狩場と言うところにある。イギリスにいるのかと錯覚するほど英国感が漂う場所だ。

時折、吉岡茉里は、実家が東戸塚なので、旦那の聡と一緒に訪ねる。隣に公園があるので、そのついで行く。日本の墓地と違い広々とした芝生の上に石碑があるシンプルな、広場の体をした墓地は、誰もいないおとぎの国のように感じる。茉里のお気に入りの場所だ。

墓地には第2次大戦中に日本で死亡した英連邦の軍人ら約1800人が埋葬されているので、故ダイアナ元皇太子妃や故サッチャー元首相、ウィリアム王子など英国の要人たちが来日した際は、必ず訪れる場所だ。

1997年8月31日、仏パリで起きた自動車事故で死亡したダイアナ妃、36歳の若さだった。衝撃の事故。世界中の全ての人たちが悲しみに打ちひしがれた。

「英国墓地にダイアナ妃の献花台を設けるらしいよ。」と何処からか情報を得た聡が茉里に教えた。
「行ってみよう」
その日のうちに、花屋で白い薔薇の花を買い、英国墓地に行った2人。
「喪服にする」
「いや、そんなに大袈裟にするとダイアナさんが嫌がるよ」

それでも茉里は、質素な黒の半袖のミニワンピースに真珠のネックレスを付けたシックな装いをした。聡は、アニエス・ベーのグレーのスーツに着替え、黒とグレーのジメンタルストライプのネクタイで出かけた。

線香も数珠もなく、手ぶらで薔薇だけを持って、悲しみを堪えながら、献花台に薔薇をそっと置いて帰って来た。二人とも沈鬱な空気もあったが、笑顔のダイアナ妃の遺影を見るとホッとした。

世紀のイベントに参加出来たこと、名もなき夫婦の思いが少しでも伝われば、それで満足だった。ロンドンに年二回づつ、仕事で尋ねていたこともあり、バッキンガム宮殿は、一度だけ行ったきりだが、女王の国、イギリスに親しみを感じていた。

ほとんどの人が知らない英連邦戦死者墓地で献花する事が出来た幸せを二人は味わった。

「ダイアナ妃が生きられなかった分、余計に生きよう」と訳の分からない事を呟く聡に茉里は、大笑いした。

「あんたなら、百年も二百年も生きられるよ」


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