『22歳の別れ』って
BuzzVideo から流れる「かぐや姫」が歌う『22歳の別れ』に胸が締め付けられる。格別に気を衒った詩でも無いのに、オヤジ達の胸を直撃する。
『あなたに「さようなら」って言えるのは今日だけ
明日になってまたあなたの暖かい手に触れたらきっと言えなくなってしまうそんな気がして』(作詞・作曲:伊勢正三)
「何が凄いかって言うと、スマホをネットサーフィンしているだけで、検索しなくても、突然古い動画が出てくる。ぼくの好みを並べてくれる」と、池内泰人は、妻の涼子に自慢している。
『私には鏡に映ったあなたの姿を見つけられずに
私の目の前にあった幸せにすがりついてしまった』(作詞・作曲:伊勢正三)
「男の人が歌う女の人の歌だよね」
確かに涼子の言う通り別れて五年後に嫁に行く前のマリッジブルーの歌だ。
「しかも、Buzz は、かぐや姫と風の歌を同時に比較した曲を流している。便利になったものだ。」と池内は、妻に悟られないように、別の情報を教えた。男の悟られまいとする悪知恵だ。
伊勢正三は、かぐや姫解散後「風」を結成した。シングルカットした『22歳の別れ』は、ヒット曲となった。
当時、アコースティックのフォーグギターが大流行した。池内も例外ではない。当時に付き合っていた、OLの田代初枝の女子大生の妹が、アコースティックを持っていた。それを借りて、ギター教本の「禁じられた遊び」や「アルハンブラの思い出」などで指慣らしをする。いきなりコードで弾くことはなかった。今でこそ、コード早見表やYouTubeで覚えられるが、当時は、段階を踏んで進んだ。
「器用か不器用かと言われたら、即答で不器用と答える」と池内は、妹に即答した。それでも、妹に教わりながら、イントロくらいは弾けるようになった。ギターを口実に、初枝の家に上がり込むのが目的であるだったこともあり、ギターはそれ以上、上達しなかった。
当時、初枝は、井上陽水、さだまさし、小椋佳、リリィなどのLPを一日中かけていた。だから、その辺の曲は大体頭に入っている。イントロを聞けば、曲名くらい直ぐわかった。
歌えと言われると話は別だ。
大学を卒業後、墓石を売る会社に入った。9時5時の会社を探したら、たまたま、墓石にたどり着いた。やってみると、墓地やお寺さんなどがビジネスパートナーだった。大きな墓地の分譲地は、直ぐ売れる。寮生活の上、あまりの面白さに、彼女の存在を忘れた。生前墓地は、大人気で、酒瓶を墓石にしたり、ゴルフボール、ギター、自分史を書いたりする人もいた。そう言う企画が、性に合い、ばかばか売れた。
生きているうちに、自分の事を残したい欲望を叶えてあげる仕事は、最高には面白かった。そんな仕事人間になって、気づけば、『22歳の別れ』ではないが、長過ぎた春を迎えてしまった。
『あなたは あなたのままで
変らずにいて下さい そのままで』(作詞・作曲:伊勢正三)
皮肉にも。「何故、この曲が死ぬほど好きか」を妻の涼に言えないままでいる。男のだらしなさを切々と歌う伊勢正三の姿が被ってしまう。そんなにかっこよく無いけどと池内は苦笑した。気がつけば、『あなたは あなたのままで変らずにいて下さい そのままで』を口ずさみも何度もリフレインしていた。