六人の女たち(小夜子)

 店に入ると既に全員揃っていた。私の椅子だけがぽっかりと空いている。彼女たちは遅れて入ってきた私をチラと見て、相変わらずねと嫌味を隠さず口にした。
「その遅刻癖、直したほうがいいんじゃない」
 私が椅子に座るための隙間を作ってくれながら、髪の長い女。彼女はきっと会社でもこうして部下を叱るんだろう。少し舌が苦くなる。
「ま、これで全員揃ったし。改めて乾杯しようか」
 自分のグラスにビールを注いだついでに私のグラスにもビールを注ぎながら、眼鏡の女。相変わらず彼女は酒好きだ。私が来るまでに三杯は飲んだに違いない。
 ぬるくなり始めたビールを持ちながらいつもどおりの顔ぶれを眺める。女だらけで、計六人。私たちは年に一回こうして集まることになっている。食事をしながら近況を報告しあう、ただそれだけの集まり。
「そういえば、娘さんは? いま小学生だっけ」
「生意気ざかりで困るよ。アタシより旦那に懐いてる」
 眼鏡の女の問いかけに顔をしかめながら答える、指輪をした女。彼女は私たちのなかで一番最初に結婚して、一番最初に子供を産んだ。「お母さんっぷりが板についてきたね」
 私がからかうと、指輪をした女は「意外でしょ」と肩を竦める。
「アタシは結婚も出産も絶対しない! って、あんなに言ってたのにねえ」
 指輪をした女をつつきながら、煙草を吸う女。灰皿は既に煙草の死骸が山盛りで、彼女も変わらずチェーンスモーカーのようだ。
「やってみるとね、案外どうとでもなるもんよ」
「わかんないなあ。わたしには絶対無理」
「アンタだけは確かに無理だろうね」
 溜息をつきながら煙草の煙を手で払う髪の長い女に眼鏡の女が言って笑った。わたしは仕事と結婚したの、と髪の長い女の反論。
「食べてばっかいないで、ちょっとは手伝ったらどうなの」
 料理を運んできながら、太った女。彼女はここの店主で、この集まりのメンバーでもある。「私らお客さんだからね」言いながらも、太った女が席に着くための椅子を持ってくる煙草を吸う女。
「五年も十年も顔突き合わせりゃ、客でもなくなるよ」
「十年も通ってるんだ、常連って言ってほしいね」
「年イチの常連ね」
 指輪をした女と髪の長い女のやり取りに、太った女が椅子を軋ませて豪快に笑った。
「お店の経営って大変じゃない? いっぱいやることあるんでしょ」
「いっぱいなんてどころじゃないよ。あたしがもう五人くらい欲しいね」
「アナタが六人もいたら店がぎゅうぎゅうになるわよ」
 程よく酔い始めた女たちの笑い声は正しく姦しい。太った女が運んできたばかりのトマトパスタをかき混ぜると、塊みたいな湯気が立ち昇る。美味しそうと呟くと、「美味しそうじゃない、美味しいの」と太った女。
「美味しいものばっか食べてれば、そりゃ太るよね。十年前はそんなに太ってなかったのに」
「あら。あんただって、十年前はそんなに皺がなかったよ」
 太った女の反撃に、水を向けた煙草を吸う女が仰け反って白旗を揚げる。その仕草が滑稽で、髪の長い女が嫌そうな顔をした。「皆老けるわよ。お互い様でしょ」指輪をした女がパスタを食べながら呟いた。十年という歳月は私たちにとって、とてつもない時間だったらしい。
「十年前に初めてアンタたちに会ったときは、もう驚いてばかりだったけどね。こんな生き方もあるのか! って」
 空になったグラスを手持ち無沙汰に振りながらそう漏らしたのは眼鏡の女。
「羨ましいと思ったことある?」
 私がそう尋ねると、眼鏡の女は少し困ったような顔をした。
「それは、皆一緒じゃない? お互いを見て、こうしていれば、ああしていれば、って思っても、結局別の生き方は出来ないわけだから」
「性格も環境も考え方も違うんだもの。仕方がないのよ」
「同じ人間なのに。不思議だよね」
 煙草を吸う女が黙って煙草に火をつける。流れる煙を眺めながら「そうよ」と髪の長い女が私に向かって呟いた。
「アナタだって、仕方がないのよ。そういう世界線だっただけ」
「うん」
 私のグラスに注がれたビールは少しも減らないまま炭酸を失くし、私の皿に盛られた料理は盛られたときから形を変えず、私は十年前から何も変わらないまま、変わっていく私たちを毎年眺めている。髪の長い私、眼鏡の私、指輪をした私、煙草を吸う私、太った私、そして、死んでいる私。様々な世界線の、様々な「私たち」。
「イケメンと結婚してるアタシもどっかにいるのかな」
「あんた毎年必ず言うよね、それ」
 太った私が朗々とした口調で指輪をした私を笑うと、私たちは一斉に声をあげて笑った。

「じゃあ、また来年」
「ばいばい、アタシたち」
「また来年」
「また来年」
 終わりを告げる壁掛け時計の鐘を聞き、つかの間一つの世界線に合わさった私たちはそれぞれの世界線に帰って行く。髪の長いアタシ、眼鏡の私、指輪をしたあたし、煙草を吸うわたし、太った私、死んでいるわたし。

 私たちを見送って私は、私のいない私の世界線に。


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