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野球部狂想曲

カキーン、カキーンと硬球とバットのなる音が夕刻の空に鳴り響く。
「上がれ」三年生が叫ぶ。
本当に土手に上がってしまったこともあった。
硬球は、白球でなく、部員が各々持ち帰って、針と糸で補強したボールだ。だから、日が落ちると見えにくくなる。

練習が終わり、帽子を取って、
「あーす」ありがとうございますが短縮されて、みんなそう叫ぶ。

三年生は、4人だけだ。サード、一塁、ライト、レフトのレギラー選手。ピッチャー、キャッチャー、二塁、ショート、センターの5人のレギラーがいた。

この夏の県大会が最後の三年生は、一年に気合をつけるという名目で、伝統行事のしごきを敢行した。真っ暗な夜に、バックネットの前に座らされた。

ひざの関節にバットを挟み、地面に正座させられ、大声で叫べという。何度も何度も自分の名前を連呼した。涙がポロポロ頬を伝う。悔し涙と、切なさが入り混じった涙だ。

「聞こえない」と三年生が叫ぶ。よっぽど、そっちの方が聞こえねえと叫びたくなる。そんな軍隊な様な訓練は、次年度から、やめようと二年生から提案があった。

ある日、監督兼部長に全員呼び出された。県大会前の緊張した日に、「実は、キャプテンの隼人が、喫煙で捕まった。とは言え、直ぐ保釈され、問題にならなかったが、これ以上絶対に警察沙汰になるな」と厳しく訓告を受けた。「それと、この件は、家族、友達に他言するな」と
念を押された。もちろん隼人の名前を呼ばれた先輩もうなだれながらも同席していた。出場停止処分は、事実上の野球部の活動停止になる。

実は、高校まで、野球らしきことをしたがない。本格的に野球をやったことがなかった。だから、全部が新鮮だった。

夏の試合は、あっけなく終わった。元々、県立の三校(旧制第三高等学校)なので、蛮カラな校風の高校で、女子が極端に少ない。しかも、生徒全員が、応援団に強制的入らせる程の応援練習を昼休みにやっていた。お爺ちゃんOBも大勢の駆り出されて賑やかだった。肝心の野球は、一二回戦で負けるのが常だった。

応援練習がやりたくなかったのが、野球部入部のメインの動機だった私は、昼休みは、トンボと言われる器具で、グランドを整備していた。中庭から応援歌が鳴り響いていた。

ところが、二年生が半端なく強かった。県立の星とまで言われた。ピッチャーの西野、キャッチャーの小島を擁した厚木高校は、向かうところ敵なしだ。県央のライバルを倒して、横浜まで遠征に行ったほどだ。もちろん、万年ベンチウォーマーの私も遠征について行く。夏の試合が終わると秋の新人戦だが、どのチームも力が入らない。ただ、ハルの甲子園選抜に関連する高校だけが、真剣勝負をする。

その他大勢の高校は、夏の全国甲子園大会をめざす。全県が出場出来る権利があるのと、地元新聞やメディアに載るのも、人気の秘密だ。

いくつかの高校と戦ったが、東海大相模の試合が、印象的だった。福岡県立三池工業高等学校野球部監督に就任。無名校を初出場にして高校野球全国大会優勝(1965年)へと導き、三池工フィーバーを起こした原辰徳の父だ。

で1966年(昭和41年)12月10日から東海大学付属相模高等学校野球部監督に就任した原監督の黒歴史を垣間見てしまった。当然、まだ弱かった東海だが、選手への鍛え方が、半端ない。三振でもしようものなら、相手チームがいても、バットの肢で、思いっきり坊主頭を殴る。コツンと音がするほど力一杯殴っていた。

今だったら、暴力監督でマスコミの餌食になっていたはず。何とも不愉快な想いをした。
勝たなかったら、選手が死んでいたらと思うとゾッとする。

そうこうしているうちに、県大会が始まり、エース西野とスラッガーの小島のバッテリーで、勝ちまくった。ベスト8また行った。そこからは、今の横浜球場、平和球場に場所を移す。丸い地面と、3万人入るスタジアム、ベンチも広く、囲われていた。

雰囲気だけで舞い上がる。それでも、2人を中心に、三年生になった先輩とベンチ入りした二年生全員で盛り上がった。そもそも、野球を始めて二年ちょっとの私は、練習でエラーをするのではないかと心配で心配でいられなかった。

同級生たちが見ている中での練習に、怯えていたのは私だけかもしれない。今でも悔やまれるのは、決戦の日に熱が出て参加出来ずに終わったこと。

そして、一年生達も育ち、私のポジションも不用になったと分かり、辞めた。あっさりすぎるほどあっさりと終わった。

豪速球の西野の球をブルペンで受けられる様になっていた。また、スラッガーの小島に可愛がられたことも、忘れられない思い出だ。同級生には、ひがまれていたが、弱者の強みなのかもしれないと今でも思う。野球をやったことがない私が、二年半もやれたのは、この先輩のお陰と思った。

痩せすぎのノロマな亀も、デブでノロマな亀になったと笑ってしまう。

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