人又は獣 (にかしど)
『戦友とカフェにて獣』
お会計を終えた紳士が扉を開け放って、一瞬感、やっと外で行われている祭囃子の喧騒が入り込んでくるくらい。扉が閉まった後は、永遠の静寂。
コーヒーの水面からは生まれたての湯気が上がる。そして、2人の間には静寂が獣のように息を潜めていた。
「あれどうやったの、最後のやつ」
「必死だったら覚えてない...」
沈黙。獣。
戦友とカフェで話が弾まない。弾みかけもしない。戦友は目の前のミルクレープを細いフォークで遊んでいるし、一方の僕もおしぼりの端を指でこねくり回している。僕たちは拳を交わしたあの熱量そのままにカフェに来てしまった。なんせ近くにカフェがあってしまったから。交わした拳だけが物語で、それが全てだった。
「角砂糖ってこんな白いっけ?」
「こんなもんじゃない?」
沈黙。獣。
戦友とカフェで話が弾まない。弾みかけもしない。おしぼりの手をコーヒーカップに移す。コーヒーカップに口を付けている間は、僕は喋らなくていいし、さぁ、来いとばかりに戦友から話し出すのを期待し、盛り上がりの初速を待っていた。
熱っ、そう言った僕を、戦友はチラッとだけ見て終わった。
沈黙。獣。
「今日、疲れたなぁ、」
「うん...」
もう1ラウンド、いこうか。
『人、を飲む』
緊張すると人っていう字を書く。手のひらに書く。いっぱい書く。それをいっぱい口に放り込む。胃にたまる。人、胃にたまる。いっぱいたまる。人っていう字は二股に分かれているから胃から腸へ送り出される際、引っかかる。胃の出口に頭突っ込んだ状態になって、二股の足が引っかかる。人、引っかかる。いっぱい人、引っかかる。発表うまくいく。
自伝『ポケモンとの旅』 著者 サトシ
(前略)
第8章〜最終章〜 結局、俺たち人間が本当のモンスターなのかもしれない。
『全身人間』
僕は全身人間。下半身が人並みで、上半身が人並みの全身人間。人並みっていうか、人。僕は、ケンタウロスの父からも、ミノタウロスの母からも愛されていた。僕は、ケンタウロスとミノタウロスのハーフの全身人間として、何一つ不満もなく、幸せだった。
でも、ひとつ気になることがあって、僕の腹部の周囲は、ヘソを含む幅20センチくらい、帯のように、ちょうど焦げ茶色に変色している。僕は全身人間。これは誰の何由来?メンデル的に大丈夫なやつ?最近、隔世遺伝って言葉聞いた気がするけど僕それってことある?父ちゃんと母ちゃんは特に何も言ってこないし、この焦げ茶色が真夜中、特別な力を持ち出すこともなく、人並みの生活を送ることができている。でも、なんか...この焦げ茶から上が上半身で、ここから下が下半身であると、世界に宣言しているみたいで恥ずかしいし、なんだか不恰好に思えて仕方なかった。
母ちゃん、もうちょい長い水着ない?ヘソ上まであるやつ。
プールの授業が何よりも地獄だった(不満はない、と言ったが、不満はある)。誰かにこの焦げ茶が発見されてしまった暁には、クラスメイトの格好の餌食になるに違いない。どうしても見られてはいけなかった。作戦はひとつ。水着をグングン上へ上へ引き伸ばすのだ。局部が強調されたり、突き抜けてダサかったりと、でかい代償を負うものの、焦げ茶が知られるよりずっとマシだった。
そうは言っても、不満はそれくらい。
彼の、今後長く続く人生もそれなりに良いものだった。大人になってからは一般企業に就職し、そつなく仕事をこなして、恋人もでき、そして子供にも恵まれた。子供に焦げ茶はなかった。普通の、人並みの人生、それなりの起伏であった。人並みの絶望を味わい、それゆえに人並みの幸福も知ることとなった。そして普通に寿命を迎え、この世を去ることとなった。享年、183歳。
にかしど
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